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第26節:WBS(作業分解構成図):冬という名の巨大プロジェクト

いつもお読みいただき、ありがとうございます。皆様からの応援が、フロンティア村を支える力となっています。

前回、ガロウの口から語られた、この土地の冬の、あまりにも過酷な現実。せっかく手に入れた平穏が、再び絶望の影に覆われようとしていました。

しかし、我らが大将ケイは、絶望するどころか、その瞳を輝かせます。彼にとって、解決不可能な問題など存在しないのです。

今回、ついにケイが立案する、壮大な『越冬プロジェクト』の全貌が明らかになります。冬という巨大な脅威を、いかにして「管理可能」なタスクへと分解していくのか。彼のプロジェクトマネージャーとしての真価が、今、発揮されます。

それでは、本編をお楽しみください。

ケイの宣言は、リーダー用の小屋に満ちていた重苦しい空気を、一瞬で切り裂いた。

「――この冬を、誰一人、欠けることなく、乗り越えることだ」

その言葉には、何の根拠もない精神論や、気休めの願望は含まれていなかった。それは、巨大で複雑な課題プロジェクトを前にした、プロジェクトマネージャーの、冷静かつ力強いキックオフ宣言だった。

絶望の色に沈みかけていた狼獣人のリーダーたちの顔が、一斉に上がる。彼らの黄金色の瞳が、期待と、そしてまだ拭いきれない不安をない交ぜにした色で、中央に立つ小さな少年、ケイへと注がれた。


「……大将」

ガロウが、絞り出すような声で言った。

「そりゃ、俺たちだって、そう願いてえさ。だが、現実は甘くねえ。この土地の冬は、地獄だ。食い物はなくなり、寒さが骨まで凍らせ、そして、飢えた魔物が壁を乗り越えてくる。俺たちは、毎年、そうやって仲間を……」


「だから、戦い方を変えるんだ」


ケイは、ガロウの言葉を、静かに、しかし、きっぱりと遮った。

「君たちのこれまでの戦い方は、いわば、場当たり的なバグフィックスだ。問題が発生してから、対処する。それでは、いずれリソースが尽きて、システムは崩壊する。僕たちがやるべきは、そうじゃない。予測される全ての脅威リスクを事前に洗い出し、それぞれに、最適な解決策ソリューションを、今から実装していくんだ」


彼は、地面に、大きく三つの区画を描いた。

「冬という巨大な課題は、三つのサブプロジェクトに分解できる。第一に、『食料問題』。第二に、『寒冷対策』。そして、第三に、『魔獣迎撃システム』の強化だ」


その、聞き慣れない、しかし、妙に体系だった言葉の響きに、獣人たちは、ゴクリと喉を鳴らした。


「まず、食料問題」

ケイは、一つ目の区画を指さす。

「ガロウ、君たちの狩猟能力は素晴らしい。だが、冬になれば、その獲物自体がいなくなる。ならば、どうするか? 答えは、簡単だ。獲物がいる『今』のうちに、冬の間の食料を、全て確保する」


「全て、だと? そんな無茶な。肉は、すぐに腐っちまう」

狩猟チームのリーダーが、即座に反論した。


「だから、保存するんだ」

ケイは、こともなげに言った。

「僕がいた世界には、『燻製』や、『塩漬け』、『乾燥』といった、肉を何ヶ月も保存するための、優れた技術があった。それらの技術を、君たちに教える。そのための、専用の施設……『燻製小屋』と、『食料貯蔵庫』を、今すぐ建設する。狩猟チームは、今日から、冬ごもり前の、栄養を蓄えた獲物を狙って、総力戦で狩りを行ってもらう。目標は、村の全員が、三ヶ月間、何もしなくても生きていけるだけの、食料備蓄の確保だ」


三ヶ月分の、食料備蓄。

その、あまりにも壮大な目標に、獣人たちは、目を見開いた。


「次に、寒冷対策」

ケイは、二つ目の区画を指さす。

「君たちの住居は、確かに頑丈になった。だが、断熱性という観点では、まだ脆弱だ。壁の隙間から、貴重な熱が、どんどん逃げていく。これでは、いくら薪を燃やしても、追いつかない」


彼は、ログハウスの簡単な断面図を描いた。

「家の壁と、屋根の内側に、もう一枚、壁を作る。そして、その隙間に、断熱材を充填するんだ。例えば、乾燥させた苔や、獣の毛、あるいは、細かく砕いた木炭。そうすれば、家の中の熱は、格段に逃げにくくなる。少ない燃料で、冬の夜を、暖かく過ごせるようになる」


二重壁による、断熱構造。

それは、彼らにとって、全く新しい発想だった。


「そして、最も重要なのが、魔獣迎撃システムだ」

ケイは、三つ目の区画を、力強く指し示した。

「ガロウの言う通り、今の防壁では、飢えて、知恵をつけた魔物の大群を防ぎきれる保証はない。だから、防壁そのものを、アップデートする」


彼は、村の見取り図の上に、さらに複雑な線を書き加えていく。

「まず、防壁の外側に、さらに深い塹壕と、複数の罠を追加する。落とし穴だけじゃない。敵の足を絡めとる『茨の罠』、侵入者を吊り上げる『逆さ吊りの罠』。僕の知識と、君たちの狩りの知恵を組み合わせれば、防衛ラインは、今よりも、遥かに強固になる」


「さらに、遠距離攻撃能力を強化する。弓矢だけでは、数が足りない。そこで、『連弩れんど』を導入する。一度に、複数の矢を、高速で発射できる、強力な兵器だ。僕が設計図を描き、鍛冶のできる者に、急いで製造させる」


「そして、最終防衛ラインとして、村の内部にも、複数の迎撃拠点を設ける。たとえ、壁が破られても、村全体が、一つの巨大な要塞として機能するように、だ」


食料の備蓄。住居の断熱強化。そして、防衛システムの多層化。

ケイの口から語られる、具体的で、緻密で、そして、圧倒的に合理的な計画。

それは、これまで、ただ漠然とした恐怖の対象でしかなかった「冬」という名の脅威を、完全に分解し、分析し、そして、克服可能な「タスク」へと、再定義していく、驚異的な光景だった。


小屋の中を支配していた、絶望的な空気は、完全に消え去っていた。

代わりに、そこには、にわかには信じがたい計画への、戸惑いと、そして、それを上回る、熱を帯びた興奮が、渦巻いていた。


「……できるのか、大将」

ガロウが、震える声で尋ねた。

「本当に、そんな、神様みてえなことが……」


「できる。いや、やるんだ」

ケイは、きっぱりと断言した。

「ただし、僕一人では、絶対に不可能だ。このプロジェクトを成功させるには、君たち全員の力が、必要不可欠だ」


彼は、その場で、静かに目を閉じた。

そして、ユニークスキル【ワールド・アーキテクト】の、真の力を、解放した。


「《プロジェクト・マネジメント》、起動。……プロジェクト名、『越冬』。これより、全リソースの最適化を開始する」


瞬間、ケイの視界が、再び、あの半透明のウィンドウで埋め尽くされた。

村人一人一人の、詳細なステータス。保有スキル。現在の疲労度。

それらの膨大なデータが、彼の脳内で、超高速で処理されていく。

彼は、前世で、何千、何万回と繰り返してきた、最も得意な作業――タスクの分解と、リソースの割り当てを、神の視点から、実行していく。


(……食料保存チーム。リーダーは、調理スキルが高い、あの猫獣人の老婆。メンバーは、手先が器用で、根気のある女性たちを五人選抜)

(……断熱材チーム。リーダーは、建築チームのサブリーダー。メンバーは、体力があり、細かい作業が得意な若者たちを十人)

(……燃料確保チーム。リーダーは、伐採チームの古株。メンバーは、筋力と持久力が高い戦士たちを十五人)

(……そして、ガロウ率いる狩猟部隊は、三つのチームに再編成。それぞれ、森の東、西、南を担当。僕の《アナライズ》による、リアルタイムの獲物情報とリンクさせる)


彼の頭の中で、巨大なガントチャートが、自動的に生成されていく。

誰が、いつまでに、何をすべきか。

それぞれのタスクの、依存関係は何か。

クリティカルパスは、どこにあるのか。

その全てが、完璧な精度で、計算され、最適化されていく。


やがて、ケイは、ゆっくりと目を開けた。

彼の瞳は、もはや、ただの青色ではなかった。それは、無数の情報を内包し、未来そのものを見通すかのような、深い、深い、蒼色に輝いていた。


彼は、その瞳で、リーダーたち一人一人を、順番に見つめながら、静かに、しかし、有無を言わせぬ力強さで、命令を下し始めた。


「――ガロウ。君は、狩猟部隊を再編成し、今日から、食料が腐る心配をすることなく、全力で狩りを開始しろ。目標は、一日、森猪五頭、大鹿十頭だ」

「――建築リーダー。君は、部隊の半分を、燻製小屋と貯蔵庫の建設に回せ。設計図は、今から僕が描く。残りの半分は、断熱材チームと連携し、住居の改修に取り掛かれ」

「――そして、他の者たちは……」


ケイの口から、矢継ぎ早に、しかし、驚くほど的確な指示が、飛んでいく。

それは、もはや、ただの指示ではなかった。

《プロジェクト・マネジメント》のスキルによって、彼の言葉には、対象の思考に直接作用し、その行動を最適化する、特殊な力が込められていた。


指示を受けた獣人たちは、その瞬間、自らが何をすべきかを、頭ではなく、魂で理解した。

やるべきことの、具体的な手順。

仲間との、最適な連携方法。

その全てが、まるで、天啓のように、彼らの脳裏に、鮮明な映像として流れ込んでくる。

彼らの顔から、迷いと、不安が、完全に消え去った。

代わりに、そこには、自らの役割に対する、明確な理解と、それを成し遂げようとする、強い意志の光が宿っていた。


「――以上だ。質問は?」

ケイが、全ての指示を出し終え、静かに問いかける。

小屋の中には、誰も、一言も、発する者はいなかった。

ただ、全員の瞳が、決意と、そして、目の前の、神がかり的なリーダーに対する、絶対的な信頼の光に、燃えていた。


「……よし。では、解散!」


ガロウの、力強い号令が、響き渡る。

その声を合図に、リーダーたちは、一斉に立ち上がり、それぞれの持ち場へと、嵐のような勢いで、駆け出していった。


ほんの数分前まで、絶望的な沈黙に支配されていた村が、次の瞬間には、一つの巨大な、そして、完璧に統率された、生命体へと生まれ変わっていた。

木を切り倒す音。土を掘り返す音。金属を打つ音。そして、互いを励まし合う、力強い掛け声。

それらの音が、一つの、力強い交響曲となって、秋の空へと、響き渡っていく。


ケイは、その光景を、静かに見つめていた。

彼の顔には、疲労の色も、焦りの色もなかった。

ただ、巨大なシステムが、自らの設計通りに、完璧に稼働し始めたのを確認する、プロジェクトマネージャーの、静かな、しかし、深い満足感だけが、浮かんでいた。


『越冬プロジェクト』、始動。

それは、フロンティア村の、そして、ケイ自身の、本当の戦いの、始まりを告げる、力強い、狼煙だった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

ケイが提示した、壮大かつ緻密な『越冬プロジェクト』、いかがでしたでしょうか。食料、寒さ、魔獣という三つの絶望的な課題が、彼の頭脳によって、見事に克服可能なタスクへと分解されていく様は、圧巻でしたね。獣人たちの心にも、再び希望の炎が灯りました。

しかし、どんなに完璧な計画にも、予期せぬ「ボトルネック」はつきものです。プロジェクトの根幹をなす『食料保存』。その鍵を握るのは、この世界では金よりも貴重な、ある資源でした。ついに、村は「塩」という名の、致命的なリソース不足に直面します。

果たして、ケイはこの最大の危機をどう乗り越えるのか。物語が面白い、続きが気になると思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、彼らに塩をもたらすかもしれません(?)。

次回、本日21時半頃の更新も、どうぞお楽しみに。

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