表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/62

第15節:ユニットテスト:薬師のデプロイメント

いつもお読みいただき、ありがとうございます。皆様からの応援、一つ一つが私の血肉となり、物語を紡ぐ糧となっております。

前回、ケイはその圧倒的な能力で、集落が抱えるインフラの問題を次々と解決し、獣人たちの度肝を抜きました。

しかし、集落を蝕む最も深刻な問題――子供たちを苦しめる謎の病は、まだ手付かずのままです。

今回は、我らがヒロイン・ルナリアが、その専門知識を武器に、この絶望的な状況に立ち向かいます。ケイのチートスキルと、ルナリアの知恵。二つの力が合わさる時、本当の奇跡が起こります。

それでは、第十五話をお楽しみください。

ケイが主導する集落再建プロジェクトが、熱狂と興奮の中で進行していく一方で、ルナリアは一人、静かに別の戦場へと向かっていた。

彼女の目的地は、ケイが《アナライズ》で見抜いた、病の子供たちが隔離されているという集落最大の小屋だった。ケイから与えられたタスクは「病状の再確認と報告」。だが、彼女の胸には、薬師としての使命感と、小さな命を救いたいという強い意志が燃えていた。


小屋の入り口に立つと、中から、聞いているだけで胸が苦しくなるような、乾いた咳の音が漏れ聞こえてくる。木の扉をそっと開けると、むわりとした熱気と、薬草を燻した独特の匂い、そして、病の匂いが彼女の鼻をついた。

中は薄暗く、数人の母親らしき狼獣人の女性たちが、ぐったりと横たわる我が子のそばで、憔悴しきった顔で付き添っていた。藁の寝床に寝かされているのは、五人の子供たち。その小さな身体は熱で赤く上気し、苦しそうに浅い呼吸を繰り返している。そして、その肌には、ケイが言っていた通り、魚の鱗のような、灰色の痣が不気味に広がっていた。


「……灰鱗病かいりんびょう


ルナリアは、その症状を一目見て、病名を確信した。

それは、彼女の一族に伝わる、古くから恐れられてきた風土病。この『見捨てられた土地』に満ちる、汚染された魔素が引き起こす、亜人特有の病だ。特に、まだ魔素への耐性が低い子供がかかりやすく、一度発症すれば、有効な治療法はほとんどないとされていた。


母親の一人が、ルナリアの存在に気づき、警戒の目を向ける。

「……あんたは……さっきの小僧と一緒にいた……」

「私は薬師です。子供たちを、診させてください」


ルナリアは、臆することなく、きっぱりと言った。その真紅の瞳には、専門家としての、揺るぎない自信が宿っていた。

母親たちは、戸惑いながらも、藁にもすがる思いで、彼女を子供たちのそばへと通した。


ルナリアは、まず、最も症状が重いと思われる少年の前に膝をついた。

彼女の白く細い指が、少年の熱い額にそっと触れる。次に、脈を取り、瞳孔の開きを確認し、そして、胸の音を聞く。彼女の動きには一切の無駄がなく、それはまるで、熟練の医師が行う診察そのものだった。

彼女は、ケイのようにスキルで内部を透視することはできない。だが、彼女には、長年の経験と、一族に伝わる膨大な知識、そして、五感の全てを使って患者の状態を読み取る、天性の才能があった。


(……熱が高い。呼吸音に雑音。肺の機能が低下している。皮膚の硬化は、まだ初期段階。でも、このままでは……)


彼女は、傍らで燃やされていた薬草の燃えカスを指でつまみ、匂いを嗅いだ。

「……気休めにしかならない。この薬草では、咳を少し和らげるだけ。病の進行は止められない」

その断言に、母親たちが息を呑む。

「そ、そんな……。これは、長老から教わった、唯一の……」

「ええ、知っています。でも、それは根本的な治療法じゃない」


ルナリアは、静かに立ち上がった。

彼女の頭の中では、灰鱗病に関する、あらゆる知識が高速で検索・照合されていた。

原因は、汚染された魔素が体内に蓄積し、正常な魔素の流れを阻害すること。それによって、身体の組織が、魔力に耐えきれず、結晶化、あるいは壊死していく。

治療するには、二つのアプローチが必要だ。

一つは、体内の汚染魔素を中和し、排出させること。

もう一つは、病によって傷ついた身体の組織を修復し、自己治癒力を高めること。


彼女の一族には、その治療法が、伝説として伝わっていた。

だが、それは、あまりにも現実離れした、おとぎ話のようなものだった。

なぜなら、その特効薬を作るためには、この世に存在するかどうかも分からないような、希少な材料がいくつも必要だったからだ。

例えば、「月の雫」と呼ばれる、月光の魔素が凝縮した液体。あるいは、「太陽石の粉末」という、太陽のエネルギーを宿した鉱石。

それらは、もはや神話の中にしか存在しない、幻の素材だった。


(……でも)


ルナリアの脳裏に、先ほどのケイの姿が浮かんだ。

無から、白い円盤を。灰色の砂を。光の粒子を集めて、物質を「生成」する、あの神業のような光景。


(……あの力があれば、あるいは)


彼女の胸に、一つの、途方もない可能性が芽生えた。

それは、薬師としての彼女の常識を、根底から覆すような、大胆な仮説だった。


「……ケイ!」


ルナリアは、小屋を飛び出した。

彼女は、集落の再建作業を指揮しているケイの元へと、一直線に向かった。


「どうした、ルナリア。子供たちの様子は?」

ケイは、獣人たちに指示を飛ばしながら、彼女に気づいて問いかけた。

「……灰鱗病。間違いありません。このままでは、あと数日で、危険な状態になる子がいます」

ルナリアの切迫した報告に、ケイの表情が険しくなる。周囲で作業をしていた獣人たちも、不安そうに手を止めた。


「治療法は、あるのか?」

「……伝説の中にだけ、存在します」

ルナリアは、一呼吸置くと、決意を固めたように言った。

「ケイ。貴方のスキルで、私が言う通りのものを、作り出すことはできますか?」


「……内容による。まずは、要求仕様を聞こう」

ケイは、即座にプロジェクトマネージャーの顔に戻った。


ルナリアは、一族に伝わる特効薬のレシピを、淀みなく語り始めた。

「まず、清浄な魔素を大量に含んだ、高純度の水が必要です。次に、汚染魔素を吸着・分解する性質を持つ、『銀苔ぎんごけ』という苔の抽出液。そして、細胞の再生を活性化させる、『竜の涙』と呼ばれる樹脂。最後に、それらの成分を安定させ、体内への吸収を促進するための触媒として、『星屑の砂』が……」


彼女が語る材料は、どれもこれも、この世のものとは思えない、幻想的な名前ばかりだった。

周囲で聞いていた獣人たちは、呆気に取られている。それは、彼らにとっても、おとぎ話の中にしか出てこないような代物だった。


だが、ケイは、冷静だった。

彼は、ルナリアが口にする単語を、一つ一つ、脳内でデータに変換し、《アナライズ》の検索クエリとして、この世界のデータベースへと投げていた。


検索:『銀苔』……ヒット。古代に存在したとされる、魔素浄化能力を持つ特殊な苔。現存せず。構成成分、分子構造データあり。

検索:『竜の涙』……ヒット。特定の竜種が流す涙が、長い年月をかけて固まったとされる樹脂。極めて希少。成分データあり。

検索:『星屑の砂』……ヒット。隕石に含まれる、未知の鉱物。魔素の伝導率が極めて高い。成分データあり。


「…………」


ケイは、絶句した。

ルナリアが語る伝説の材料は、全て、彼のスキルのデータベースに、その詳細な化学組成データと共に、存在していたのだ。

おそらく、これらは、かつてこの世界に存在したか、あるいは、神がこの世界を設計した際に、データとして組み込んでいたものなのだろう。


「……できる」


ケイは、短く、しかし、力強く答えた。

「君が言うもの、全て、僕が生成する」


その言葉に、今度はルナリアが息を呑んだ。

彼女は、半信半疑だった。伝説は、所詮、伝説だと思っていた。

だが、目の前の少年は、それを「可能だ」と、こともなげに言い切ったのだ。


「すぐに取り掛かろう。ガロウ!」

ケイは、近くで成り行きを見守っていた狼獣人族のリーダーを呼んだ。

「僕とルナリアが、薬を作るための、静かで清潔な場所を用意してくれ。それと、火と、綺麗な水を。最優先タスクだ」

「……お、おう! 分かった!」


ガロウは、まだ状況が飲み込めていないようだったが、ケイの気迫に押され、すぐさま部下たちに指示を飛ばした。


程なくして、集落で一番マシな小屋が、即席の薬草工房として用意された。

ケイとルナリアは、その中に入る。

ガロウをはじめ、多くの獣人たちが、固唾を飲んで、小屋の入り口を遠巻きに見守っていた。


「……始めるぞ、ルナリア。まずは、ベースとなる高純度の蒸留水からだ」

ケイは、そう言うと、《クリエイト・マテリアル》を発動させた。

彼の目の前に、光と共に、フラスコやビーカーといった、ルナリアが見たこともない、透明で美しいガラス器具一式が出現する。

そして、フラスコの中には、不純物を一切含まない、完璧な蒸留水が満たされていた。


次に、彼は、ルナリアが要求した伝説の材料を、次々と生成していく。

銀色に輝く苔のペースト。

琥珀色に透き通った樹脂。

そして、夜空のように、キラキラと輝く、微細な砂。


ルナリアは、目の前に並べられた、伝説の材料を前に、薬師としての血が沸騰するのを感じていた。

恐怖も、不安も、今はもうない。

あるのは、これから成し遂げる偉業に対する、武者震いと、高揚感だけだった。


「……ありがとう、ケイ。あとは、私に任せて」


彼女は、そう言うと、薬の調合に取り掛かった。

その手つきは、先ほどまでの、か弱い少女のそれとは、全くの別人だった。

正確な分量を測り、乳鉢で材料をすり潰し、絶妙な火加減で煮詰めていく。

その動きは、一つの無駄もなく、まるで美しい舞踏のようだった。

ケイは、ただ黙って、彼女の作業を見守っていた。彼は、最高のツールと材料を用意した。あとは、最高の専門家スペシャリストが、その腕を振るうだけだ。


数時間後。

小屋の中に、芳しい、生命力に満ちた香りが立ち込めた。

ルナリアの額には、玉のような汗が光っている。

彼女の手の中には、一つの、小さな陶器の器。

その中には、月光のように、淡い白銀色に輝く、とろりとした液体が満たされていた。


「……できた。灰鱗病の、特効薬」


その声は、疲労と、そして、大きな達成感に満ちていた。


二人は、その薬を手に、再び、病気の子供たちがいる小屋へと向かった。

母親たちは、祈るような目で、二人を迎える。

ルナリアは、最も症状が重い少年の元へ行くと、その唇に、完成したばかりの薬を、一滴、そっと垂らした。


薬が、少年の身体に吸い込まれていく。

一秒が、永遠のように感じられる、長い沈黙。


そして、奇跡は、起きた。


苦しげだった少年の呼吸が、ふっと、穏やかになる。

熱で真っ赤だった顔から、すうっと赤みが引いていく。

そして、彼の肌を覆っていた、あの不気味な灰色の鱗が、まるで陽光に溶ける雪のように、はらはらと、剥がれ落ちていったのだ。


「「「……ああ……!」」」


母親たちから、嗚咽とも、歓声ともつかない声が漏れた。

一人の母親が、その場に崩れ落ち、涙を流しながら、何度も、何度も、ルナリアに頭を下げた。


その光景を、小屋の入り口から見ていたガロウは、その傷だらけの顔を、ぐしゃぐしゃに歪めていた。

彼は、何も言わずに、ケイの前に進み出ると、その場に、深く、深く、膝をついた。


「……感謝、する。恩に着る、ケイ殿。……そして、ルナリア殿」


その声は、震えていた。

もう、そこには、人間への憎悪も、疑いも、一片も残ってはいなかった。

ただ、自分たちの未来を救ってくれた、二人の小さな救世主に対する、絶対的な、そして揺るぎない、信頼だけがあった。


ケイは、静かに、その光景を見つめていた。

彼の脳裏に、プロジェクト管理ツールの画面が浮かび上がる。


プロジェクト・フロンティア:マイルストーン達成

項目:信頼関係の構築

ステータス:完了


プロジェクトは、また一つ、大きな前進を遂げた。

それは、彼のスキルだけでは、決して成し遂げられない、大きな、大きな一歩だった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

今回は、ルナリアの薬師としての才能が、ケイのスキルと融合し、奇跡を起こしました。

絶望の淵にいた狼獣人たちとの間に、ようやく確かな絆が生まれた瞬間でしたね。

ガロウの「ケイ殿」呼びに、ニヤリとした方も多いのではないでしょうか(笑)。

さて、集落の最大の問題が解決し、いよいよ本格的な村作りが始まります。

「面白い!」「ルナリア、かっこいい!」「ガロウ、ついにデレた!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、村の発展に繋がります!

次回、ケイの指揮のもと、驚異的なスピードで進む村作り。その光景は、まさに圧巻です。

本日19時半頃の更新を、どうぞお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ