第164節: 逆転の外交術
いつもお読みいただきありがとうございます! 第七巻『外交戦線』そのクライマックスです。 前回リオニス王国の卑劣な罠に陥れられたアーク連邦使節団。 暗殺者は撃退したものの騒乱の責任を問われ、絶体絶命の窮地に立たされてしまいました。 武力では解決できないこの状況。 今こそ我らが全権大使エリアーデ・ウィンドソングの、ケイ・フジワラが鍛え上げた真の「外交術」が火を噴く時です!
宿屋『銀の天秤』の一室。 そこはもはや客室ではなかった。 血の鉄臭い匂い。破壊された家具。そして床に転がる五つの死体。 その異常な空間を十数人のクロスロード治安部隊が弩を構え完全に包囲していた。 その全ての殺意が中央に立つ三人の使節団へと向けられている。
「さて 大使殿。弁明を聞こうか」
治安部隊の隊長がその兜の奥の冷たい瞳でエリアーデを睨みつけながら言った。
「あなた方がどのような事情を抱えていようとも、この神聖なる中立都市クロスロードにおいてこれほどの騒乱と殺人を引き起こしたという事実は変わらない。その責任、どう取っていくつもりだ?」
そのあまりにも高圧的でそして一方的な決めつけ。 ボルツが怒りにそのウォーハンマーを握りしめる。
「てめえらふざけるな! 先に手を出してきたのはこいつらの方だ! 俺たちはただエリアーデ様を守ろうと!」
「ボルツ お黙りなさい」
エリアーデの静かなしかし凛とした声がボルツの抗議を遮った。 彼女はその血塗れの惨状の中で一人優雅に一礼してみせた。 その気品と冷静さはこの異常な状況下ではむしろ不気味なほどだった。
「隊長殿。あなた様のおっしゃる通りです。我らがこのクロスロードの静かな夜を乱してしまったこと、それは事実。深くお詫び申し上げます」
「ほう。罪は認める と?」
「いいえ」
エリアーデはきっぱりと否定した。
「罪ではありません。これは先ほども申し上げた通り『正当防衛』です。そして何よりも」
彼女の翡翠の瞳が鋭い光を宿した。
「この事件の本当の被害者は我らアーク連邦。そして加害者は、このクロスロードの中立の法を公然と踏みにじった『リオニス王国』そのものですわ」
「なっ!?」
隊長の顔色が変わった。 そのあまりにも大胆不敵な発言。 その場にいた他の兵士たちからもどよめきが起こる。
「大使殿。その発言の意味を理解しておられるのか。他国の、それもリオニス王国という大国を何の証拠もなく非難するなど。それは外交問題に発展しかねない重大な失言だぞ」
「証拠ですか?」
エリアーデは完璧な笑みを浮かべた。
「ええ。もちろんございますわ」
彼女はリリナに目配せした。 リリナは音もなく進み出ると捕縛し意識を失わせている暗殺者の一人(リリナがあえて一体だけ生け捕りにしていたのだ)の懐から一つの革袋を取り出した。 そしてそれを隊長の足元へと放り投げた。 袋の口からこぼれ落ちる金貨。 その一枚一枚に刻まれている見慣れた紋章。 ――リオニス王国の王家の紋章。 そしてその袋そのものに微かに刺繍されている、バルテルミー侯爵家のイニシャル。
「これは!」
隊長の目が見開かれる。 これほど分かりやすい証拠があろうとは。
「馬鹿な! それは奴らの捏造だ! 罠だ!」
その声は廊下の奥。 いつの間にか騒ぎを聞きつけて姿を現したバルテルミー侯爵その人だった。 彼は蒼白な顔で震えながら叫んだ。
「そうだ! 奴らがわしを陥れるために用意した偽の証拠だ! 信じるな!」
「ほう。捏造ですか」
エリアーデはその哀れな男の姿を冷たく一瞥した。
「では侯爵閣下。この『声』も、わたくしが捏造したとおっしゃるのかしら?」
彼女は懐から一つの小さな魔道具を取り出した。 それはケイがこの外交任務のために彼女に託していた数々の秘密兵器の一つ。 超小型高性能『魔力式録音機』。 彼女はリリナが暗殺者の気配を察知したあの瞬間に既にこれを起動させていたのだ。
彼女は魔晶石に魔力を込めた。 すると静まり返った宿屋の一室にある男の声が響き渡った。
『――死ねッ! 獣の姫よ!』
それは先ほどこの部屋で響き渡った暗殺者の断末魔ではない。 その直前。 彼らが部屋になだれ込んできたその瞬間の第一声。 そしてその声の主は間違いなく……。 いや違う。録音機はさらに前の、バルテルミー侯爵が裏のギルドの人間と密会していたその瞬間の音声さえも記録していた。
『――今夜だ。今夜あのエルフの首を獲れ。一人残らず八つ裂きにしてその首をわしの前に並べてみせよ!』
そのあまりにも下品でそして特徴的な声。 その場にいた全ての兵士が、そして何よりも治安部隊の隊長がその声の主を知っていた。 バルテルミー侯爵その本人の声だった。
「っ……!」
バルテルミーの顔から血の気が完全に引いた。
(馬鹿な! なぜあの時の会話が!? 盗聴!?)
もはや言い逃れはできない。 完璧な物的証拠。 完璧な音声証拠。 バルテルミー侯爵はその場に無様に崩れ落ちた。
「隊長殿」
エリアーデはその哀れな敗者を一瞥もすることなく治安部隊の隊長へと向き直った。
「ご覧の通りです。これはもはや我らアーク連邦とリオニス王国の二国間の問題ではありません。これはこの神聖なる中立都市クロスロードの法そのものに対する、重大な挑戦であり反逆です」
そのあまりにも正論でそしてあまりにも痛烈な弾劾の言葉。 隊長の顔が怒りに染まった。 そうだ。 このエルフの大使の言う通りだ。 一国の外交官がこの中立都市で他国の大使の暗殺を企てた。 これすなわちこのクロスロードの中立性を根底から揺るガす重大な外交問題だ。
「バルテルミー侯爵ッ!」
隊長の怒声が響き渡る。
「貴殿のその愚かな行い! 断じて許されるものではない! 直ちに身柄を拘束する! この件は我がクロスロードの評議会が責任を持って預からせていただく!」
衛兵たちがもはや何の抵抗も示さない侯爵の両脇を抱え引きずっていく。 その哀れな背中にエリアーデは静かに声をかけた。
「あ、それと侯爵閣下。サロンでの水のお代、いつか必ずお支払いいたしますわね」
その最後の一撃。 侯爵はぐうの音も出なかった。
嵐は去った。 だがその嵐が残したものはあまりにも大きかった。 アーク連邦。 その未知の亜人の国家は。 その最初の外交の舞台で、大陸の大国リオニス王国を相手に、完璧な外交的勝利を収めてみせたのだ。 隊長のエリアーデに向けられる視線はもはや侮蔑ではなかった。 それは恐るべき新しいプレイヤーの誕生を目の当たりにした畏敬の念そのものだった。 アーク連邦の名はこの日この瞬間、確かに大陸の歴史に刻まれたのだ。
エリアーデ様、圧巻の大逆転勝利でした! ケイ様が仕込んでいた秘密兵器が見事に火を噴きましたね。 リオニスの卑劣な罠を逆手に取り、逆にアーク連邦の正当性を大陸中に知らしめるという完璧なカウンター。 これぞまさにアーク流の外交術です。 さて、これにてアーク連邦の最初の外交任務はその目的を全て果たしました。 次回ついに彼らはこのクロスロードを後にし、懐かしき故郷アークシティへと凱旋します。 彼らを待つ仲間たちの反応は。 そしてケイが彼らにかける言葉とは。 第七巻『外交戦線』堂々のクライマックスです。 面白いと思っていただけましたら、ぜひブックマークや下の☆での評価をいただけますと執筆の励みになります!




