第171節: 枯渇する備蓄と、広がる不安
いつもお読みいただきありがとうございます! 第八巻『経済戦争』編その緊張が高まります。 ギルドによる非情な『経済封鎖』。その見えざる刃はついにアークシティの平和な日常に食い込み始めました。 今回はその最初の犠牲者となる市民たちの混乱と不安。 そしてその全てを見据える我らがリーダーの苦悩と決断。 それでは第百七十一話お楽しみください。
その異変に最初に気づいたのはアークシティの主婦たちだった。 『アークシティ建設計画』が始まって以来彼女たちの生活は劇的に改善されていた。
中央広場に新設された共同購買所(ケイがギルドとの交易を見据えて設立した商店の前身だ)。 そこには以前では考えられなかったような様々な物資が並んでいた。 ドゥーリンの工房から払い下げられた鋼鉄の包丁。 エリアーデの弟子たちが練習で織り上げた魔法の布地。 そして何よりも彼女たちの生活を豊かにしていたのはあの商人バートから半ば奪い取った塩や香辛料そして人間の国から仕入れられた様々な日用品だった。 それらはケイが制定した『労働ポイント』に応じて公平に分配され彼女たちの食卓を彩っていた。
だがその夢のような日々はある日唐突に終わりを告げた。
「え? 塩が品切れ?」
「嘘でしょ!? 昨日まではあんなに山積みだったのに!」
「香辛料もないわ! どうなっているの!?」
共同購買所の棚から突如として『輸入品』の全てが消えた。 そのあまりにも突然の事態に主婦たちの間に動揺が走る。 彼女たちは不安に駆られ倉庫へと詰めかけた。 だがそこにあったのはもはや空っぽになった塩樽と空っぽの棚だけだった。
「申し訳ありません皆さん」
購買所の管理を任されていた猫獣人の女性が青ざめた顔で頭を下げた。
「新しい荷物がもう一週間以上全く入ってこないんです」
その一言がパニックの引き金だった。
「塩がない!?」
「冬を越したばかりだというのにまたあの塩のない生活に戻るのか!?」
「布は!? 子供たちの新しい服を作る布もないのか!?」
不安はウイルスよりも速く伝播する。 その不穏な空気は瞬く間に都市全体を覆い尽くした。 男たちは自らの仕事の手を止め不安げにざわつき始めた。
「おいどうなってやがる」
「ギルドの連中が来なくなったって本当か?」
アークシティは確かに自給自足の体制を確立しつつあった。 食料(肉と野菜)も武器も家も自らの手で創り出せる。 だが『塩』。 『香辛料』。 『上質な布』。 そしてルナリアが新しい薬を研究するために不可欠な『特殊な試薬』。 それらの『文明の必需品』は未だ完全に外部からの輸入に頼り切っていたのだ。 そのアキレス腱をザルツガルド商業ギルドはあまりにも正確にそして無慈悲に断ち切ってきた。
庁舎の執筆室。 ケイは窓の外で繰り広げられるその混乱の始まりを静かに見下ろしていた。 彼の顔には何の感情も浮かんでいない。 だがその青い瞳の奥底では冷たい怒りの炎が燃え盛っていた。
(やはり来たか)
彼の脳内でシミュレーションが最悪の結果を弾き出す。
(ギルドの狙いは明確だ。僕たちの生活の質を意図的に低下させ住民たちの間に不満と不安を植え付ける。そしてその不満の矛先を僕個人へと向けさせ内部からこの都市を崩壊させる。なんと古典的でなんと悪辣な戦略だ)
このままではマズい。 せっかく一つになった仲間たちの絆が『塩がない』というただそれだけのしかしあまりにも根源的な問題によって再び引き裂かれてしまう。 信頼は築くのに千日。 失うのはたった一日。
彼は傍らに控えていたハクへと静かに命じた。
「ハク」
「はっ!」
「最高評議会緊急招集。五分後に全員第一会議室へ」
「御意」
ハクはそのただならぬリーダーの覇気に息を呑み駆け出していった。 ケイは最後に一度だけ眼下の混乱を見下ろした。 そして彼は静かに呟いた。 その声はこの都市の全ての敵へと向けられた宣戦布告だった。
「受けて立とうじゃないか。君たちのその旧式の戦争を。僕の新しいやり方で完膚なきまでに叩き潰してやる」
ついにギルドの経済制裁が市民たちの生活を直撃しました。 塩がない。 そのあまりにも根源的な恐怖がアークシティに最初の混乱をもたらします。 だが我らがリーダーケイは既にその全ての元凶を見抜いていた。 次回ついにケイが反撃の狼煙を上げます。 彼が宣言する『武器なき戦争』。 その驚くべきカウンタープランとは。 どうぞご期待ください。 面白いと思っていただけましたらぜひブックマークや下の☆での評価をいただけますと執筆の励みになります!




