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第24節:バージョン1.0.0:リリースと、新たな脅威(セキュリティホール)

いつもお読みいただき、ありがとうございます。皆様からの応援、一つ一つが私の血肉となり、物語を紡ぐ糧となっております。

前回、ケイが定めた新しいルールにより、フロンティア村は真の共同体としての一歩を踏み出しました。

そして今回、ついに第一巻、最終話となります。

絶望の淵から始まった彼らの物語は、一つの確かな希望の形を結びます。しかし、その平穏を脅かす新たな影が……。

第一章の締めくくり、そして、次なる物語への序章を、ぜひ見届けてください。

それでは、第二十四話をお楽しみください。

フロンティア村が誕生してから、一ヶ月が過ぎた。

季節は、夏から秋へと、ゆっくりとその姿を変えようとしていた。森の木々の緑は深みを増し、朝夕の空気には、涼やかな風が混じるようになった。

そして、その変化は、村そのものにも、確かに訪れていた。


ケイが導入した二つのルール――『能力に基づく、明確な役割分担』と、『全ての対立は、暴力ではなく、対話によって解決する』――は、最初はぎこちなかったものの、今では、村のシステムに完全に根付いていた。

毎朝、日の出と共に、各チームのリーダーたちがケイの小屋に集まり、「朝会」が開かれる。

「昨日は、東の森で大物の森猪を三頭仕留めた。今日の狩猟チームは、南の川筋を探る予定だ。困っていることは、矢の消耗が激しいことだな」

「了解した。伐採チーム、矢の材料となる真っ直ぐな枝を、優先的に確保してくれ。建築チーム、矢羽に使える鳥の羽が不足している。何か良いアイデアは?」

「それなら、先日仕掛けた罠に、羽の綺麗な鳥がかかっていたはずだ。炊き出しチームに回す前に、羽だけ確保させよう」

「助かる」


かつて、怒鳴り合いでしか解決できなかった問題が、今では、たった数分の対話で、合理的に解決されていく。彼らは、自分たちの村が、自分たちの言葉で、より良い方向へと動いていくという、驚くべき成功体験を、日々、積み重ねていた。

その成功体験は、自信となり、自信は、さらなる活気を生んだ。


村は、もはや、かつての絶望的な避難場所の面影を、どこにも残してはいなかった。

ケイの指揮の下、インフラ整備は着実に進み、その姿は、日々、進化を遂げていた。

二重の堅固な防壁は、村全体を鉄壁のように守り、その上には、常に見張りの戦士が立つ。

整然と区画整理された村の中には、断熱材が施された、快適なログハウスが五十棟以上も立ち並び、それぞれの家には、ケイが設計した、煙の逆流しない、清潔なかまどが備え付けられている。

村の中央を流れる小川からは、緻密に計算された用水路が、新しく開墾された広大な畑の隅々まで、清らかな水を届けている。その畑では、ルナリアの知識と、ケイの土壌改良によって、瑞々しい野菜や、栄養価の高い芋が、力強く育っていた。


それは、まだ、文明と呼ぶには、あまりにも素朴で、小さな光景だったかもしれない。

だが、そこには、確かな秩序と、安定と、そして、未来への希望があった。


その日の午後、ケイは、村の南東に新しく建てられた、一番高い見張り台の上にいた。

彼の隣には、いつものように、ルナリアとガロウの姿がある。


「……大したもんだな、大将」

ガロウが、眼下に広がる自分たちの村を見下ろしながら、深い感慨を込めて呟いた。その傷だらけの顔には、誇らしげな笑みが浮かんでいる。

「ほんのひと月前まで、ここが、いつ滅びてもおかしくない、ただのクソ溜めだったとは、誰も信じられねえだろうよ」


「ええ。病気で死にかけていた子供たちが、今では、誰よりも元気に走り回っています。これも全て、ケイのおかげです」

ルナリアもまた、優しい眼差しで、村の光景を見つめていた。彼女の真紅の瞳には、ケイに対する、絶対的な信頼の色が宿っている。


「……僕一人の力じゃない」

ケイは、少しだけ照れくさそうに、首を横に振った。

「ガロウのリーダーシップと、ルナリアの知識、そして、村の皆の頑張りがあったからだ。僕は、ただ、皆が持っている力を、最適な形で組み合わせるための、設計図を描いただけだ」


それは、彼の本心だった。

前世で、彼は、個々の能力は高いのに、連携が取れずに破綻していくプロジェクトを、嫌というほど見てきた。

だが、この村は違う。

狼獣人たちの、仲間を守るための、驚異的な結束力。

ルナリアの、生命を慈しむ、深い知識と優しさ。

それらが、ケイの設計図と完璧に噛み合った時、奇跡は起きたのだ。


彼は、おもむろに《アナライズ》を発動させた。

それは、もはや彼の癖のようになっていた。自らが構築したシステムの、現在の状態を、常に客観的なデータで把握しておきたい。それは、システムエンジニアとしての、彼のさがだった。


▼ 対象:フロンティア村(Version 1.0.0)

┣ 人口:52名(狼獣人族:48名、猫獣人族:3名、月光兎族:1名)

┣ 総合評価:

┃ ┣ 防衛レベル:C+(組織的な軍事行動に対して、一定の防御能力を有する)

┃ ┣ 食料生産レベル:B-(安定した自給自足体制を確立。備蓄も可能)

┃ ┣ 衛生レベル:B(上下水道の未整備が課題だが、 sjukdomsrisken är låg)

┃ ┗ 住民の幸福度:A+(極めて高いレベルで、共同体への帰属意識と、未来への希望を共有)

┣ システム安定性:

┃ ┗ 安定稼働中。ただし、外部からの予期せぬ大規模攻撃イレギュラーなアクセスに対する脆弱性は、依然として存在する。


(……上出来だ)


ケイは、心の中で、静かに頷いた。

脆弱性は、まだ残っている。だが、それは、今後のアップデートで、いくらでも改善していける。

重要なのは、この村が、確かな生活基盤と、そして、何よりも代えがたい「希望」という名の、強力なOSを手に入れたことだ。


「……見て、ケイ」

不意に、ルナリアが、空を指さした。

見上げると、西の空が、美しい茜色に染まり始めていた。

夕日が、世界の背骨と呼ばれる、遥か彼方の山脈の稜線へと、ゆっくりと沈んでいく。

その、あまりにも雄大で、美しい光景に、三人は、しばし言葉を忘れて、見入っていた。


「……綺麗だ」

ケイが、ぽつりと呟いた。

前世で、彼が見ていたのは、オフィスビルの窓から見える、コンクリートのジャングルと、排気ガスに汚れた、灰色の空だけだった。

こんなにも、世界が美しい色をしていることを、彼は、この世界に来て、初めて知った。


「ああ。こんなに、穏やかな夕日を見るのは、本当に、久しぶりだ」

ガロウもまた、その黄金色の瞳を、細めていた。

彼の脳裏には、故郷の森で見た、同じような夕日の光景が、蘇っているのかもしれない。


穏やかな、時間。

誰もが、笑顔で、明日のことを考えられる、平和な日常。

それは、ケイが、最初に、たった一人で願った、「穏やかな人生」そのものだった。

だが、今はもう、一人ではない。

隣には、信頼できる仲間がいる。

眼下には、守るべき、大切な家族がいる。


(……悪くない)


彼は、もう一度、心の底から、そう思った。

この場所でなら、本当に、自分の理想を、実現できるかもしれない。

そんな、確かな手応えが、彼の胸を、温かく満たしていた。


夕日が、完全に、山の向こうへと姿を消す。

村に、一番星が、瞬き始めた。

それは、まるで、彼らの未来を祝福するかのような、優しい光だった。



その、祝福の光景を。

フロンティア村から、遥か数キロメートル離れた、東の丘の頂から、冷たい目で見つめている者たちがいた。


その数、三人。

全員が、森の色に溶け込むような、暗緑色のマントを身にまとい、その顔は、深いフードで隠されている。

だが、その鍛え抜かれた身体つきと、寸分の隙もない立ち姿は、彼らが、ただの森の猟師や、ごろつきの類ではないことを、雄弁に物語っていた。

腰に下げた、鞘に収められた長剣。背中に背負った、硬質な弓。その全てが、実戦で使い込まれた、一級品だった。


彼らは、言葉を発することなく、ただ、眼下に広がる、フロンティア村の光景を、じっと、観察していた。

彼らのうちの一人が、懐から、小さな筒のようなものを取り出す。それは、レンズがはめ込まれた、この世界では「遠眼鏡」と呼ばれる、極めて高価な魔道具だった。


彼は、遠眼鏡を覗き込み、村の様子を、隅々まで、丹念に観察していく。

堅固な防壁。整然と並ぶ家々。そして、その中で、武器を手に見張りに立つ、屈強な狼獣人たちの姿。


やがて、彼は、遠眼鏡から目を離すと、隣に立つ、リーダーらしき男に、低い声で報告した。


「……隊長。報告にあった通りです。……いや、報告以上です」

その声には、隠しきれない、驚愕の色が滲んでいた。

「……あれが、本当に、亜人の集落だと? まるで、どこかの国の、砦ではありませんか」


リーダーらしき男は、何も答えなかった。

彼は、ただ、そのフードの下の、鋭い瞳で、村の中心で、ひときわ明るく燃え盛る、宴の篝火の跡を、見つめていた。

その光は、この『見捨てられた土地』の闇の中では、あまりにも、異質で、そして、不遜な光に見えた。


「……どうしますか、隊長。ギュンター辺境伯閣下への報告は……」


「……ありのままを、報告しろ」

リーダーの男が、初めて、口を開いた。

その声は、冬の北風のように、冷たく、そして、感情がなかった。

「『見捨てられた土地』の奥地に、未知の勢力による、要塞化された拠点を確認。住民は、狼獣人族を中心とした、戦闘能力の高い亜人。極めて組織化されており、危険度は、当初の予測を、大幅に上回る』……そう、伝えろ」


「……はっ!」


部下の一人が、音もなく、闇の中へと消えていく。

残されたリーダーと、もう一人の部下は、なおも、その場から、フロンティア村を監視し続けていた。


やがて、リーダーの男が、吐き捨てるように、呟いた。

その言葉は、夜の冷たい風に乗り、誰に聞かれることもなく、闇の中へと消えていった。


「……獣の分際で、随分と、楽しそうじゃないか。……すぐに、その笑顔を、絶望に変えてやる」


フロンティア村に訪れた、束の間の平穏。

その温かい光に、大陸の西の大国、リオニス王国の、冷たく、そして、貪欲な影が、静かに、しかし、確実に、忍び寄っていた。


ケイたちの、本当の戦いは、まだ、始まってもいなかった。


――第一巻・了――

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました!

これにて、第一巻『再起動と開拓』は、完結となります。

絶望的な状況から始まった、元・社畜SEの異世界生活。多くの困難を乗り越え、彼は、ルナリア、ガロウという、かけがえのない仲間を得て、ついに、希望の拠点「フロンティア村」を築き上げました。

しかし、最後のシーンで示唆された通り、彼らの前には、さらに大きな、そして、理不尽な脅威が迫っています。


次回より、第二巻『冬の攻防』がスタートします!

厳しさを増す自然の脅威。そして、ついに牙を剥く、人間の王国。

ケイたちは、初めての冬を、そして、初めての本格的な戦争を、乗り越えることができるのか。

物語は、さらにスケールアップし、加速していきます。


もし、この物語の続きが気になる、ケイたちの未来を応援したい、と思っていただけましたら、ぜひ、ブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価を、何卒、よろしくお願いいたします。

皆様からの応援が、作者が第二巻を書き上げるための、何よりの力となります。


それでは、また、新しい章で、お会いしましょう!

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