第151節: ドワーフの国の関心
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いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。 第七巻『外交戦線』その第七話となります。
前回、アーク連邦の全権大使エリアーデは、外交サロンのど真ん中で、ケイが託した二つの切り札――『機械式時計』と『魔導銃』をブチかましました。 そのあまりにも衝撃的なプレゼンテーションは、サロンに集う全ての外交官と商人たちに、アーク連邦の規格外の技術力を強烈に印象付けました。 今回は、その撒かれた餌に真っ先に食いついてきた、ある大国の使節との水面下の駆け引きが始まります。 どうぞ、その息詰まる交渉の幕開けをお楽しみください。
エリアーデ・ウィンドソングが、外交サロン『白亜の円卓』で引き起こした、衝撃的な事件。 その波紋は、クロスロードの夜の社交界を瞬く間に駆け巡り、翌日の朝にはこの都市の全ての権力者たちの耳に届いていた。
『――亜人の小国が、リオニスの侯爵の顔に水をぶっかけた』
そのスキャンダラスな噂と同時に、それ以上に衝撃的な情報がまことしやかに囁かれ始めた。
『――その亜人の大使、恐るべき魔導銃の使い手。鋼鉄の鎧を紙屑のように貫通させた』
『――いや、それ以上にヤバいのは、彼らが持ち込んだ『機械式時計』だ。……手のひらサイズで、寸分の狂いもなく時を刻む魔法の道具だそうだ』
『――その技術は全て、彼らの指導者である、ケイ・フジワラという謎の天才が生み出したものらしい』
噂は噂を呼び、そのどれもが、アーク連邦という未知の国家の技術力と、その指導者の底知れなさを神話的なレベルにまで高めていった。 アーク連邦の使節団が滞在する宿屋の前には、一夜にして、その未知の技術のおこぼれにあずかろうとする中小の商人たちが群れをなすようになっていた。
だが、エリアーデは、ケイからの厳命を守り、それらの雑多な商人たちとは一切接触を持たなかった。 彼女が待っていたのは、もっと大物。 このゲームの盤面を動かすことのできる、本物のプレイヤーだった。
そして、そのプレイヤーは、彼女が予想していたよりも遥かに早く、その姿を現した。 サロンでの事件から二日後の午後。 使節団が滞在する宿屋の一室を、一人の男が訪れた。 その男は、商人風の地味な外套を羽織ってはいたが、その外套の下から覗く、鋼鉄のように鍛え上げられた身体と、腰まで届く見事に編み込まれた鋼色の髭は、彼がただの商人ではないことを雄弁に物語っていた。 その背後には、二人、同じように体格のいい護衛らしき男たちが控えている。 その無骨な顔。低い身長。 ――ドワーフだ。
「……アーク連邦のエリアーデ大使殿で、おられるかな」
男は、その岩が擦れるような低い声で言った。
「……わしは、北のゴルディア王国から参った、ただの商人、『ドルゴ』と申す者。……昨夜のサロンでの貴殿の見事なお手並み。……実に痛快でございました」
男は、その髭の奥で、にやりと笑った。
(……来た)
エリアーデは、内心で静かに呟いた。 北のドワーフ国家、『ゴルディア王国』。 ケイが、この外交戦線における最大のターゲットとして指定していた、リオニス王国の宿敵。 彼らが、このタイミングで、しかも「商人」を装って接触してきた。 その意味を、彼女が読み違えるはずがなかった。
「……これは、これは。……ゴルディア王国からの客様とは光栄ですわ、『ドルゴ』殿」
エリアーデは、その美しい顔に、完璧な外交官の笑みを浮かべ、彼らを部屋の中へと招き入れた。 部屋の隅では、リリナが猫のように音もなくお茶の準備を始め、ボルツは、師の同胞であるドワーフたちのそのあまりにも本物の威圧感に、緊張した面持ちで直立不動の姿勢を取っていた。
「……して、そのゴルディア王国の商人殿が、我らアーク連邦に何のご用向きで?」
エリアーデは、単刀直入に切り出した。
ドルゴと名乗ったドワーフは、その黒い瞳で部屋の中を値踏みするように見渡すと、ゆっくりと口を開いた。
「……率直に申そう。……貴殿らがサロンで披露されたという、あの『機械式時計』とやら。……あれは誠にドワーフの手によるものかな?」
その問い。 それは、職人としての純粋な好奇心であると同時に、アーク連邦の技術力の本質を探るための鋭いジャブだった。 エリアーデは、静かに頷いた。
「……その通りですわ。……私どもの国の工務大臣、ドゥーリン・ストーンハンマー様の作品です。……あなた様もドワーフ。……そのお名前、あるいはご存知では?」
その名前に、ドルゴの眉がぴくりと動いた。
「……ドゥーリン……。……まさか、あの百年前に忽然と姿を消した、伝説の工匠、『石の拳』のドゥーリンか……? ……あり得ん。……彼は人間を憎み、世捨て人となったはず……」
「そのまさかですわ」
エリアーデは、優雅に微笑んだ。
「……彼は今、我らが最高指導者、ケイ・フジワラの理想に共感し、我らのために、その神の御業を振ってくださっています。……あの時計も、……そしてリオニスの騎士様の鎧を貫いたあの兵器も、……全て彼とケイ様の共同作業の産物です」
その衝撃の事実。 ドルゴの顔から、商人としての余裕が消えた。 ドゥーリンが生きている。 それも、亜人の国家で、あの人間の子供と共に働いている。 その情報だけで、もはやこの旅の元は取れたと言ってもよかった。
「……では、二つ目の問いだ」
ドルゴの声が、一段低くなった。
「……貴殿らのその指導者、ケイ・フジワラ。……彼はリオニス王国をどうするつもりだ? ……あの辺境伯を打ち破った力。……あれはまぐれか? ……それとも本物か?」
それこそが、彼らの本題だった。 アーク連邦は、リオニス王国と本気で戦争をするつもりがあるのか。 そして、その力は本物なのか。 エリアーデは、この問いが来ることを完全に予測していた。 そして、ケイからその答えも授かっていた。
「……本物かまぐれか。……それは我らの言葉ではなく、……リオニス王国そのものが証明してくれるでしょう」
彼女は、静かに言った。
「……彼らは今、我らを滅ぼすため、辺境伯の軍勢とは比較にならない五千の大軍を編成しているとのこと。……我らは、その全てをこのアークシティで迎え撃つ覚悟です」
そのあまりにも堂々とした、受けて立つという宣言。 ドルゴの黒い瞳が、カッと見開かれた。 五千の大軍を相手に、一歩も引かぬと。 この美しいエルフの姫は、そう言い切ったのだ。 これがただの虚勢か、それとも絶対的な自信か。
「……我らが望むのは平和です」
エリアーデは、続けた。
「……ですが、我らの尊厳を踏みにじる者には、それがたとえいかなる大国であろうと、我らは鋼の牙を剥くことを躊躇しません。……その覚悟と力を、我らは持っています」
彼女は、そこで一度言葉を切った。 そして彼女は、この交渉の主導権を握るための最後の一手を放った。
「……ですが、ドルゴ殿。……我らは無益な血を流すことを好みません。……もし我らと同じく、リオニス王国のその傲慢な覇権主義に眉をひそめている理知的な隣人がいるのだとすれば。……我らは、その隣人と共に手を取り合い、……新しい秩序を築く準備があります」
そのあまりにも明確な、そしてあまりにも魅力的な、「同盟」への誘いの言葉。 ドルゴは、もはやその商人としての仮面を保つことができなかった。 彼の胸の奥底で、ドワーフとしての、そしてゴルディア王国の軍人としての魂が激しく高鳴っていた。 目の前のこの小さな国家は、本物だ。 彼らは、リオニスという巨大な獅子に、真っ向から戦いを挑む覚悟を持っている。 彼らは、自分たちの運命を切り拓く最強の「カード」になり得る。
「…………」
ドルゴは、何も言わずに立ち上がった。 そして彼は、エリアーデの前に進み出ると、ドワーフ族の最も丁寧な戦士としての礼を取った。
「……エリアーデ大使殿。……素晴らしいお話を聞かせていただいた。……このドルゴ、ただの商人として、貴殿らのその気高い覚悟に心からの敬意を表する」
彼は、そう言うと部下たちを促し、部屋を後にした。 その背中は、来た時とは比較にならないほどの熱気と興奮に満ち溢れていた。
「……行ったか」
リリナが、扉が閉まるのを確認し、呟いた。
「……どうでしたか、エリアーデ様。……手応えは?」
「……ええ」
エリアーデは、その張り詰めていた緊張の糸を解き、ふうと深いため息をついた。 その美しい顔には、疲労と、そして確かな達成感の笑みが浮かんでいた。
「……食いつきましたわ。……それも、私たちが想像していた以上に深くね」
彼女は、窓の外、クロスロードの雑踏を見つめた。 ケイが描いた壮大な外交戦略。 その最初の、そして最も重要な一歩は、今確かに踏み出されたのだ。 だが、彼女は知っていた。 この街には、ゴルディア王国という北の熊だけではない。 もっと狡猾で、そしてもっと貪欲なハイエナたちが、まだこの匂いを嗅ぎつけて潜んでいるということを。
最後までお読みいただき、ありがとうございます! ついに、アーク連邦最初の外交交渉が始まりました。 エリアーデの堂々とした交渉術。そして、ケイの描いた完璧なシナリオ。 見事に、ゴルディア王国の関心を引くことに成功しましたね。
さて、北のドワーフが動きました。 次回は、その水面下で蠢く、もう一つの巨大な勢力。 ザルツガルド商業ギルド。 彼らは、このアーク連邦の登場を、どう見ているのでしょうか。 ケイの次なる一手は、彼らの内側を切り崩す、驚くべき一手になります。 どうぞ、ご期待ください。
「面白い!」「エリアーデ様、最強の外交官!」「ゴルディア王国、食いついた!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、アーク連邦の最初の同盟を引き寄せます!
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