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第155節:ドワーフの懸念(交渉は難航)

いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます! 第七巻『外交戦線』、息詰まる交渉が続きます。


前回、アーク連邦の全権大使エリアーデは、ゴルディア王国の使節ギムレクに対し、自国の圧倒的な技術力の一端――『連弩』の自動装填機構を披露しました。その神業の如き技術力は、ゴルディアのドワーフたちを驚愕させ、交渉の主導権を完全に握ったかに見えました。 しかし、百戦錬磨の老ドワーフ、ギムレクは、それだけで屈するような生易しい相手ではありません。彼は、この若き国家の、もう一つの「脆さ」を突いてきます。


それでは、第百五十五話、お楽しみください。

チチチチチチ……。 中立都市クロスロード、宿屋『銀の天秤』の一室。 そこを支配していたのは、アタッシュケースの中に再び仕舞われた、あの精密な機械が刻む冷たい時を告げる音だけだった。


ゴルディア王国の宰相補佐官ギムレク・ストーンフィストは、その鋼色の髭の奥で難しい顔をして腕を組んでいた。 目の前のテーブルに置かれたその鋼鉄の箱。あれが本物であることは、彼のドワーフとしての【神眼】が痛いほど告げていた。


あれはまがい物ではない。寸分の狂いもなく設計され、そして寸分の狂いもなく作り上げられた、完璧な超技術オーバーテクノロジーの結晶だ。 そして、目の前の美しいエルフの大使が言うように、あんな化け物じみた代物を『量産』できる国家が存在するなど。それは、彼がこれまで信じてきた世界のパワーバランスそのものを根底から覆す悪夢だった。


(認められん。いや、認めたくない)


彼の心中は荒れ狂っていた。 ゴルディア王国はドワーフの国。大陸随一の工業国家であると自負してきた。そのプライドが今、目の前のこの昨日今日ぽっと出の亜人の小国によって、粉々に砕かれようとしている。 だが、それと同時に、彼のもう一つの冷徹な政治家としての思考が囁いていた。


(もし、これが真実ならば。このアーク連邦というカードは、我らが宿敵リオニス王国を打倒するための『最強の切り札』となる)


技術力は本物だ。辺境伯の軍勢を打ち破った戦術も本物だろう。 ならば、なぜ躊躇する?


(信頼だ)


ギムレクは静かに結論を下した。


(結局、そこに尽きる)


彼はゆっくりと顔を上げた。その唯一の黒い瞳が、侮蔑でも驚愕でもない、どこまでも冷徹な交渉相手としての色を宿してエリアーデを見据えた。


「大使殿。貴殿らのその素晴らしい『システム』とやら、確かに理解した。その技術力が本物であることも認めよう」


そのあまりにも素直な賛辞。 エリアーデは静かにその言葉を受け止めた。だが、彼女は知っていた。交渉とは、相手がこちらを褒めたたえたその瞬間からが本当の始まりであることを。


「だが、な」


ギムレクの声のトーンが変わった。


「技術と戦争は別物だ。わしらドワーフには古い古い諺がある。『鋼は、使う者によってナマクラにもなれば、魔剣にもなる』と」


彼はテーブルの上にその岩塊のような拳を置いた。


「貴殿らの指導者、ケイ・フジワラ。彼は人間だ。そして貴殿らはエルフ。そこに控える小娘は猫。護衛の小僧はドワーフ。そして貴殿らの国の大半は狼の獣人だとか」


彼の指が一本一本、その種族の違いを数え上げていく。


「寄せ集めだ。それも昨日今日集まったばかりの烏合の衆。今はその若き指導者のカリスマと奇跡の技術力で、かろうじて一つにまとまっているように見える。だが所詮は水と油だ。一度大きな圧力がかかれば、例えばリオニス王国の五千の本国軍という絶対的な現実の前に晒されれば、その脆い絆なんぞ一瞬で蒸発する。そうは思わんか?」


そのあまりにも的確で、そして痛烈な指摘。 エリアーデの完璧な微笑が、初めてわずかに揺らいだ。


「貴殿らの国には『歴史』がない」


ギムレクは畳み掛けた。


「共に流した血の量が足りん。共に乗り越えてきた冬の数が足りん。そんな薄っぺらい信頼関係で結ばれた国を、このわしが、我がゴルディア王国が、国家の存亡を賭けるに値する『対等な同盟相手』と認めることができると、本気で思っておるのか?」


それはアーク連邦が抱える唯一にして最大のアキレス腱だった。 そのあまりにも若すぎるという事実。 どんなチートな技術力も、この『時間』という壁だけは越えることができない。


「故に、だ」


ギムレクはついにその本題を切り出した。


「同盟は結ぼう。だが、それは『対等』ではない。我らゴルディア王国が貴殿らの『保護国』として、その未熟な歩みを導き、そして守ってやる。その代価として」


彼の黒い瞳が、鋼鉄のアタッシュケースを射抜いた。


「貴殿らのその革新的な技術。あの『連弩』と、サロンで見せたという『魔導銃』。その全ての設計図と製造技術を、我らゴルディア王国に供与していただきたい」


保護国。そして技術の全面供与。 それは同盟という名を借りた、実質的な属国化の要求。 あまりにも傲慢で、そしてあまりにも一方的な最後通牒だった。


その言葉を聞いた瞬間、それまで緊張で石のように固まっていたボルツが、カッとその若い顔を真っ赤にさせた。


「ふ、ふざけるなッ! 我らが師匠おやっさんと大将の魂の結晶を、ただでくれてやると……!」


「ボルツ!」


エリアーデ鋭い制止の声が飛ぶ。 だが、そのエリアーデ自身もまた、その美しい顔を怒りと屈辱にこわばらせていた。


「閣下」


彼女の声は静かだったが、その奥には氷のような怒りが燃えていた。


「そのご提案は、我らアーク連邦に対する最大の侮辱と、受け取らざるを得ません」


「侮辱、だと?」


「そうです」


エリアーデはきっぱりと言い放った。


「確かに我らの国は若い。歴史も浅い。だが、我らが指導者ケイ・フジワラがその短い期間で成し遂げてきた偉業、ゴブリン・スタンピードを退け、辺境伯の軍勢を打ち破り、そしてこの奇跡の都市を築き上げたその揺るぎない実績。それをあなた方は正当に評価しようとしていない」


彼女は静かに立ち上がった。 そのエルフとしての気高い誇りが、その華奢な身体を大きく見せていた。


「我々は保護者を求めてここに来たのではありません。ましてや我らの技術を切り売りし、生き長らえようなどとは露ほども思っておりません」


彼女はギムレクのその唯一の黒い瞳をまっすぐに見据えた。


「我らが求めしはただ一つ。リオニス王国という共通の脅威に立ち向かうための『対等なる仲間』。それだけです」


「もしゴルディア王国がその勇気と先見の明をお持ちでないのであれば、この交渉はこれにて決裂とさせていただきますわ」


そのあまりにも鮮やかで、そしてあまりにも毅然とした拒絶の言葉。 ギムレクはぐっと言葉に詰まった。 彼は完全に読み違えていた。目の前のこの亜人たちがこれほどの強靭な誇りを持っているとは。そして何よりも、この交渉のカードを自ら捨て去るほどの覚悟を持っているとは。


(まずい)


彼の脳内で警報が鳴り響く。 この交渉を決裂させればどうなる? この恐るべき技術力が、もし他のリオニスと敵対する勢力――例えば、あの何を考えているか分からない東のガルバニア帝国にでも渡ってしまったとしたら。 それこそゴルディア王国にとって最悪のシナリオだった。


だが、今更このドワーフとしてのプライドを曲げ、「対等に」と頭を下げることもできない。 交渉は完全に膠着デッドロックした。


ギムレクは苦々しい顔で立ち上がった。


「大使殿のその誇り高さ、見事と言うべきか愚かと言うべきか。よかろう。この話、一度我が王の元へと持ち帰り、改めて判断を仰ぐことといたそう」


それは、交渉を継続するためのギリギリの妥協案。 エリアーデもまた、それを受け入れた。


「賢明なご判断ですわ、閣下。我らがアーク連邦の門は常に開かれております。ゴルディア王国からの『誠意ある回答』をお待ちしております」


こうして、アーク連邦史上初の国家間交渉は、明確な成果を得られぬまま、しかし相手に強烈な印象とそして宿題を残して幕を閉じたのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます! 息詰まる交渉戦。 アーク連邦の弱点である『歴史の浅さ』を突いてきたゴルディア王国。 それに対しエリアーデは一歩も引かず、毅然とした態度で交渉決裂さえも辞さない構えを見せました。 彼女の大使としての成長が感じられる回でしたね。


さて、交渉は膠着しました。 このままでは、アーク連邦の最大の目的であった『対リオニス包囲網』の形成は失敗に終わってしまいます。 この膠着状態を打ち破る次なる一手とは。


次回、ついに我らが大将ケイ・フジワラが、アークシティから遠隔でこの交渉に介入します。 彼がエリアーデに授ける、ゴルディア王国のアキレス腱を突く驚くべき『切り札』。 どうぞ、ご期待ください。


「面白い!」「エリアーデ様、かっこいい!」「交渉、どうなる!?」など思っていただけましたら、ぜひブックマークと↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、膠着した交渉を動かす力となります!

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