第154節:情報の開示と隠蔽
いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます! 第七巻『外交戦線』、息詰まる交渉が続きます。
前回、アーク連邦の全権大使エリアーデは、ゴルディア王国の使節ギムレクに対し、自国の強さの根源を「システム」であると宣言しました。そのあまりにも抽象的で底知れない答えは、歴戦のドワーフに驚きと更なる疑念を抱かせます。 今回は、その「システム」の一端をエリアーデがいかにして「開示」し「隠蔽」するのか。 稀代のプロジェクトマネージャー、ケイ・フジワラから直接コーチングを受けた彼女の、華麗なるプレゼンテーションが始まります。 それでは、第百五十四話、お楽しみください。
「――『システム』、ですわ」
エリアーデ・ウィンドソングの、その凛とした、しかしどこか底の知れない響きを持った答え。 それは中立都市クロスロードの一室で秘密裏に行われていた、アーク連邦とゴルディア王国の最初の接触において、一つの分水嶺となった。 ゴルディア王国の宰相補佐官ギムレク・ストーンフィストは、その百戦錬磨の片目を細め、目の前の美しいエルフの大使の真意を探ろうとしていた。
(システムだと? なんだそれは。魔法の一種か? それとも、あの小僧のユニークスキルとやらのことか? はぐらかしおって。だが)
彼の視線が、部屋の隅に控える若きドワーフの職人ボルツへと向けられる。その緊張しきった生真面目な顔と、彼が命よりも大切そうに抱えている鋼鉄のアタッシュケース。
(あの箱。あれこそが、おそらくこの交渉の鍵)
「大使殿」
ギムレクは、その岩が擦れるような声で言った。
「生憎、わしらドワーフはエルフの皆様のように詩的な表現は得意ではなくてな。その『システム』とやらが具体的にどのようなものなのか。わしらにも理解できる形でお見せ願えんものだろうか」
彼はあからさまに、ボルツの持つ箱へと顎をしゃくった。
「例えば、昨夜サロンで披露されたという、あの『魔導銃』。あれこそが貴殿らの『システム』の一端なのではないかな?」
それは露骨な要求だった。 あの鋼鉄の鎧を紙屑のように貫いた恐るべき兵器。 それを見せろ、と。 それこそがゴルディア王国が最も欲している情報の一つだった。
だがエリアーデは、そのあまりにも真っ直ぐな要求をまるで予期していたかのように優雅に微笑んだ。 彼女の脳裏に、この旅に出る前ケイが執務室で彼女に言い聞かせた言葉が蘇る。
(――『いいか、エリアーデ殿。彼らは必ず、僕たちの最強の武器を見せろと要求してくる。だが決して見せてはいけない。『魔導銃』も『神の槌』も、僕たちの最終的な切り札だ。切り札は見せるものではなく、持っていると思わせることにこそ価値がある』)
「残念ですが、閣下」
エリアーデは心から申し訳なさそうな表情を作って、首を横に振った。
「あの『魔導銃』は、あくまで我が指導者の護身用の玩具。とてもではありませんが、他国の重鎮にお見せできるような代物では……」
「ほう。我らゴルディア王国を、その『雑多な商人』と同じ扱いか」
ギムレクの声のトーンが低くなる。
「とんでもない」
エリアーデは慌てて手を振った。
「だからこそ、ですわ。あなた様のような『本物のパートナー』となり得る可能性のある方に、そのような未完成の試作品では失礼にあたると、我が指導者は申しておりました。その代わりに」
彼女は静かにボルツへと目配せをした。
「ボルツ。彼らに『本物』をお見せなさい」
「は、はいッ!」
ボルツは、緊張で上擦った声を上げながらも、アタッシュケースをテーブルの中央へと進み出た。 彼のゴツゴツとした、しかし驚くほど器用な指先が、鋼鉄の留め金を外していく。 ギムレクと二人の護衛のドワーフたちの視線が、その箱へと集中する。 彼らの脳裏をよぎるのは、あの恐るべき魔導銃の姿。
だが、箱が開けられその中身が現れた瞬間、三人のドワーフは呆気に取られた。 そこにあったのは武器ではなかった。 それはケイがこの交渉のためにドゥーリンに作らせた、もう一つの切り札。 『改良型、連射式、クロスボウ』の、その核心部である「自動装填機構」のユニットだった。
(『見せるべきは完成品ではない。その核心的な部品だけだ。彼らは職人だ。完成品を見せるよりも、その圧倒的な技術力の一端を見せつけた方が、遥かに雄弁に我々の力を語るだろう』)
ケイの冷徹な声が、エリアーデの脳内でリフレインする。
「なんだ、これは……?」
ギムレクは、そのあまりにも複雑で、そしてあまりにも精密な歯車とカムが組み合わさった鋼鉄の塊を、怪訝な顔で見つめた。
「小僧の玩具か? あの『時計』とやらと同じ……」
「違います」
ボルツが震える声で、しかしその瞳に自らが作り上げた作品への絶対的な誇りを宿らせて口を開いた。
「これこそが、我らがアーク連邦の『システム』の一端です」
彼はそのユニットに小さなクランクハンドルを差し込むと、ゆっくりとそれを回してみせた。 瞬間。 ギチ、ギチ、と鋼鉄が擦れ合う心地よいラチェット音と共に、ユニットの内部で信じられない光景が繰り広げられた。 一つの回転運動が複数の歯車に伝達され、それがカムシャフトを押し上げ、スライダーを後退させ、そして上部の弾倉から模擬の矢を、一瞬で定位置へと装填する。 その全ての動きが、まるで生きている心臓のように滑らかに、そして完璧に連動していた。
「……っ」
ギムレクの息が止まった。 彼の隣にいた二人の護衛――ゴルディア王国最高の鍛冶職人でもある彼らの顔から、血の気が引いていくのが分かった。 彼らはドワーフだ。職人だ。 だからこそ理解できてしまった。 目の前のこの手のひらサイズの機械が、どれほど恐るべき技術の結晶であるかを。 これほどの精密な部品を寸分の狂いもなく鋳造し、そして組み上げる技術。その動きを計算し、設計する知識。 それは彼らゴルディア王国の神業と呼ばれる鍛冶技術さえも、遥かに、遥かに超越していた。
「これは……」
ギムレクがか細い声で呟いた。
「これを、弓に組み込むだと……?」
「はい」
ボルツは誇らしげに胸を張った。
「これこそが、我が工務大臣ドゥーリン・ストーンハンマー師匠と、ケイ・フジワラ最高指導者が共同で開発された『連弩』の心臓部です。これ一丁で、熟練の弓兵十人分の制圧射撃が可能となります。そして何よりも」
彼はそこで一度言葉を切り、ギムレクの目を真っ直ぐに見つめた。
「これは既に、我がアーク連邦において『量産体制』が確立されております」
量産。 その一言が、ギムレクの最後の理性を粉砕した。 これほどの神の御業を、量産だと? 目の前のこの小さな国家は、一体どれほどの工業力を秘めているというのだ。
「これが、我らが指導者の言う『システム』の一端です」
エリアーデがその完璧なタイミングで、優雅に言葉を引き継いだ。
「我らの強さとは、一つの兵器ではありません。このような革新的な技術を絶えず生み出し、そしてそれを必要十分な数だけ揃えることができる、その『組織力』と『生産力』。それこそがアーク連邦の真の力なのです」
彼女は静かにボルツに目配せし、アタッシュケースを閉じさせた。
(『決して全てを見せるな。相手が最も欲しがったその瞬間に、敢えてそれを隠せ。飢餓感こそが、相手を交渉のテーブルに縛り付ける最強の鎖となる』)
ケイのその悪魔のような交渉術。
「さて、閣下」
エリアーデは、その美しい顔に完璧な微笑を浮かべた。
「これでもまだ、我らの力が『まぐれ』だと思われますか?」 「我らと『対等な同盟』を結ぶ価値がないと、お考えになりますか?」
そのあまりにも優雅で、しかしあまりにも圧倒的な最後通牒。 ギムレク・ストーンフィストは、もはや反論の言葉を持たなかった。 彼はただ、自分が今、歴史の転換点に立ち会っているのだという、恐るべき事実の重さに打ち震えることしかできなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます! エリアーデの華麗なるプレゼンテーション。 ケイの指示通り、最強の切り札は隠したままその一端だけを見せつけることで、逆に相手の想像力を掻き立て、その心を完全に掌握しました。 ドワーフたちの驚愕の表情が目に浮かぶようでしたね。
さて、ゴルディア王国は完全にアークの掌の上で踊らされ始めました。 だが、交渉はまだ始まったばかり。 次回、ギムレクは彼らの想像を超える技術力に驚愕しながらも、ドワーフとしての最後の意地と国家の利益を賭けて、次なる一手でアークの真意を探ろうとします。 息詰まる交渉の第二ラウンド。 どうぞ、ご期待ください。
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