第169節: ギルドの決断
いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき誠にありがとうございます! これにて第七巻『外交戦線』は堂々の完結となります。皆様の応援のおかげでエリアーデたちは歴史的な外交勝利を収めることができました。 しかしその輝かしい光は必ず濃い影を呼び寄せます。 本日より物語は第八巻『経済戦争』編へと突入! アーク連邦が放った一石は大陸のもう一つの巨大な支配者の逆鱗に触れます。 それでは第八巻最初の物語第百六十九話をお楽しみください。
中立都市クロスロード、その欲望の坩堝の中心に天を突くようにそびえ立つザルツガルド商業ギルド本部ビルの最上階。 一切の装飾を排した機能的な会議室は重い沈黙に支配されていた。そこは金の匂いと古い羊皮紙の匂い、そして権力者だけが放つ冷たい空気で満ちている。
テーブルを囲むのは十数人の老人たち。 彼らこそがこの大陸の経済という血流を完全に掌握するギルドの最高幹部会だった。 彼らのしわがれた指先一つで小国の一つや二つたやすく地図から消し飛ぶ。 その絶対的な権力者たちの視線は今、テーブルの上座に座る一人の男へと集まっていた。 ギルドマスターオズワルド・ザルツガルド。 その痩せこけた老人の瞳だけが年齢にそぐわない蛇のような冷たい光を宿していた。
「それで?」
オズワルドの静かな声が響く。
「報告はそれだけかザルツよ」
報告に立っていたのはあの情報部門を統括する痩身の男ザルツだった。
「はっ」
ザルツは表情一つ変えずに答えた。
「アーク連邦全権大使エリアーデ・ウィンドソングはゴルディア王国のギムレク宰相補佐官と極秘裏に接触。その内容までは掴めておりませんが、ギムレクが宿を出る際のあの満足げな表情から、何らかの密約が交わされたと見るのが妥当かと」
「フン。ゴルディアの石頭どもがまんまと獣の姫君の色香に迷ったか」
幹部の一人が下品な笑い声を上げた。会議室の緊張がわずかに緩む。 だがオズワルドは笑わなかった。
「問題はそこではない」
ギルドマスターの冷たい声がその緩んだ空気を再び凍りつかせた。
「問題はあのケイ・フジワラとかいう小僧だ。あの『魔導銃』と『機械式時計』について、分析官たちの見立てはどうだ?」
「はっ」
ザルツの顔がわずかにこわばる。
「どちらも『本物』です。それも我らギルドの技術の粋を集めてもあと五十年は再現不可能な『異次元の代物』であると」
その報告に会議室が初めてどよめいた。 五十年。それはもはや技術格差というレベルではない。文明の断絶だ。
「つまりだ」
オズワルドがゆっくりと指を組んだ。その指先はミイラのように乾ききっている。
「我らの庭のど真ん中に突如として我らを遥かに凌駕する技術力を持った、そして我らのルールに従うつもりのない『異物』が生まれた。そういうことだな?」
彼のそのシステムエンジニアのような的確な分析に、ザルツは静かに頷いた。
「放置すればどうなる?」
「分かりきったことです。彼らはゴルディアと手を組み独自の交易ルートを開拓するでしょう。我らのギルドを介さずにだ。そうなれば、我らが数百年かけて築き上げてきた大陸の経済秩序は根底から覆されます」
「それは許せん」
オズワルドは短く言った。
「戦争はリオニスの獅子どもに任せておけばいい。だが経済の覇権は我らのものだ。あの生意気な小僧にはこの世界の本当のルールを教えてやる必要があるようだな」
彼は静かに立ち上がった。 そして窓の外、眼下に広がるクロスロードの繁栄を見下ろしながらその非情な決定を下した。
「直ちに大陸の全てのギルド支部に通達を出せ」
「内容は?」
「『アーク連邦』、及びそれに関連する全ての亜人の集落との一切の交易を、本日この瞬間より『全面禁止』とする」
それは死の宣告だった。
「彼らを兵糧攻めにするのですな」
「そうだ。あの哀れな商人バートの報告によれば、奴らの村にはまだ多くの物資が不足している。特に生活に不可欠な塩、布、そして医療品だ。それらの供給を完全に断て。どれほど優れた技術があろうとも塩がなければパンは食えん。冬を越す服がなければ凍え死ぬだけよ」
オズワルドのその歪んだ顔に醜悪な笑みが浮かんだ。
「せいぜい飢え苦しみそして学ぶがいい。この世界では金こそが神であり、我らギルドこそがその唯一の代行者なのだということをな」
アーク連邦が勝ち取った華々しい外交的勝利。その裏側で、大陸の経済を牛耳るもう一つの巨大な帝国が静かにしかし確実にその最も恐ろしい牙を剥き始めていた。
アーク連邦の華々しい外交的勝利はついに大陸の経済を牛耳るザルツガルド商業ギルドの逆鱗に触れました。 彼らが仕掛けてくる次なる戦い。 それは剣でも魔法でもない『経済』という見えざる戦争。 その最初の一手『交易の全面禁止』が今下されました。 次回、その非情な通達がアークシティにどのような混乱をもたらすのか。どうぞご期待ください。 面白いと思っていただけましたらぜひブックマークや下の☆での評価をいただけますと執筆の励みになります!




