第157節:奇跡の処方箋
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前回、膠着したゴルディア王国との交渉。その流れを断ち切るため、ケイは『坑道病の特効薬』というあまりにも強すぎる交渉カードをエリアーデに授けました。
今、その禁断の一手が百戦錬磨のドワーフたちに突きつけられます。
「『――武器や技術の話はもういい。我々は、あなた方の病める国家の命を救う話をしにきた』と」
エリアーデは、アークシティの執務室で聞いた自らの主君の冷徹なまでの宣告を、一字一句違えず目の前のドワーフの宰相補佐官へと告げた。
その言葉は、中立都市クロスロードの宿屋の一室の重い空気を切り裂いた。
ゴルディア王国の使節ギムレク・ストーンフィストは、その唯一残った黒い瞳を信じられないというように見開いていた。
「病める国家……?
命を救う、だと……?」
彼はその言葉の意味を理解できなかった。いや、理解することを彼のドワーフとしての、そして大国の宰相補佐官としてのプライドが拒絶していた。
「大使殿。その言葉、我らゴルディア王国に対する最大限の侮辱と受け取ってもよろしいかな?」
彼の岩が擦れるような声のトーンが絶対零度まで下がる。背後に控える二人の護衛のドワーフたちも、その手に持つ戦斧の柄に手をかけた。
だが、エリアーデは動じなかった。
彼女の翡翠の瞳は、その剥き出しの殺意をまるで春風のように受け流す。
「侮辱ではありませんわ、閣下。『事実』です」
彼女は静かに続けた。
「貴国が長年、その繁栄の礎としてきた北方の鉱山。その高濃度の魔素の中で働き続ける多くの同胞たちが、今、原因不明の奇病に苦しんでおられる。違いますか?」
その、あまりにも的確な指摘。
ギムレクの岩塊のような身体が、初めて明らかに強張った。
「なぜ、貴様がそれを……」
それはゴルディア王国の最高軍事機密。
王国の強さの根幹である鉱山労働者たちが、今、謎の不治の病によって内側から崩壊しつつあるという恐るべき現実。
その国家の最大のアキレス腱を、目の前のこのエルフの女はなぜ知っている?
エリアーデはその動揺を見逃さなかった。
彼女はケイから、そしてルナリアから授けられた次なる言葉を静かに紡いだ。
「呼吸困難、体内の結晶化、そして魔素循環の阻害。私たちはその病を『魔素性珪肺』……俗に言う『坑道病』と呼んでいます」
「…………っ!」
ギムレクは息を呑んだ。
その病名は、彼らの国の王宮魔術師たちでさえ辿り着けなかった真実の核心。
目の前のこの亜人の小国は、自分たちの国の病巣を自分たち以上に正確に把握している。
その恐るべき事実に、彼の百戦錬磨の精神が戦慄した。
「それがどうしたと言うのだ」
ギムレクは、かろうじて最後のプライドでその言葉を絞り出した。
「そうだ。その通りだ。我が国は今、病に苦しんでおる。だが、それは我らの問題だ。貴殿ら他国の知ったことではあるまい!」
「ええ。これまでは」
エリアーデは静かに頷いた。
そして彼女は、懐から一つの小さなガラスの小瓶を取り出した。
それはルナリアが、その魂の全てを込めて精製した『マナ・デトックス』の試作品。
その淡い、しかしどこまでも清浄な魔力の光を放つ液体が、薄暗い部屋の中でぼんやりと輝いた。
「これまではそうでした。ですが今日、この瞬間からは違います」
彼女はその奇跡の小瓶を、テーブルの上にそっと置いた。
「――なぜなら、我らアーク連邦は、その『不治の病』の特効薬を開発することに成功したのですから」
その静かな、しかし雷鳴のような宣告。
ギムレク・ストーンフィストは、その唯一残った黒い瞳を人生最大の驚愕に見開いたまま、完全に動きを止めた。
彼が長年夢にまで見てきた、しかし決して手に入らないと諦めていた国家の救済。
その奇跡の処方箋が、今、目の前に差し出されたのだ。
そのあまりにも予想外の提案に、彼の全ての思考は停止した。
坑道病の特効薬。ケイとルナリアが仕込んだ、あまりにも強力すぎる交渉カードがついに切られました。国家の存亡に関わる問題を突きつけられたギムレクの驚愕、伝わりましたでしょうか。
次回、この奇跡の提案が交渉の流れを完全に変えます。
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