第141節: 外交という名の先行投資
いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。 第六巻『アーク連邦建国』、堂々の完結でございました。 皆様の温かい応援のおかげで、アーク連邦は無事にその産声を上げることができました。心より感謝申し上げます。
さて、本日より、物語は新たなステージ、第七巻『外交戦線』へと突入いたします。 建国はした。しかし、それはスタートラインに立ったに過ぎません。 東からは、大陸の覇者ガルバニア帝国の冷徹な視線。 そして、西からは、プライドを踏みにじられたリオニス王国が、今まさに、その総力を挙げた討伐軍を差し向けようとしています。 この絶望的な状況を、どう打開するのか。 我らがプロジェクトマネージャー、ケイ・フジワラの次なる一手。それは、「戦わずして勝つ」ための布石でした。 それでは、第七巻の最初の物語、第百四十一話、お楽しみください。
アークシティ庁舎、最上階。 建国式典の熱狂から数日が経過し、最高指導者執務室は、再び、プロジェクトルームとしての、機能的な、しかし、どこか張り詰めた、静けさを取り戻していた。 窓の外には、春の陽光を浴び、活気に満ち溢れる、アークシティの日常が広がっている。 だが、その平和な光景とは裏腹に。 執務室の中央に広げられた、巨大な大陸地図の上には、東と西から、この理想郷を挟み込むように、二つの巨大な軍事的な脅威のアイコンが置かれていた。
西、リオニス王国。 『ステータス:敵対(Hostile)。行動:本格的な討伐軍(推定兵力、五千以上)、編成準備中。……アークシティ到達まで、推定、六ヶ月』
東、ガルバニア帝国。 『ステータス:中立(Neutral)?。行動:最高レベルの諜報活動を開始。……目的、不明』
その絶望的なまでの地政学的リスク。 それを、円卓に集った、アーク連邦の最高幹部たち――ガロウ、ドゥーリン、エリアーデ、ルナリア、リリナ、ハク――は、厳しい表情で睨みつけていた。
「……半年、か」 最初に重い沈黙を破ったのは、軍務大臣、ガロウだった。 「……たった半年で、あのマルクス将軍とかいう化け物が、五千の大軍を率いて来やがる、と。……無茶言うぜ、大将。……いくら俺たちが死に物狂いで訓練し、ドゥーリンの爺さんが武器を作ったところで、……その戦力差は、どうにもならねえ」 彼の声には、珍しく焦りの色が滲んでいた。
「フン。……わしの技術を持ってすれば、城壁をあと五メートルは高くできる。……『神の槌』も三発は撃てるように、改良してやるわい」 ドゥーリンも、ぶっきらぼうに答えた。だが、その声には、いつもの絶対的な自信が欠けていた。 五千の正規軍。 それは、彼ら二人の天才的な武力と技術を持ってしても、なお、あまりにも重すぎる現実だった。
「……だから、言っただろう」 その重苦しい空気を切り裂いたのは、ケイのどこまでも冷静な声だった。 「――この戦は、戦場で始まる前に、既に始まっている。……そして、僕たちの本当の戦場は、ここではない」
彼は立ち上がると、地図の中央、アークシティとリオニス王国、そして北のゴルディア王国の、ちょうど中間に位置する、一つの都市国家を指さした。 『中立都市、クロスロード』。 大陸の全ての人、モノ、金、そして情報が集まる、巨大な商業の都。
「僕たちの最初の仕事。……それは、このクロスロードを舞台にした、『外交戦』だ」 ケイは、きっぱりと断言した。 「ガロウとドゥーリン殿には、最悪の事態に備え、防衛力の強化を全力で進めてもらう。……だが、それはあくまで保険だ。……僕が目指す本当の勝利条件は、『リオニス王国が、我々と戦いたくても戦えない状況』を作り出すこと。……すなわち、『対リオニス包囲網』の形成だ」
そのあまりにも壮大で、そして狡猾な戦略。 幹部たちは、息を呑んだ。
「そのための鍵となるのが、二つの勢力」 ケイは、地図の上で二つの勢力を丸で囲んだ。 一つは、『ゴルディア王国』。 「リオニスと長年、資源を巡って対立している、北のドワーフ国家。……彼らは、我々と同じ、『亜人』であり、そしてリオニスの背後を脅かす、我々の存在に最も興味を抱いているはずだ」
もう一つは、『ザルツガルド商業ギルド』。 「リオニスの戦争を経済的に支えている、巨大な金脈。……だが、商人とはいつの時代も、利益のためならば平気で主君を裏切る生き物だ。……彼らにとって、我々のこの圧倒的な技術力は、リオニスとの友情よりも遥かに魅力的なはずだ」
北の軍事国家と、大陸の経済。 その二つを味方に引き入れる。 それこそが、ケイがこの絶望的な状況を覆すために導き出した、唯一の最適解だった。
「……だが、大将」 そこで、これまで黙っていたエリアーデが、静かに、しかし鋭く問いかけた。 「その二つの勢力が、我らのような生まれたばかりの亜人の小国を、対等な交渉相手として認めるとは到底思えません。……彼らにとって、我々はまだ、『蛮族の戯言』。……利用価値はあれど、信頼に値しない存在なのでは?」
そのあまりにも的確で、そして現実的な指摘。 それこそが、この外交戦における最大の難関だった。
「その通りだ、エリアーデ」 ケイは満足げに頷いた。 「だからこそ、君に行ってもらうんだ」 「……私に、ですか?」
「ああ。……君には、このアーク連邦の『全権大使』として、使節団を率い、クロスロードへと赴いてもらう」 そのあまりにも唐突な、そしてあまりにも重すぎる任命。 エリアーデの翡翠の瞳が、驚きに見開かれた。
「君のそのエルフとしての気高さと美しさは、それだけで我らがただの蛮族ではないことを証明する、何よりの武器となる。……そして、君のその冷静な知性と、精霊と語らうその洞察力は、彼ら腹黒い外交官や商人たちの、嘘と欺瞞を見抜くための、最強の盾となる」 ケイのその絶対的な信頼の言葉。 エリアーデは、その胸が熱くなるのを感じていた。
「……ケイ様。……ですが、私一人では……。そのような大役……」 「一人ではない」 ケイは静かに笑った。 「君には最高の仲間を用意してある」
彼は、議場の隅に控えていた、二人の影へと視線を向けた。 一人は、その金色の猫の瞳を興奮に輝かせている、リリナ・テールウィップ。 もう一人は、ドゥーリンの工房で、今最もメキメキと頭角を現している、若きドワーフの職人、……ボルツだった。
「リリナは、君の護衛兼諜報担当として。……影となり、君をあらゆる脅威から守り、そして街の全ての情報を、君の耳へと届けるだろう」 「お任せください、大将様! エリアーデ様の寝首を掻こうとする不届き者は、このリリナ様が、一匹残らず返り討ちにしてみせます!」 リリナのその物騒な、しかし頼もしい宣言に、エリアーデは苦笑いを浮かべた。
「そして、ボルツ」 ケイは、緊張した面持ちの若いドワーフへと向き直った。 「君は、『技術顧問』として、エリアーデに同行してもらう。……君の任務は、戦うことでも交渉することでもない。……ただ、君が創り上げた『本物』を、彼らに見せつけてやることだ」
ケイは、テーブルの上に、ドゥーリンが特別に作り上げた、一つの小さな箱を置いた。 「中身は、分かっているな?」 「……は、はい! ……師匠と大将が、この三日間、工房に篭りきりで作り上げていた、……あの、『歯車』の模型と、……新型のクロスボウの設計図、……でありますか?」
「その通りだ」 ケイは頷いた。 「言葉で百語るよりも、一つの『本物』が雄弁に我らの力を証明する。……君は、我らがアーク連邦の圧倒的な技術力の象徴として、堂々と胸を張ってくれればいい」
『知性』と『魔法』のエリアーデ。 『諜報』と『暗殺』のリリナ。 そして『技術』と『工業』のボルツ。 それは、ケイがこの最初の外交戦を戦い抜くために選び抜いた、最高のドリームチームだった。
エリアーデは、もはや何の迷いもなかった。 彼女は静かに立ち上がると、その背筋を凛と伸ばし、自らのリーダーに深々と一礼した。 「――ケイ様。……いえ、最高指導者閣下。……その御命令、謹んでお受けいたします。……この、エリアーデ・ウィンドソング。……アーク連邦の全権大使として、必ずや北の同盟を勝ち取ってご覧に入れましょう」
その力強い宣言。 アーク連邦の存亡を賭けた、もう一つの戦いが、今、静かにその幕を開けようとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます! ついに、第七巻『外交戦線』が、本格的に始動しました。 ケイが下した決断。それは、アーク連邦の二人のヒロイン、エリアーデとリリナを、危険な外交の舞台へと送り出すことでした。 彼女たち二人と、そしてドワーフの若き才能、ボルツ。 この異色の使節団が、中立都市クロスロードで、どのような活躍を見せてくれるのか。 どうぞ、ご期待ください。
次回、使節団のメンバー選考の詳細と、彼らに託された驚くべき『切り札』が明らかになります。
「面白い!」「外交チーム、結成!」「エリアーデとリリナのコンビ、楽しみ!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、彼女たちの外交の旅路を照らす光となります!




