第140節: 眠れる竜の視線
いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。 第六巻『アーク連邦建国』、ついにその最後の一節となります。
前回、アーク連邦の建国宣言は、リオニス王国と敵対する勢力の関心を引きました。 だが、それはまだ大陸西部のローカルな話。 今回は、この大陸の真の覇者。 東の巨大な帝国が、ついにその冷徹な視線をアーク連邦へと向けます。 それでは、第六巻最終話、第百四十話、お楽しみください。
大陸を東西に分かつ、『世界の背骨』山脈。 その遥か東方。 大陸の半分以上をその版図に収める、絶対的な軍事帝国、ガルバニア。 その首都ヴァルハラは、リオニス王国の華美な王都とは対極にある都市だった。 全てが機能美のために設計され、黒い花崗岩で築かれたその街並みは、まるで一つの巨大な軍事要塞。 その都市の中心に、天を突くようにそびえ立つ皇帝の居城、『黒曜宮』。
その最上階。 玉座の間。 そこに椅子はなかった。 ただ、大陸全土を見下ろす巨大な窓があるだけ。 その窓の前に、一人の男が静かに立っていた。 背はそれほど高くない。 だが、その完璧に鍛え上げられた身体は、一切の無駄な脂肪がなく、まるで鋼鉄でできているかのようだった。 彼こそが、このガルバニア帝国を一代で築き上げ、そして今もなお大陸統一という覇道を歩み続ける現人神。 皇帝、ジークハルト・フォン・ガルバニア。
彼の前には、一人の影のような男が深々と膝をついていた。 帝国の諜報機関、『影』の長だった。
「――それで? ……西の獅子どもは、どう動いた」 皇帝の声は若々しく、そしてどこか楽しげな響きを持っていた。 彼は窓の外、遥か西の空を見つめたまま問いかけた。
「はっ。……リオニス王、オルティウス七世は激昂。……辺境伯の敗北と、亜人国家の建国宣言という二重の侮辱に耐えかね、王国正規軍の派遣を決定した模様。……総司令官には、『マルクス将軍』が任命されたとの確かな情報を得ております」
「……マルクス、か」 皇帝は初めて、その薄い唇に笑みを浮かべた。 「……ほう。……あの獅子王国の唯一、骨のある老将を引っ張り出してくるとは。……リオニスの王も、よほど頭に血が上ったと見える。……それとも、我らが宰相が撒いた、『古代兵器』の噂が効きすぎたか」
「……御意。……辺境伯の報告を誇張させ、彼らの欲望を煽った我らの工作は、完璧に成功いたしました」
「うむ」 皇帝は満足げに頷いた。 「……して、その『アーク連邦』とやら。……その指導者。……『ケイ・フジワラ』。……そいつの素性は割れたか?」
その問いに、影の長は一瞬ためらった。 「……それが……。……誠に申し訳ございません。……未だ不明にございます」 「……不明、だと?」 皇帝の声のトーンが初めて低くなった。 「……我が『影』をもってしてもか?」
「はっ……」 影の長は、その額から冷や汗が噴き出すのを感じていた。 「……まるでこの数ヶ月の間に、突如としてこの世界に現れたかのように、……彼のそれ以前の経歴、出自、その全てが完全な空白にございます。……我らが潜入させた密偵も、彼の創り上げた都市の防衛網と、彼個人の異常なまでの警戒心の前に、ことごとく正体を見破られ、……消息を絶っております」
その報告。 それは皇帝の興味を、さらに強く惹きつけた。 「……ほう。……我が『影』の精鋭を、赤子の手をひねるようにあしらうか。……そして、あの辺境伯の千の軍勢を、ほぼ無傷で退ける戦術。……クロスボウの量産。……そして、あの『神の槌』と呼ばれる規格外の魔導兵器。……それら全ての情報が、もし真実だとするならば……」
皇帝はゆっくりと振り返った。 その顔は驚くほど若々しく、そしてその金色の瞳は、まるで全てを見通すかのような絶対的な知性を宿していた。 「……考えられる可能性は三つだ」 彼は指を一本立てた。 「一つ。……彼はどこぞの王国の王族が、その正体を隠して遊んでいるただの道楽者。……だが、それにしてはその技術があまりにも異質すぎる。……この可能性は低い」
彼は二本目の指を立てた。 「二つ。……彼は我らがまだ知り得ぬ、古代文明の遺跡の生き残りか、あるいはその知識を受け継いだ何者か。……これならば、あの技術力にも説明がつく。……可能性は五分、といったところか」
そして彼は三本目の指を立てた。 その金色の瞳が妖しい光を放つ。 「……そして、三つ。……彼は我らと同じ、『外』からの来訪者。……あるいはあの忌々しい神々の手によって送り込まれた新しい駒……。……『転生者』、もしくは、『転移者』」
その言葉。 影の長は息を呑んだ。 その可能性は、彼ら帝国の中枢にいる者たちだけが知る最大の禁忌。 「……陛下。……まさか、……」
「……分からん。……だが、いずれにせよ」 皇帝は再び、西の空へと向き直った。 その視線はもはやリオニス王国ではなかった。 その遥か彼方。 見捨てられた土地の片隅で、今産声を上げたばかりの小さな、しかしあまりにも眩しい光を放つ一点だけを見据えていた。
「……あの小僧は、……『本物』だ。……マルクス将軍が率いる正規軍ごときに潰させるには、あまりにも惜しい『玩具』よ」
彼は静かに、そして楽しそうに笑った。 「……影よ。……引き続き監視を続けよ。……だが直接の干渉は禁ずる。……今はまだその時ではない」 「……はっ。……ですが、もしリオニス王国が勝利し、その技術を手に入れた場合は……」 「それもまた一興」 皇帝は冷たく言い放った。 「……獅子がその牙を研いだところで、所詮は獅子。……この竜の敵ではないわ。……それよりも、わしは見たい。……あの小さな鼠が、……この竜の退屈をどれほど紛らわせてくれるのか。……その新しいシミュレーションの結末をな」
彼は自らの手のひらを見つめた。 そこには、まるで大陸全土を掴むかのような絶対的な覇者の相が刻まれている。 「……ケイ・フジワラ、か。……面白い。……実に面白いぞ。……せいぜい足掻き、もがき、そしてわしの元までたどり着いてみせよ。……この世界の本当のゲームのやり方を、……教えてやる」
アーク連邦、建国。 その小さな産声は、大陸の東西に位置する二つの巨大な帝国の、その耳に確かに届いていた。 一方はそれを、「反逆」と断じ、滅ぼそうとする。 そしてもう一方はそれを、「好機」と捉え、静かにその成長を観察しようとしている。 アーク連邦の未来は今、二頭の巨大な獣の狭間で、そのか細い、しかし強靭な道を歩み始めようとしていた。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました! これにて、第六巻『アーク連邦建国』は堂々の完結となります。
アーク連邦の建国宣言が、大陸の二大巨頭、リオニス王国とガルバニア帝国に全く異なる波紋を広げました。 一方は怒り、軍を動かす。 一方は興味を抱き、静観を決める。 ケイの前途には、まだまだ困難な未来が待ち受けているようです。
さて、次回より物語は、いよいよ第七巻『外交戦線』へと突入します! 差し迫るリオニス王国の脅威。 その脅威に対抗すべく、ケイが打つ最初の一手。 それは自ら外の世界へと打って出て、仲間を見つけること。 エリアーデとリリナ、二人のヒロインがケイの名代として、未知なる大都市クロスロードへと旅立ちます。 彼女たちを待ち受ける華やかな、しかし腹黒い外交の舞台。 どうぞ、ご期待ください。
「面白い!」「第六巻完結、お疲れ様!」「ガルバニア皇帝、ヤバそう!」「外交編、楽しみ!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと↓の☆☆☆☆☆での評価を、何卒よろしくお願い申し上げます。 皆様からの応援が、作者が第七巻の広大な荒野を描き切るための、何よりの力となります。




