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第166節: 盤上のアーキテクト

いつもお読みいただき、ありがとうございます!


舞台は再び、我らが故郷アークシティへと戻ります。


エリアーデたちが、華やかだが危険な外交戦線を戦い抜いている間。

彼らのリーダー、ケイ・フジワラは何を思い、そして何をしていたのか。


彼の静かなる確信の物語です。

アークシティは、春の穏やかで、しかし力強い成長の季節を迎えていた。ガロウが率いる常備軍の訓練の掛け声が、遠く南の訓練場から響いてくる。ドゥーリンが指揮する工務省の工房からは鋼を打つリズミカルな音と反射炉の熱気が立ち上る。ルナリアの保健衛生局は、新設された浄化槽の稼働テストに追われ、ハクの警備隊は完成したばかりの碁盤の目状の街区を誇らしげに巡回していた。


全てが機能していた。ケイ・フジワラが設計したこの『アーク連邦』という名の巨大なシステムが、彼がいなくても、いや彼がいないからこそ自律的に動き、成長を始めている。


その光景を、庁舎の最上階、最高指導者執務室の窓からケイは静かに見下ろしていた。


彼の机の上には、エリアーデたちが出発してから一日も欠かすことなく送られてくるリリナからの定時報告書(暗号化された極めて簡潔なものだ)が、整然と並べられている。

『クロスロード到着』

『サロンにて、リオニスと接触』

『ゴルディアと、秘密裏に接触』

そして昨夜届いた、最後の一通。

『――交渉、完了。帰還スル』


その短い報告書を、ケイは指先でそっと撫でた。

彼の青い瞳には、何の驚きも高揚も浮かんでいない。

ただ、自らが組んだプログラムが一寸の狂いもなく正常に動作したことを確認した、システムエンジニアの静かな満足感だけがそこにあった。


コンコン、と荒々しいノックの音。

返事をする前に、扉が爆発するかのような勢いで開かれた。


「大将ッ! 今、リリナの奴から連絡が!」


血相を変えて飛び込んできたのは、軍務大臣のガロウだった。


「ああ、知っている。今しがた僕のところにも届いた」


ケイは、振り返ることなく静かに答えた。


「し、知ってるって! あんた、落ち着きすぎだろ!」


ガロウは、そのあまりにも冷静なリーダーの態度に、興奮したように詰め寄った。


「すげえじゃねえか! あいつら本当にやり遂げやがった! あのエルフのお姫様が、リオニスのクソ貴族のツラに水をぶっかけただぁ!? くくくっ、傑作だ! 今夜は宴会だ! 最高の酒を用意させねえと!」


そのあまりにも素直な喜びの爆発。

ケイは、その頼もしい戦友の姿にようやく小さく吹き出した。


「気が早いな、ガロウ。彼らはまだ帰還の途上だ。それに、君の軍務省の仕事はまだ終わっていないだろう?」


「うっ……そ、それはそうだが……」


ガロウはバツが悪そうに、その傷だらけの頭を掻いた。


「君は、心配ではなかったのか? ガロウ」


ケイは静かに問いかけた。


「エリアーデ殿たちを、あの人間の巣窟へと送り出すこと。正直、僕は今も生きた心地がしていない」


その初めて聞くリーダーの弱音。

ガロウは一瞬、驚いたように目を見開いた。

だが彼はすぐに、ニヤリとその牙を剥き出した。


「へっ。心配ねえ。大将。あんたが心配なのは、エリアーデたちのことじゃねえ。あんたのその完璧な設計図が狂うことじゃねえのか?」


「どういう意味だ」


「分かってんだぜ、俺は」


ガロウは、その巨大な手のひらでケイの小さな頭をわしわしと撫で回した。


「あんたは賭けになんて出てねえ。勝つべくして勝ったんだ。違うか?」


ケイは、その乱暴な愛情表現に顔をしかめながらも、その言葉の真意を理解した。

そうだ。

これは、賭けではなかった。

これは、彼がこの世界に来てからずっと積み上げてきた、論理ロジックの必然的な帰結だった。


(僕は、彼らを信じていた)


ケイは心の中で静かに呟いた。

エリアーデの気高い誇りと、冷静な知性を。

リリナの猫の本能と、影としての忠誠心を。

そしてボルツの、ドワーフとしての不器用な、しかし揺るぎない職人の魂を。

僕は、彼らという最高のリソースの性能スペックを、誰よりも正確に把握していた。


(僕が送り出したのは、ただの使節団ではない。僕の理想を体現する、最高の『システム』そのものだ)


ケイは、窓の外、完成に近づくアークシティの街並みを見つめた。


(僕がこの執務室でやるべきことは、彼らの帰りをただ信じて待つことじゃない。彼らが胸を張って帰ってこられる最高の故郷を用意し続けることだ)


「ああ、ガロウ。君の言う通りだ」


ケイはガロウの手を払いながら、静かに答えた。


「僕の計算が正しければ、今回の外交成果はアークの未来にとって何よりも大きな一歩となる。僕はそれを確信している」


その小さなリーダーの顔には、もはや一片の迷いもなかった。

そこにあるのは、自らが描いた設計図の正しさを信じ、そしてその実現のために全てを捧げる、孤高の建築家アーキテクトの揺るぎない覚悟だけだった。

ケイの仲間への絶対的な信頼。そして自らの設計図への確信。

リーダーとしての彼の静かな覚悟が描かれた回でした。


ガロウの彼を理解する言葉も、熱かったですね。


さて、そのケイの確信通り、使節団は今、故郷へとその歩みを進めています。


次回、ついに彼らの凱旋。

アークシティの住民たちは、彼らをどう迎えるのでしょうか。


第七巻『外交戦線』、クライマックスへと続きます!

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