第144節: 工務省(ハードウェア)の進捗
いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。 第七巻『外交戦線』、その第三話となります。
前回は、ガロウ率いる『軍務省』が多種族混成の常備軍の訓練を開始し、国家の「盾」を鍛え上げる、熱い物語でした。 外交使節団が外の世界で交渉の準備を進めるその裏で。 アークシティは内なる「力」を着々と蓄えています。 今回は、その力の源泉。 我らが伝説の工匠、ドゥーリン・ストーンハンマー率いる『工務省』の『矛』の物語。 それでは、第百四十四話、お楽しみください。
アーク連邦の「盾」がガロウの怒号の下で日々その硬度を増していく一方で。 国家の「矛」を生み出す、心臓部――ドゥーリン・ストーンハンマーが統括する『工務省』の工房はもはや戦場と呼ぶに相応しい殺気だった熱気に包まれていた。
「――火力が足らん! 鉄の魂が目覚める前に冷めてしまうわい!」 「そこの小僧! 踏鞴の空気を送るリズムが乱れておる! それでもドワーフの端くれか!」
巨大な反射炉が灼熱の炎を吐き続ける工業区画。 そこはもはやただの鍛冶場ではなかった。 ケイが設計した系統的な生産ラインが導入され、数十人の弟子たちが鉱石の精錬、鋼の鍛造、そして部品の加工とそれぞれの工程を専門に担当する一つの巨大な「軍事工場」へと変貌していた。 その全ての工程を鬼の形相で監視し、雷を落とし続けているのが、初代工務大臣、ドゥーリン、その人だった。
彼がこれほどまでに荒れているのには理由があった。 目の前の作業台に広げられた一枚のあまりにも異様な設計図。 それはケイがエリアーデたちの使節団が出発する前夜に彼に叩きつけてきた悪魔の設計図だった。 「――これは、エリアーデたちに持たせる『切り札』とは別だ。……これは、僕たちが生き残るための本当の『切り札』だ」
その設計図に描かれていたのは二つの恐るべき兵器の構造図だった。
一つは、『連弩』。 ケイはそれを「改良型クロスボウの対集団戦用・制圧射撃モデル」と呼んだ。 先の防衛戦で王国軍の重装騎士団を紙屑のように貫いたあの鋼鉄製クロスボウ。 あれは、確かに、強力だった。だが、ケイは満足していなかった。 一射ごとに矢を番え、専用の器具で弦を巻き上げる。その致命的な「リロード時間の長さ」という欠陥。 だが、この新しい設計図はその欠陥を根本から覆すものだった。
「……なんというふざけた機構よ」 ドゥーリンはその核心部――『レバーアクション式・自動装填機構』の図面を食い入るように見つめていた。 銃床に直結したレバーを前後に操作する。 そのたった一つの単純な動作。それが内部に組み込まれた複雑な歯車と連動棹を介して、「射出済みの弦を再び引き絞る」「上部の弾倉から次弾を定位置に自動で装填する」「そして引き金を発射可能な状態に戻す」という三つの異なる動作を同時にそして瞬時に完了させるのだ。
それはもはや弓ではなかった。 それは「十本の矢を十秒で撃ち尽くす」ことが可能な恐るべき連射兵器だった。 これさえあれば。たった一人の兵士が十人の弓兵に匹敵する弾幕を張ることができる。
「……こんな精密な歯車の噛み合わせ。……わしの弟子どもの腕ではまだ荷が重い。……仕方ない。……ここの連動機構部分はわしが自ら打つしかないか……」 ドゥーリンは忌々しげに、しかし、どこか楽しそうに呟いた。
そして、もう一つ。 その設計図の片隅にオマケのように、しかし、連弩以上に禍々しいオーラを放って描かれていたもの。 それは手のひらに乗るほどの小さな球体だった。 ケイはそれを『手榴弾』、あるいは『魔法爆弾』と呼称していた。
「……これぞ悪魔の所業よ……」 ドゥーリンはその断面図を見て、思わず身震いした。 構造は信じられないほど単純だった。 彼が工務省の陶器部門に作らせているあの強靭なセラミック・パイプ。その技術を応用した分厚い陶器の球殻。 その内部に二つの異なる液体が薄いガラスの隔壁だけで隔てられて充填されている。 一つは、ルナリアが率いる保健衛生局の化学研究室が新たに開発した極めて不安定な魔力触媒オイル。 もう一つは、エリアーデの魔術師団が作り出した高密度の魔素の飽和水溶液。
普段は決して交わらない二つの液体。 だが、この陶器の球を固い何かに叩きつけ、内部のガラス隔壁が破壊され、二つの液体が混じり合ったその瞬間。 内部で制御不能な連鎖的な魔力暴走が発生し、体積が急激に膨張。 そして、その圧に耐えきれなくなった強靭なセラミックの外殻が内部のエネルギーを解き放ち――爆発する。
その際、砕け散ったセラミックの硬い破片そのものが無数の弾丸となって周囲の敵兵を無差別に殺傷する。 ケイはそれを『飛散効果』と呼んだ。 それはあのホブゴブリン・シャーマンが使った大魔法『崩壊の一撃』の威力を手のひらサイズで、そして誰でも使える形で再現しようという狂気の試みだった。
「……大将め。……本気で戦争のやり方を根底から変えるつもりか……」 ドゥーリンはその恐るべき設計図を前にゴクリと喉を鳴らした。 彼は一人の職人として、そしてこの国の工務大臣として、理解した。 自分たちが今作ろうとしているものはもはや「武具」ではない。 それは「兵器」だ。 個人の武勇や誇りを無意味なものにする冷徹な殺戮のための「システム」だ。
その事実に彼は一瞬、ドワーフとしての魂が震えるのを感じた。 だが、すぐにその迷いを振り払った。 彼の脳裏にあの独立戦争の夜。エリアーデが血を吐きながら結界を維持していたあの痛々しい姿が蘇る。
(……そうだ。……二度とあんな無様な戦いをさせてたまるか) 彼の黒い瞳に鋼鉄の意志の光が宿った。 (……たとえ悪魔の所業と罵られようと関係ねえ。……このわしの神業で最高の兵器を創り上げ、そしてあいつらを……この国を守り抜く。……それこそがわしがこの小僧に与えられた唯一の『仕事』よ)
彼は設計図を乱暴に掴み上げると、弟子たちに向かってこの日一番の怒声を張り上げた。 「――何をしておる、小僧どもッ! 手を動かせ! 休んでいる暇などないぞ! 夜明けまでにこの連弩の試作フレームを完成させる! ……分かったら返事をしろォッ!!!!」
「「「オオオオオウスッ!!!!」」」 若い職人たちの魂の返事が工房にこだました。 アーク連邦の恐るべき軍事技術。その最初の産声はこうして人知れず灼熱の炎の中で上げられたのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます! 第七巻『外交戦線』、その第三話でした。 ケイの知識とドゥーリンの技術がついに『連弩』と『魔法爆弾』という恐るべき新兵器を生み出そうとしています。 ドワーフ爺様の職人としての葛藤とそしてそれを乗り越える熱い決意が伝わっていれば幸いです。
さて、外交の使節団が出発の準備を進める一方で。 アークシティの内部では軍事と工業の両輪が力強く回り始めました。 ですが、その全ての土台となるケイ自身の仕事はどうなっているのでしょうか。 次回、ついに第七巻の序盤の締めくくり。 最高指導者として多忙を極めるケイ。 その彼を支える一人の少女。 二人の束の間の休息とそして未来への静かな誓いの物語。 どうぞお楽しみに。
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