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第14節:プロジェクトマネジメント:ガントチャートなき世界で

いつもお読みいただき、ありがとうございます。皆様からのブックマーク、評価、そして温かい感想の一つ一つが、私のキーボードを打つ指に力を与えてくれます。

前回、ケイはその規格外の力の一端を見せ、狼獣人たちの信頼を勝ち取るための第一歩を踏み出しました。

しかし、個別の問題を解決するだけでは、根本的な解決にはなりません。

今回、ついにケイのユニークスキルの真価が発揮されます。彼の本領である「プロジェクトマネジメント」が、絶望に沈む集落をどう変えるのか。

物語が大きく動き出す第十四話、ぜひご覧ください。

広場を支配していたのは、畏怖と混乱が入り混じった、重い沈黙だった。

狼獣人たちは、先ほどまで自分たちを支配していた憎悪や絶望といった感情を忘れ、ただ目の前で起きた奇跡――濁水が清流に変わり、枯れかけた作物が息を吹き返すという、常識を超えた光景に心を奪われていた。

彼らの視線は、一点に集中している。

その奇跡を引き起こした、銀髪の少年。ケイ・フジワラへと。


ガロウは、まだ呆然と、元気を取り戻した作物の葉を見つめていた。彼の大きな手が、わなわなと震えている。リーダーとして、彼は誰よりもこの集落の絶望的な状況を理解していた。食料は尽きかけ、子供たちは病に倒れ、未来には闇しか見えなかった。

そこに現れたのが、この少年だ。

人間の姿をした、得体の知れない子供。だが、彼がもたらしたものは、紛れもない希望の光だった。


「……信じられん」

ガロウの口から、絞り出すような声が漏れた。

「貴様は……一体、何者なんだ」


その問いに、ケイは静かに首を横に振った。

「僕が何者かは、重要じゃない。重要なのは、僕があなた方の問題を解決できるということ。そして、あなた方が、それを受け入れるかどうかだ」


彼の声は、相変わらず平坦で、感情が読めない。だが、その言葉には、絶対的な自信が満ちていた。

「先ほどのデモンストレーションで、僕の能力の一端は理解してもらえたと思う。だが、はっきり言っておく。これらは、単なる対症療法に過ぎない」


「対症療法……?」

ガロウが、眉をひそめる。


「ああ。浄水も、土壌の改良も、一時しのぎだ。根本的な問題――あなた方の生活基盤そのものが脆弱であるという、システム全体の欠陥を修正しなければ、いずれまた同じ問題が発生する」


ケイの言葉は、獣人たちには難解だったかもしれない。だが、その真剣な響きは、彼らに嫌でも伝わった。

「あなた方に必要なのは、奇跡じゃない。持続可能な、安定した生活を送るための『システム』だ。そして僕は、そのシステムを構築するために、ここに来た」


彼は、その場でくるりと向き直り、集落全体を見渡した。そして、プロジェクトマネージャーがキックオフミーティングを開始するように、高らかに宣言した。


「これより、『プロジェクト・フロンティア』を開始する!」


その言葉を合図にしたかのように、ケイはユニークスキル【ワールド・アーキテクト】の、最後の権能を発動させた。


「《プロジェクト・マネジメント》、起動!」


瞬間、ケイの世界から、音が消えた。

彼の視界にだけ、半透明のウィンドウが、無数に展開される。それは、前世で彼が使い慣れた、プロジェクト管理ツールの画面によく似ていた。

ウィンドウには、集落にいる全ての獣人――五十人分のデータが、個別のオブジェクトとしてリストアップされている。


▼ 対象:ガロウ・アイアンファング

┣ 種族:狼獣人族

┣ ステータス:健康(軽度の栄養失調)

┣ パラメータ:

┃ ┣ 筋力:A+

┃ ┣ 耐久:A

┃ ┣ 敏捷:B

┃ ┣ 器用:D

┃ ┗ 統率:A

┣ 保有スキル:【戦闘指揮Lv.4】【斧術Lv.5】【危機察知Lv.3】

┗ 最適タスク候補:現場監督、防衛部隊指揮、重量物運搬


▼ 対象:名称不明(若い狼獣人)

┣ 種族:狼獣人族

┣ ステータス:健康

┣ パラメータ:

┃ ┣ 筋力:B

┃ ┣ 耐久:C

┃ ┣ 敏捷:A

┃ ┗ 器用:B+

┣ 保有スキル:【短剣術Lv.2】【隠密行動Lv.3】

┗ 最適タスク候補:斥候、精密作業、罠設置


▼ 対象:名称不明(年老いた猫獣人)

┣ 種族:猫獣人族

┣ ステータス:衰弱

┣ パラメータ:

┃ ┣ 筋力:E

┃ ┣ 耐久:D

┃ ┣ 敏捷:C

┃ ┗ 器用:A

┣ 保有スキル:【裁縫Lv.4】【調理Lv.3】

┗ 最適タスク候補:炊き出し、衣服の補修、子供の世話


一人一人の能力値、スキル、健康状態、そして、それに基づいた最適な役割。

それらの情報が、一瞬でケイの脳内にインプットされる。

これは、神の視点だ。個々のリソースのスペックを完全に把握し、プロジェクト全体を俯瞰する、絶対的な管理者の視点。


(……なるほど。これが、このスキルの本質か)


前世の彼が、喉から手が出るほど欲しかった能力。部下のスキルセットと稼働状況を完璧に把握し、最適なタスクを割り振る。それができれば、どれだけ多くのデスマーチが回避できたことか。


ケイは、情報の海から意識を現実へと引き戻す。

彼の頭の中には、既に、この集落を再生させるための、完璧なガントチャートが描かれていた。


「――聞け!」


ケイの、子供とは思えないほど、凛と響き渡る声が、広場に静寂をもたらした。

獣人たちは、皆、固唾を飲んで、彼の次の言葉を待っている。


「今から、全員に役割タスクを与える。僕の指示に、寸分違わず従ってもらう。異論は認めない。これは、君たちが生き残るための、唯一の道だ」


有無を言わせぬ、絶対的な自信。

その気迫に押され、獣人たちは、ただ頷くことしかできなかった。


ケイの指示は、矢継ぎ早に、しかし、驚くほど的確に飛んだ。


「そこの、斧を持っている五人! 君たちは、筋力と耐久力が高い。西の森にある、僕が『テツカシ』と呼んだ、あの硬い木を十本、切り倒してこい。斧の刃こぼれを気にするな。後で僕が、鋼の刃に変えてやる。切り倒す際は、必ず受け口と追い口をこの角度で作れ。そうすれば、安全かつ最小限の労力で倒せる」


指名された五人の戦士は、顔を見合わせた。なぜ、この小僧は、自分たちの得意なことが分かるのだ? そして、木の倒し方まで、なぜこれほど詳しい?

疑問はあったが、彼らの身体は、ケイの言葉に逆らうことなく、自然と動き出していた。


「そこの、身軽そうな十人! 君たちは、川へ向かい、石を集めてこい。大きさは、頭ほどの平たい石を優先。数は、一人三十個がノルマだ。この袋を使え」

ケイは、《クリエイト・マテリアル》で、丈夫な麻袋を十個生成し、彼らに投げ渡した。


「女たちと、年寄りたち! 君たちは、炊き出しの準備を。そこの猫の婆さん、君が指揮を執れ。君の調理スキルは、この中で一番高い。ルナリア、君は彼女の補佐を。それと、病気の子供たちの様子を、もう一度詳しく診ておいてくれ」


老婆と呼ばれた猫獣人は、驚きに目を見開いた。自分が料理を得意なことなど、誰にも言ったことはないのに。

ルナリアは、ケイの言葉にこくりと頷くと、病気の子供たちがいるという小屋へと、足早に向かっていった。


次々と、的確な指示が飛ぶ。

罠を作るのが得意な者には、集落周辺の防衛用トラップの設置を。

手先が器用な者には、武具の修理と、新しい矢の作成を。

一人一人の能力を、まるで自分の手足のように完璧に把握し、最適なタスクを、最適な人員に、最適なタイミングで割り振っていく。


そして、獣人たちは、自らの身体に起こった異変に、すぐに気づき始めた。


ケイから指示を受けた瞬間、頭の中に、やるべき作業の具体的な手順が、映像のように流れ込んでくるのだ。

木を切り倒すように言われた戦士は、斧を振り下ろす最適な角度と、力の入れ具合が、まるで長年そうしてきたかのように、自然と理解できた。

石を運ぶように言われた者たちは、誰がどの石を持ち、どのルートで運べば最も効率的か、言葉を交わさずとも、身体が勝手に動いた。


彼らの動きから、迷いが消える。無駄が消える。

一人一人の行動が、まるで一つの巨大な生命体の一部であるかのように、完璧に連携し、調和していく。

その結果、集落の作業効率は、これまでの何十倍にも跳ね上がっていた。


ガロウは、その光景を、ただ呆然と見つめていた。

先ほどまで、絶望と無気力に支配されていたはずの同胞たちが、まるで何かに憑かれたかのように、生き生きと、そして効率的に働いている。

その顔には、疲労の色はなく、むしろ、自らの役割を果たすことへの、喜びと充実感さえ浮かんでいた。


(……なんだ、これは。魔法、なのか……?)


だが、それは魔法とは違う。もっと、根源的で、システム的な力。

この少年は、ただ奇跡を起こすだけではない。彼は、組織そのものを、人を、社会を、「設計」する力を持っているのだ。


やがて、ケイがガロウの前に立った。

「ガロウ。あなたには、このプロジェクト全体の、現場監督を任せる」

「……お、俺に、か?」

「あなたの統率スキルは、この集落で最も高い。各部隊の進捗を管理し、問題が発生した場合は、即座に僕に報告してくれ。それが、あなたのタスクだ」


ガロウは、自分自身の能力まで見抜かれていることに、もはや驚きもしなかった。

彼は、ただ、目の前の小さな少年を見つめ、そして、深く、深く、頭を下げた。

それは、恐怖や、打算からではない。

自分ではどうすることもできなかった、この絶望的な状況を、たった一人で、根底から覆そうとしている、この規格外の存在に対する、心からの敬意と、そして、信頼の証だった。


陽が傾き始め、森が茜色に染まる頃。

集落の姿は、半日前とは比べ物にならないほど、変貌を遂げていた。

防御柵の破損箇所は、硬いテツカシの丸太で補強され、入り口には鋭い杭のバリケードが築かれている。広場には、大量の石材と、切り出された木材が、整然と積み上げられていた。

それは、まだ始まりに過ぎない。

だが、それは確かに、新しい村の、産声だった。


獣人たちは、自らが成し遂げた仕事の量と、その成果を前に、信じられないといった表情で立ち尽くしていた。

疲れているはずなのに、心は不思議と軽かった。

自分たちは、まだやれる。まだ、生きていける。

そんな、忘れかけていた希望が、彼らの心に、再び灯り始めていた。


ケイは、そんな彼らの様子を、静かに見つめていた。

彼の顔には、満足げな表情も、驕りもなかった。ただ、プロジェクトが計画通りに進捗していることを確認する、プロジェクトマネージャーの顔があるだけだ。


その時、ガロウが、彼の隣に立った。

その傷だらけの顔には、もう敵意の色はなかった。


「……お前は、一体、何者なんだ」


今日、二度目の問い。

だが、その言葉に含まれる意味は、最初とは全く異なっていた。


ケイは、夕日に染まる集落を見つめながら、静かに答えた。


「僕は、建築家アーキテクトだ。この世界に、『穏やかな人生』という名の、建物を建てるために来た」


その言葉の意味を、ガロウはまだ、完全には理解できなかった。

だが、彼は、この銀髪の少年が、自分たちの、そして、あるいはこの世界の運命さえも変えてしまう、とてつもない存在であることだけは、確信していた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

ついにケイのプロジェクトマネジメント能力が炸裂しました。絶望的な状況だった集落に、少しずつ希望の光が見えてきましたね。

ガロウも、ようやくケイの実力を認め始めたようです。

しかし、集落が抱える問題は、まだ山積みです。特に、子供たちを蝕む病という、最も深刻な問題が残っています。

次回、その難題に挑むのは、我らがヒロイン、ルナリアです。彼女の薬師としての真価が、ついに発揮されます。

「面白い!」「ケイのPM能力、ウチの会社にも欲しい!」「ガロウ、チョロインならぬチョロリーダー?」など、少しでも楽しんでいただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、プロジェクトの進捗に繋がります!

次回の更新は、本日15時半ごろです。どうぞ、お楽しみに。

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