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第19節:バックグラウンド:失われた故郷(ロスト・ホーム)のログ

いつもお読みいただき、ありがとうございます。皆様からの応援、一つ一つが私の血肉となり、物語を紡ぐ糧となっております。

前回、仲間たちの温かさに触れ、自らの弱さを認めることができたケイ。彼は、一人で戦うことをやめ、仲間を信じることを学びました。

今回は、最初の仲間となったガロウが、その壮絶な過去を語ります。彼がなぜあれほどまでに人間を憎むのか。その理由が、ついに明らかになります。

物語の根幹に関わる重要なエピソードです。どうぞ、最後までお付き合いください。

小屋の中には、ぱちぱちと薪がはぜる音だけが響いていた。

ケイは、ガロウが差し出した森猪のローストを、ゆっくりと咀嚼していた。肉は硬かったが、噛むほどに滋味深い味わいが口の中に広がる。それは、命の味がした。

彼の体調は、丸二日の休養と、ルナリアの献身的な看病のおかげで、驚くほど回復していた。魔素も、ほぼ全快に近い。だが、それ以上に、彼の内面は大きな変化を遂げていた。

目の前に座る、無骨で、不器用で、しかし、誰よりも優しい仲間たち。彼らの存在が、ケイの凍てついていた心を、ゆっくりと溶かしていた。


食事を終え、ルナリアが手際よく食器(ケイが生成した土器だ)を片付け始める。

その静寂の中で、ケイは、ずっと聞きたかった、しかし、聞くのが少し怖かった質問を、口にした。


「……ガロウ」

「なんだ、大将」

「君は、なぜ、あれほどまでに人間を憎んでいるんだ?」


その問いに、小屋の空気が、ぴんと張り詰めた。

ガロウの大きな身体が、微かに強張る。彼の黄金色の瞳に、一瞬、あの日のような、暗く、そして激しい憎悪の炎が揺らめいた。

隣で片付けをしていたルナリアの手も、止まっている。彼女もまた、その答えを、息を殺して待っていた。


ケイは、言葉を続けた。

「誤解しないでほしい。君を責めているわけじゃない。ただ、知っておきたいんだ。君たちが、何と戦ってきたのか。僕が、これから何と戦うべきなのか。それを、正確に理解するために」


それは、詮索ではない。リーダーとして、プロジェクトの責任者として、ステークホルダーが抱える根本的な問題イシューを、正確に把握するための、必要なヒアリングだった。


ガロウは、しばらくの間、燃え盛る炎を、じっと見つめていた。その瞳に映る炎は、彼の心の中で燃え続ける、憎しみの炎と重なっているのかもしれない。

やがて、彼は、重い口を開いた。


「……俺たちにも、故郷があった」


その声は、低く、そして、ひどく嗄れていた。


「ここから、ずっと北……『世界の背骨』山脈の麓に広がる、豊かな森。それが、俺たち『銀牙族』の故郷だった。森は豊かで、獲物は尽きず、川には清らかな水が流れていた。決して楽な暮らしではなかったが、誇りを持って、生きていた」


ガロウの言葉は、淡々としていた。だが、その裏に、失われた故郷への、深い郷愁が滲んでいるのを、ケイは感じ取った。


「俺たちが、初めて人間を見たのは、俺がまだ、今の大将と同じくらいの歳の頃だった。森の境界に、数人の人間が、粗末な小屋を建て始めたんだ。最初は、ただの物珍しい隣人だった。俺たちは、彼らと関わることなく、ただ、遠巻きに見ていただけだ」


だが、その平穏は、長くは続かなかった。

人間の数は、少しずつ増えていった。小屋は、やがて小さな村になり、彼らは、森の木を切り倒し、畑を広げ始めた。

「俺たちの長老は、彼らに警告した。森をこれ以上傷つけるな、と。だが、人間たちは、聞く耳を持たなかった。彼らにとって、俺たちは、言葉を話すだけの、賢い獣でしかなかったんだ」


小さな諍いが、頻繁に起こるようになった。

人間が仕掛けた罠に、獣人の子供がかかり、命を落とす。

それに怒った若い戦士が、人間の畑を荒らし、報復を受ける。

憎しみの連鎖。それは、ゆっくりと、しかし確実に、両者の間に深い溝を刻んでいった。


「そして、ある日、全てが変わった。人間の村に、立派な鎧を着た、騎士と名乗る連中が現れたんだ。リオニス王国……それが、奴らの国の名前だった」


ガロウの拳が、ぎり、と強く握りしめられる。

「奴らは、俺たちに、一方的に通告してきた。『この土地は、王国の新たな領土とする。そこに住む獣共は、我々の管理下に入れ』と。……ふざけた話だ。そこは、俺たちが、何百年も前から、守り続けてきた土地だった」


当然、銀牙族は、その要求を拒絶した。

それが、終わりの始まりだった。


「……虐殺だった」


ガロウの口から、吐き出すような言葉が漏れた。

「奴らは、軍隊を連れてきた。俺たちが、見たこともないような、光り輝く鉄の鎧を着て、鋭い鋼の剣を手にしていた。俺たちの武器は、黒曜石の槍と、獣の骨で作った斧だけ。戦いにさえ、ならなかった」


彼は、語る。

女子供が、容赦なく殺されていく光景を。

戦士たちが、誇りを守るために戦い、そして、鉄の刃の前に、次々と倒れていく様を。

燃え盛る炎の中で、故郷が、灰になっていく絶望を。


「俺は、親父とお袋に、無理やり逃がされた。まだ幼かった妹の手を引いて、必死に、南へ、南へと逃げた。背後で、仲間たちの断末魔の叫び声を聞きながら……」


ガロウの顔に刻まれた、大きな傷跡。

その傷を、彼は、無意識に、指でなぞっていた。

「この傷は、その時に、逃げる俺たちを追ってきた、騎士の一人につけられたものだ。奴は、笑っていたよ。獣を狩るのを楽しむように、な。……妹は、その時に……俺の目の前で……」


彼は、そこから先を、言葉にすることができなかった。

ただ、その黄金色の瞳から、一筋の、熱い雫がこぼれ落ちた。

それは、リーダーとして、決して人前では見せることのなかった、彼の、たった一つの弱さだった。


小屋の中は、重い沈黙に支配された。

ルナリアは、唇を固く結び、その瞳を潤ませながら、俯いていた。彼女もまた、その物語に、自らの失われた過去を重ねているのかもしれない。


ケイは、何も言えなかった。

どんな言葉も、彼の絶望の前では、空虚に響くだけだろう。

彼は、ただ、静かに、その事実を受け止めていた。

《アナライズ》。

彼の脳内では、ガロウの語った情報が、客観的なデータとして、再構築されていく。


▼ インシデント:銀牙族の故郷喪失

┣ 原因分析:

┃ ┣ 直接原因:リオニス王国による、軍事侵攻。

┃ ┗ 根本原因:

┃ ┣ ① 技術格差:鉄器文明と石器文明の、圧倒的な戦力差。

┃ ┣ ② 組織力格差:国家というシステムと、部族という共同体の、組織的な力の差。

┃ ┣ ③ 思想的対立:人間至上主義に基づく、異種族への排他性。

┗ 結論:この悲劇は、単なる悪意だけでなく、文明レベルの、構造的な欠陥によって引き起こされた、必然的な結果である。


怒りでも、悲しみでもない。

ケイの心に宿ったのは、システムエンジニアとしての、冷徹なまでの、分析結果だった。

この世界のバグは、自分が思っていたよりも、遥かに根深く、そして、構造的なものなのだ。

小手先のパッチワークでは、決して修正できない。

根本的な、アーキテクチャのレベルから、再設計する必要がある。


やがて、ガロウは、自らの感情を押し殺すように、大きく息を吐いた。

そして、彼は、まっすぐに、ケイの顔を見た。

その瞳には、もう涙はなく、代わりに、鋼のような、揺るぎない決意の色が宿っていた。


「……俺は、あの地獄の中から、わずかな同胞を連れて、この『見捨てられた土地』まで逃げ延びた。人間が、決して追ってくることのない、この呪われた場所で、ただ、息を潜めて生きることだけが、俺たちに残された、唯一の道だった」


彼は、一度、言葉を切った。

そして、ゆっくりと、その場に、片膝をついた。

それは、狼獣人族が、自らが認めた王にのみ捧げる、絶対的な忠誠の誓いの形だった。


「だが、大将。あんたは、違う」


ガロウの、傷だらけの顔が、上がる。

その黄金色の瞳は、まっすぐに、ケイを捉えていた。


「あんたは、ただ隠れて、生き延びるだけの道じゃない、新しい道を示してくれた。俺たちが、知らなかった戦い方を、教えてくれた。知識と、技術と、そして、組織という力。それがあれば、俺たちは、もう、一方的に狩られるだけの、獣じゃない」


彼の声は、震えていた。だが、それは、絶望の震えではない。

新たな希望を見出した、魂の震えだった。


「俺は、もう二度と、仲間を失いたくない。俺たちの子供たちに、俺たちと同じ絶望を、味あわせたくない」


彼は、その大きな拳を、自らの胸に、強く当てた。


「だから、誓う。このガロウ・アイアンファングの命、そして、我ら銀牙族の全てを、あんたに捧げる。あんたが作るという、その新しい場所にこそ、俺たちの、そして、あるいは、この土地に住む全ての亜人の、未来があると信じる!」


その、魂からの叫び。

それは、ケイの胸に、重く、そして、熱く響いた。

彼は、ただ、黙って、その誓いを受け止めた。

軽い言葉で、応えることはできなかった。

その誓いが、どれほどの絶望と、苦悩と、そして、希望の上に成り立っているのかを、彼は、痛いほど理解してしまったからだ。


(……穏やかな人生)


彼が、最初に望んだ、ささやかな願い。

それは、もはや、彼一人のものではなくなっていた。

彼の両肩には今、一つの種族の、未来そのものが、ずしりと、のしかかっている。


それは、重い。

あまりにも、重い責務だ。

だが、不思議と、嫌ではなかった。

前世で感じていた、理不尽な責任の重さとは、全く違う。

これは、信頼に基づいた、誇らしい重さだ。


ケイは、静かに、頷いた。

そして、彼の隣で、静かに涙を拭っていたルナリアもまた、強く、頷き返した。


こうして、三人の間に、言葉にはならない、しかし、何よりも強固な、最初の絆が結ばれた。

それは、後に、この世界の理不尽なシステムに、真っ向から戦いを挑むことになる、小さな、しかし、最強のパーティーが、産声を上げた瞬間だった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

今回は、ガロウの壮絶な過去が語られました。彼の人間への憎しみの根源、そして、ケイに未来を託す決意が、少しでも伝わっていれば幸いです。

物語は、ここから新たなステージへと進みます。ケイ、ルナリア、そしてガロウ。三人の絆を礎に、彼らは、どんな未来を築いていくのでしょうか。

「面白い!」「ガロウ……(泣)」「三人のこれからが楽しみ!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、彼らの未来を創る力になります。

次回、ケイが語る、壮大な理想。それは、彼の「穏やかな人生」という願いの、真の姿。

このあと15時半頃の更新を、どうぞお楽しみに。

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