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第25節:フェーズ移行:平穏という名の技術的負債

皆様、長らくお待たせいたしました! 本日より、第二巻『冬の攻防』編、スタートです!

第一巻では、たくさんの応援、本当にありがとうございました。皆様のブックマークと評価の一つ一つが、フロンティア村の礎となりました。

さて、束の間の平穏を手に入れたケイたちですが、この『見捨てられた土地』は、彼らに安息の時間を与えてはくれません。

次なる脅威は、自然そのもの。そして、闇に蠢く飢えた魔物たち。

新たなプロジェクトが、今、始動します。

それでは、第二巻も、どうぞよろしくお願いいたします!

秋の光は、柔らかい。

フロンティア村の畑は、黄金色に輝いていた。狼獣人たちが、ケイに教わった通りの手際で、たわわに実った麦穂を、鋼の鎌で次々と刈り取っていく。その顔には、労働の汗と共に、豊かな収穫への喜びが満ち溢れていた。

村が誕生してから、二ヶ月。季節は、燃えるような夏を終え、穏やかな秋の只中にあった。


ケイが主導した『プロジェクト・フロンティア』は、バージョン1.0.0のリリースを無事に終え、安定稼働のフェーズに入っていた。

堅固な防壁が村を守り、清潔な住居が雨露を凌ぎ、用水路が畑を潤す。そして、ケイが制定した二つのルール――『役割分担』と『対話』は、村の隅々にまで浸透し、共同体は、驚くほど円滑に機能していた。

毎朝の「朝会」では、リーダーたちが活発に意見を交わし、日々の小さな問題を、自分たちの力で解決していく。その光景を見るたびに、ケイは、前世では決して得られなかった、健全なプロジェクト運営の達成感を、静かに噛み締めていた。


「……見事なものだな、大将」


村を見下ろす見張り台の上で、ガロウが、深い感慨と共に呟いた。彼の隣には、ケイとルナリアの姿がある。

「あの、どうしようもなかった俺たちの集落が、たった二月で、ここまで立派な村になるとはな。今では、食い物の心配も、病の心配も、ほとんど無くなった。……まるで、夢のようだ」


その言葉に、ルナ-リアも、静かに頷いた。

「ええ。村の子供たちの顔つきが、以前とは全く違います。未来を信じられる、ということが、どれほど人を強くするのか、改めて思い知らされました」


彼女の言葉は、ケイの胸を温かくした。

そうだ。これが、僕が作りたかったものだ。

理不尽な暴力や、終わりのない搾取に怯えることなく、誰もが、明日のことを考えて、笑い合える場所。

その、ささやかな、しかし、何よりも尊い光景が、今、確かに目の前に広がっている。


(……穏やかな人生。あるいは、もう、手に入れたのかもしれないな)


そんな、甘い感傷が、一瞬、ケイの心をよぎった。

だが、システムエンジニアとしての彼の本能が、即座に、その感傷に、冷たい警告を発した。


(――油断するな。安定稼働しているシステムほど、水面下で、致命的な技術的負債が蓄積しているものだ)


技術的負債。

それは、目先の開発効率を優先した結果、将来的に、より大きな改修コストとなって跳ね返ってくる、システムの歪み。

今の、この村の平穏もまた、あるいは、まだ見ぬ、巨大なリスクの上に成り立つ、砂上の楼閣なのではないか?


その、漠然とした不安が、現実のものとなったのは、その日の、朝会でのことだった。


「――以上が、昨日の各チームの進捗報告だ。何か、他に共有すべき事項はあるか?」


リーダー用の小屋に集まった、各チームのリーダーたちを前に、ケイが問いかける。

いつもであれば、ここでいくつかの細かな問題点が報告され、議論の後に、その日のタスクが確定する。

だが、その日は、いつもと少し、空気が違っていた。


ガロウが、珍しく、厳しい顔で腕を組んだまま、黙り込んでいる。

その、ただならぬ雰囲気に、他のリーダーたちも、訝しげな視線を彼へと向けた。


「……ガロウ? 何かあったのか?」

ケイが促すと、ガロウは、重い口を開いた。


「……大将。秋の収穫も、もうすぐ終わる。それが終われば、この土地にも、冬が来る」


冬。

その言葉に、小屋の中の空気が、ぴんと張り詰めた。

狼獣人たちの顔から、穏やかな表情が消え、代わりに、遺伝子に刻み込まれたかのような、厳しい警戒の色が浮かび上がる。


「……この土地の冬は、厳しい」

ガロウの声は、低く、そして、重かった。

「雪は、一晩で、背丈ほども積もる。気温は、吐く息が、そのまま凍りつくほどに下がる。川も、湖も、全てが厚い氷に閉ざされる」


それは、ケイが、前世の知識として知る「冬」とは、明らかに次元の違う、過酷な環境を示唆していた。


「だが、本当に恐ろしいのは、寒さや、雪じゃない」

ガロウは、一度、言葉を切った。その黄金色の瞳が、まるで、遠い記憶の中の、恐ろしい何かを見ているかのように、細められる。


「……飢えだ」


その一言が、獣人たちの顔を、さらに曇らせた。

「冬の間、森の獲物は、ほとんど姿を消す。地を這う獣は、深い巣穴に潜り、鳥たちは、南の暖かい土地へと渡っていく。俺たちのような、熟練の狩人でも、何日も、何日も、獲物を見つけられないことさえある」


食料の枯渇。

それは、どんな共同体にとっても、最も根源的で、そして、致命的な脅威だ。


「そして、その『飢え』は、俺たちだけじゃない」

ガロウの声が、さらに、低くなった。

「この森に棲む、魔物たちもまた、飢えるんだ」


小屋の中の、誰もが、息を呑んだ。

「冬眠する魔物もいる。だが、多くは、しない。奴らは、飢えを満たすため、より、凶暴に、そして、狡猾になる。普段は、決して近づかないような、危険な縄張りを越え、獲物を求めて、森を彷徨い始める。そして、奴らは、知っているんだ。俺たちのような、集落が、どこにあるのかをな」


ガロウは、ケイの目を、まっすぐに見据えた。

「奴らは、群れをなして、襲ってくる。飢えに狂った、何十、時には、何百という魔物の群れが、たった一つの獲物を求めて、雪原を越えてやってくる。俺たちは、これまで、何度も、そうやって、仲間を失ってきた」


その言葉は、単なる警告ではなかった。

それは、この土地で生きる者たちが、毎年、繰り返してきた、絶望的な戦いの記憶そのものだった。


「……俺たちの、この新しい村の壁は、確かに、立派だ。だが、あれは、夏の、腹を満たした魔物を想定したもんだ。飢えに狂った、冬の魔物の群れを、あれだけで、本当に、防ぎきれるのか……。俺には、正直、分からねえ」


ガロウの告白は、朝会の場に、重い、重い沈黙をもたらした。

これまで、村の発展に浮かれていた獣人たちの顔に、再び、あの日のような、絶望の色が、うっすらと浮かび始めていた。


ケイは、黙って、ガロウの話を聞いていた。

彼の頭脳は、その間も、休むことなく回転を続けていた。

ガロウがもたらした情報は、彼が漠然と抱いていた不安の正体を、明確な形で、言語化してくれた。


(……なるほど。冬、か)


それは、このフロンティア村というシステムに対する、最初の、そして、最大級の、ストレステストだ。

食料供給システムの脆弱性。

防衛システムの、負荷耐久限界。

そして、住民たちの、精神的な結束力。

冬は、それら全てを、容赦なく、試してくるだろう。


今の、この平穏は、技術的負債だったのだ。

冬という、予測可能な、しかし、対策を怠っていた、巨大なリスク。

このまま、何もせずに冬に突入すれば、この村は、確実に、システムダウンを起こす。


「……貴重な情報を、ありがとう、ガロウ」


ケイは、静かに、しかし、力強く言った。

その声には、不思議と、焦りの色も、絶望の色もなかった。

むしろ、その青い瞳は、解決すべき、明確な課題を与えられた、システムエンジニアのそれのように、生き生きと、輝いていた。


「君の警告は、我々が、致命的なエラーに陥るのを、未然に防いでくれた。感謝する」


彼は、立ち上がると、集まったリーダーたち全員の顔を、見渡した。

その小さな身体から放たれる、絶対的な自信と、揺るぎない決意に、不安に沈んでいた獣人たちの顔が、ゆっくりと、上がっていく。


「……皆、聞いてくれ」


ケイの声が、静まり返った小屋に、凛と響いた。


「我々の『プロジェクト・フロンティア』は、まだ、終わってはいなかった。いや、本当の戦いは、ここから始まる」


彼は、地面に、村の簡単な見取り図を描いた。

そして、その周囲を、大きな円で、囲んだ。


「これより、我々は、プロジェクトのフェーズを、移行する。目標は、ただ一つ」


彼の、木の枝の先端が、図面の中央を、力強く、指し示した。


「――この冬を、誰一人、欠けることなく、乗り越えることだ」

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

ついに、第二巻『冬の攻防』編が、本格的に幕を開けました。

穏やかな日常の裏で、静かに迫り来る、冬という名の脅威。ガロウの言葉には、背筋が凍るような、リアリティがありましたね。

しかし、我らが大将ケイは、絶望するどころか、むしろ、その瞳を輝かせました。彼にとって、解決不可能な問題など、存在しないのかもしれません。

次回、ケイが立案する、壮大な「越冬プロジェクト」の全貌が、明らかになります。

「面白い!」「冬、怖すぎる!」「ケイの新たなプロジェクトに期待!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、フロン-ティア村の、冬を乗り越える力となります!

次回の更新は、本日19時半頃です。どうぞ、お楽しみに。

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