第21節:リリース記念:祝賀という名の負荷テスト
いつもお読みいただき、ありがとうございます。皆様からの応援、一つ一つが私の血肉となり、物語を紡ぐ糧となっております。
前回、ケイ、ルナリア、ガロウの三人の間には、未来へ向かうための確かな絆が結ばれました。
そして今回、彼らが築き上げた新しい村の完成を祝う、最初の宴が開かれます。絶望の淵にいた獣人たちが、初めて手にした希望の光。その温かい光景を、ぜひ見届けてください。
それでは、第二十一話をお楽しみください。
夜の帳が、新しく生まれ変わった村に、静かに降りてきた。
だが、その夜は、これまでの闇とは全く異なっていた。村の中央広場には、巨大な篝火がいくつも焚かれ、そのオレンジ色の暖かい光が、獣人たちの屈強な身体と、新築のログハウスの壁を、優しく照らし出している。
恐怖と静寂に支配されていた夜は、もうどこにもない。代わりに、そこには、笑い声と、肉の焼ける香ばしい匂い、そして、生命力に満ちた熱気が満ち溢れていた。
村の完成を祝う、最初の宴。
それは、ケイが提案し、ガロウが快哉を叫んで準備を始めたものだった。
広場の中央には、昼間のうちに戦士たちが仕留めてきた、巨大な森猪が丸ごと一頭、豪快な串焼きにされている。その周りでは、女性たちが、ルナリアに教わった新しいレシピで作った、具沢山のスープや、木の実を練り込んだパンを、次々と大皿に盛り付けていた。
食料は、まだ潤沢とは言えない。だが、昨日までの飢えを思えば、それはまさに天国のような光景だった。
「「「乾杯!!」」」
ガロウの野太い雄叫びを合図に、獣人たちが、木の杯を高く掲げた。杯に満たされているのは、ルナリアが森の果実で作った、素朴な果実酒だ。
乾杯の音頭と共に、宴は一気に最高潮へと達した。
戦士たちは、互いの肩を組み、大声で歌い始める。それは、彼らの一族に古くから伝わる、勇壮な狩りの歌だった。子供たちは、篝火の周りを、歓声を上げながら駆け回り、母親たちは、そんな子供たちの姿を、涙ぐみながら、愛おしそうに見つめている。
誰もが、笑っていた。
心の底から、この瞬間の喜びを、分かち合っていた。
ケイは、その光景を、少し離れた場所から、静かに眺めていた。
彼の隣にはルナリアが、そして、その逆隣には、巨大な猪の脚肉を豪快に頬張るガロウが、どっかりと腰を下ろしている。
「……すごいな、大将。見てみろよ、あいつらの顔を」
ガロウが、口の中の肉を飲み込んでから、感慨深げに言った。
「俺は、あいつらが、こんな顔で笑うのを、もう何年も見ていなかった。……いや、故郷を失ってからは、一度も、だ」
その黄金色の瞳は、篝火の光を反射して、キラキラと潤んでいるように見えた。
「ええ。病気だった子供たちも、すっかり元気になりました」
ルナリアもまた、優しい眼差しで、広場を駆け回る子供たちを見つめていた。彼女の薬によって救われた子供たちが、母親に手を引かれ、何度も、何度も、彼女の元へとお礼を言いに来ていた。そのたびに、ルナリアは、はにかみながらも、嬉しそうに微笑んでいた。
ケイは、何も言わずに、ただ、目の前の光景を、自らの目に、そして心に、焼き付けていた。
彼は、無意識のうちに、《アナライズ》を発動させていた。だが、それは、彼らを管理するためではない。ただ、知りたかったのだ。彼らの、今の状態を。
視界に、無数の情報ウィンドウが展開される。
それは、村人一人一人の、ステータスデータだった。
▼ 対象:ガロウ・アイアンファング
┣ ステータス:良好
┗ 感情パラメータ:幸福(92%)、希望(88%)、忠誠(95%)
▼ 対象:若い狼獣人
┣ ステータス:良好
┗ 感情パラメータ:興奮(75%)、安堵(80%)、敬意(90%)
▼ 対象:猫獣人の老婆
┣ ステータス:良好
┗ 感情パラメータ:感謝(98%)、幸福(95%)、安堵(92%)
▼ 対象:灰鱗病から回復した子供
┣ ステータス:完全回復
┗ 感情パラメータ:純粋な喜び(100%)
幸福。希望。感謝。安堵。
彼の視界を埋め尽くすのは、そんな、温かい言葉の羅列だった。
前世で、彼がモニター越しに見ていたのは、『ERROR』『WARNING』『FATAL』といった、冷たく、無機質な文字列だけだった。
だが、今、彼の目の前にあるのは、数値化されてはいるものの、確かに、人の心の温もりを持った、生きたデータだった。
(……これが、僕が作ったシステムの、最初の成果物か)
胸の奥から、熱いものが、こみ上げてくる。
それは、前世で、どんなに困難なプロジェクトを成功させても、決して味わうことのできなかった、深い、深い達成感だった。
納期を守るためでも、クライアントを満足させるためでもない。
ただ、目の前の人々に、笑ってほしかった。
その、純粋な想いが、今、確かに形になっている。
「……大将?」
黙り込んだケイを、ガロウが不思議そうに覗き込む。
「どうした? 肉、食わねえのか?」
「……いや、食べる」
ケイは、慌てて我に返ると、ガロウから差し出された肉の塊を受け取った。
そして、一口、かじりつく。
硬くて、少し筋張っていて、味付けも塩だけ。
だが、それは、彼がこれまでの人生で食べた、どんな高級料理よりも、美味しく感じられた。
宴が、進むにつれて、獣人たちは、一人、また一人と、ケイたちの元へとやってきた。
屈強な戦士が、ぎこちない仕草で頭を下げ、「ありがとう、大将。あんたのおかげで、俺たちは、また戦う誇りを取り戻せた」と言った。
年老いた女性が、涙ながらにケイの手を握り、「このご恩は、一生忘れません。神様からの、遣いの方でしょう」と拝んだ。
子供たちが、覚えたての言葉で、「ケイ兄ちゃん、ありがとう!」と、その足元に、森で摘んできた、ささやかな花を置いた。
その、あまりにも真っ直гуで、純粋な感謝の言葉の奔流に、ケイは、どう反応していいか分からなかった。
前世では、感謝されることなど、ほとんどなかった。バグを修正すれば、「直って当たり前」。納期を守れば、「ご苦労様」の一言。それが、彼の世界の常識だった。
彼は、ただ、「ああ」とか、「うむ」とか、曖昧な返事を繰り返すことしかできなかった。その様子は、傍から見れば、尊大に見えたかもしれない。だが、彼の内面は、羞恥と、戸惑いと、そして、これまで感じたことのない、むず痒いような喜びに、満たされていた。
そんな彼の様子を見て、くすくすと、ルナリアが笑った。
「……ケイ。顔、真っ赤」
「……うるさい」
ケイは、そっぽを向きながら、ぶっきらぼうに答えた。だが、その耳まで、赤く染まっているのを、ルナリアは見逃さなかった。
やがて、宴もたけなわとなった頃。
ガロウが、おもむろに立ち上がった。
そして、その場にいる全員に聞こえるように、腹の底からの大声を張り上げた。
「――皆、聞け!」
その声に、広場の喧騒が、すうっと静まり返る。
全ての視線が、ガロウへと集まった。
「俺たちは、今日、新しい故郷を手に入れた! それもこれも、全て、俺たちの新しい大将、ケイ殿のおかげだ!」
ウォオオオオ! という、獣人たちの、地鳴りのような歓声が上がる。
「だがな!」
ガロウが、その歓声を、片手で制する。
「この村は、まだ、生まれたばかりの赤子だ。名前も、まだない。そこで、俺は、大将にお願いがある」
ガロウは、ゆっくりと、ケイの方へと向き直った。
そして、その場に、再び、深く膝をついた。
「大将。この、俺たちの新しい故郷に、あんたの手で、名前を付けてはくれねえだろうか」
その言葉に、他の獣人たちも、次々と同調する。
「そうだ、大将!」「あんたに、名付けてほしい!」「俺たちの村の名前を!」
その声は、一つの、大きなうねりとなって、ケイへと押し寄せた。
ケイは、その、あまりにも大きな期待の波に、一瞬、たじろいだ。
村の名前。
それは、この共同体の、アイデンティティそのものを定義する、重要なパラメータだ。
そんな、大役を、自分が担っていいのだろうか。
だが、彼は、獣人たちの、真っ直ぐな瞳を見た。
その瞳には、絶対的な信頼と、未来への希望が、満ち溢れていた。
彼らは、もう、ケイを、ただの不思議な力を持つ子供だとは見ていない。
自分たちを、絶望の淵から救い出し、新しい未来へと導いてくれる、唯一無二の、リーダーとして見ているのだ。
その、重い、しかし、温かい信頼を、彼は、もう、無視することはできなかった。
ケイは、ゆっくりと、頷いた。
そして、静かに、立ち上がった。
全ての視線が、彼の、小さな身体に、注がれる。
彼は、一度、大きく息を吸い込むと、静かに、しかし、その場の全員の心に響き渡るような、澄んだ声で、こう告げた。
「……分かった。では、この村に、名前を授けよう」
その瞬間、この村の、そして、後にこの大陸の歴史に、深く刻まれることになる、新しい共同体が、真の意味で、産声を上げようとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ついに、村の完成を祝う宴が開かれました。絶望の中にいた獣人たちの、心からの笑顔。ケイが目指す世界の、最初のひとかけらが、ここに生まれた瞬間でした。
そして、ガロウからの、村の命名の依頼。リーダーとしての、重い、しかし、誇らしい責任です。
次回、ケイがこの村に与える名前とは。そして、その名前に込められた、彼の壮大な理想が語られます。第一巻、クライマックスに向けて、物語はさらに加速します!
「面白い!」「感動した!」「どんな名前になるか楽しみ!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、新しい村の、最初の祝福となります。
次回の更新は、本日21時半頃です。どうぞ、お楽しみに。