第142節: アークの切り札
いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。 第七巻『外交戦線』、その第二話となります。
前回、アーク連邦の存亡を賭け、ケイは『外交』という名の新たな戦場へと駒を進めることを決断しました。 そのあまりにも重い国家の命運を託されたのは、エリアーデ、リリナ、そして若きドワーフの職人ボルツ。 今回は、その異色の使節団がどのような『切り札』を携え、どのような想いを胸に旅立っていくのか。 そして、彼らを送り出すケイと仲間たちの静かな決意の物語。 それでは、第百四十二話、お楽しみください。
アークシティ庁舎、最高指導者執務室。 第一回最高幹部会議の熱気と緊張感が、まだその空気に残っている。 ガロウとドゥーリンは、それぞれの新しい、そしてあまりにも重い任務――『常備軍の設立』と、『防衛網の再構築』――を遂行すべく、既に自らの持ち場へと嵐のように駆け出していった。 後に残されたのは、ケイと、そして今回、アーク連邦の最初の外交使節団のメンバーとして選抜された三人だった。
宰相補佐官にして全権大使、エリアーデ・ウィンドソング。 諜報部長にして大使護衛、リリナ・テールウィップ。 そして、工務大臣補佐官(仮)にして技術顧問、ボルツ・ストーンハンマー。 (ボルツは、師であるドゥーリンの強引すぎる推薦――というより命令によって、この大役を拝命することになった若きドワーフの職人だった)
三人の顔には、それぞれ異なる色の緊張が浮かんでいた。 エリアーデは、国家の運命を背負うという重圧と誇り。 リリナは、初めての大任務への興奮と、大好きなケイと離れることへの僅かな寂しさ。 そしてボルツは、ただひたすらに自分がこのとんでもない場所にいることが信じられないという純粋な困惑。
ケイは、その三者三様の表情を静かに見つめ、そして口を開いた。 「――さて。……本当のブリーフィングはここからだ」 その声に、三人の背筋がぴんと伸びた。
「君たちがこれから向かう中立都市、クロスロード。……そこは、僕たちがこれまで生きてきたこの閉鎖された森の中とは全く異質な世界だ」 ケイは立ち上がり、執務室の壁に掛けられた巨大な大陸地図の前に立った。 「そこは、あらゆる欲望と情報が渦巻く戦場だ。……そこでは、剣の腕前や魔力の強さよりも、……相手の心の裏を読み、自らの利益を最大化する『交渉術』こそが最大の武器となる」
彼は、エリアーデへと向き直った。 「エリアーデ殿。……君はその矢面に立つことになる。……君にはエルフとしての誇りも知識もある。……だが、彼ら人間の外交官や商人が何百年もの歳月をかけて磨き上げてきた『腹芸』は、君の想像を遥かに超えるだろう」 「……肝に銘じます」 エリアーデは、その美しい顔を引き締めた。
「彼らは、君を『亜人の世間知らずな姫君』と侮るかもしれない。……あるいは、その美貌に下心を持って近づいてくるかもしれない。……だが、それら全てを利用しろ。……君のその冷静な瞳で彼らの本質を見抜き、そして僕がこれから授けるカードを最高のタイミングで切るんだ」
ケイは、机の引き出しから一つの小さなアタッシュケースを取り出した。それは、ドゥーリンが特別に制作した精密な鍵付きの鋼鉄の箱だった。 彼は、その箱をボルツの前に置いた。 「ボルツ。……これが君に託す我らがアーク連邦の技術力の結晶だ。……そして、エリアーデ殿の交渉を成功へと導く最強の『切り札』となる」
ゴクリと、ボルツが喉を鳴らす。 ケイは、その箱をゆっくりと開けた。 中に収められていたのは、ケイがこの数日間ドゥーリンと工房に篭りきりで作り上げていた二つの小さな、しかしこの世界の常識を根底から覆す奇跡の試作品だった。
一つは、ボルツが先日の会議で耳にしたあのアイテム。 手のひらに乗るほどの大きさの精巧な歯車の集合体。 それは、ケイが前世の知識を元に再設計した「機械式時計」の心臓部ムーブメントだった。 この世界にはまだ魔術式の日時計や大雑把な水時計しか存在しない。 「時間」をこれほど精密に計測し、そして持ち運ぶことのできる技術。 その価値は計り知れない。
「……こ、これは……」 ボルツは、そのあまりにも美しく、そして精密な歯車のかみ合いに、職人として魂を奪われたように見入っていた。
「そして、もう一つ」 ケイが指し示したその隣にあったもの。 それは、彼がクロスボウと共に設計図を描いていたもう一つの兵器。 一見何の変哲もないただの鋼鉄の筒。 だが、その内部構造は、ドゥーリンさえもその製造に舌を巻いた複雑な螺旋状の溝が刻まれている。 そして、その傍らには紙に包まれた小さな弾丸が数発並べられていた。 火薬の力で鉛の弾丸を射出する原始的な、しかしこの世界においてはクロスボウさえも凌駕する恐るべき破壊力と貫通力を持つ兵器。 『魔導銃』のプロトタイプ。
「……この二つが我々の切り札だ」 ケイは、静かに告げた。 「この『時計』は、彼らに我々の計り知れない『精密技術』を見せつけるための象徴。……そして、この『銃』は、……我々と敵対することがどれほど愚かなことかを彼らの脳裏に焼き付けるための『脅威』だ」
「……リリナ」 彼は、影のように控えていた猫の少女へと向き直った。 「君の任務はエリアーデ殿の護衛だけではない。……この二つの切り札の『情報』をいかに効果的に『漏洩』させるか。……それもまた君の重要な仕事となる」 「……ふふっ。……お任せください、大将様」 リリナは、その金色の瞳を妖しく輝かせた。 「……ネズミが一番好むチーズの匂いをクロスロード中に撒き散らしてご覧に入れますわ」
知性と美貌の全権大使。 神業の技術を携えたドワーフの職人。 そして、影となって情報戦を仕掛ける猫の密偵。 それは、あまりにも完璧で、そしてあまりにも危険な使節団だった。
「……君たちの成功を祈っている」 ケイは、三人を見送った。 「……だが、決して忘れるな。……君たちの命以上に優先すべき任務は存在しない。……この交渉が失敗しても、僕には次なる一手がある。……必ず生きて帰ってくれ。……それが最高指導者としての僕の絶対の命令だ」
そのあまりにも温かい最後の言葉。 三人は、その言葉を胸に深く深く頷いた。 そして、彼らはアークシティの未来をその両肩に背負い、未知なる戦場へとその第一歩を踏み出していった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます! ついに、アーク連邦最初の外交使節団が結成されました。 エリアーデ、リリナ、そしてボルツ。 彼らが携えた切り札は『機械式時計』と『魔導銃』。 この世界の常識を覆す二つのオーパーツ。 彼らが中立都市クロスロードでどのような外交戦を繰り広げるのか。 第七巻はここからさらに加速していきます。
次回、ついに使節団がアークシティを出版します。 彼らが初めて目にする外の世界。 そして、彼らに向けられる人間社会の剥き出しの視線。 どうぞご期待ください。
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