第137節: 蛮族の戯言
いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき誠にありがとうございます。 第六巻『アーク連邦建国』ついにその最終章となります。
前回アーク連邦は高らかにその建国を宣言しました。しかしそれはゴールではなく大陸という名の巨大なチェス盤の上で自らを「プレイヤー」だと名乗り出たに過ぎません。 今回から始まる第35章『波紋』ではその宣言が既存のプレイヤーたち――大陸西部諸国にどのような波紋を広げていくのかが描かれます。 それでは第百三十七話お楽しみください。
アーク連邦建国式典の熱狂から数日後。 アークシティの北門は新たな旅立ちの緊張感に包まれていた。ケイの『最初の仕事』――すなわち周辺諸国への使者派遣がついに実行に移されようとしていた。 選抜されたのはハクやリリナの部下である斥候部隊の中でも特に弁が立ちかつ冷静沈着な者たち。彼らは種族の混成チームを組みドゥーリンが魂を込めて打ち上げた鋼鉄の武具とエリアーデが魔法を付与した衣服を身に纏いそしてケイが自ら起草した『アーク連邦建国宣言書』と『アーク憲章』の写しを防水加工された革の筒に大切に収めていた。
「いいか皆」 ケイは旅立つ彼らを前に最後のブリーフィングを行っていた。 「君たちの任務は交渉ではない。ただこの事実を『通知』しそして彼らの『反応』を持ち帰ることだ。決して挑発に乗るな。侮辱されても耐えろ。君たちはアーク連邦の最初の誇り高き外交官だ。その振る舞いこそが我々の国家の品格を示すものとなる」 「「「御意!」」」 若き使者たちの顔には不安とそれを上回る誇りと使命感が満ち溢れていた。
彼らはアークシティの全住民からの力強い声援を背に自分たちが切り拓いたあの『北東街道』を未知なる外の世界へと駆け出していった。
彼らが最初に接触したのは街道を行き交う数少ない命知らずの行商人たちだった。 フロンティア村が交易所を開き亜人たちが信じられないほどの品質の品々を取引している。その噂は既に彼らの間では公然の秘密となっていた。 だが彼らがアークシティの使者から厳粛な面持ちで手渡された羊皮紙を読んだ時。彼らの商人としての常識は完全に吹き飛んだ。
「……けんこく……?
『アーク連邦』だと……?」
ある商人はその場で腰を抜かした。またある商人はそれが手の込んだ悪質な冗談ではないかと何度も使者の顔と羊皮紙を見比べた。 辺境伯の軍勢を退けた。それは事実として知っている。 だがそれとこれとは話が別だ。 あの亜人たちが国家を名乗る?
そのあまりにも荒唐無稽なしかし無視できない重大なニュースは彼ら隊商の手によって驚くべき速度で大陸西部諸国へと拡散していった。 それはケイが意図した通りの『情報拡散プロトコル』だった。
◆
リオニス王国の東部辺境都市ロックウェル。 その薄汚れた酒場は夜毎傭兵や冒険者そして情報を商う者たちの熱気に包まれていた。 「おい聞いたか!
あの『見捨てられた土地』の亜人どもが国を作ったそうだ!」 一人の酔った傭兵がテーブルを叩きながら叫んだ。 その声に酒場中の視線が一斉に集まる。
「国だと?
はっ寝言は寝て言え。……ギュンター辺境伯様が敗れたってえ噂もどうせデマだろうが」 「いやそれがそうでもねえらしい。……俺の知り合いの商人がこの目で見たそうだ。……辺境伯様の軍勢の残骸をな。……そしてその亜人の村は今や鋼鉄の城壁で囲まれてるってよ」 「鋼鉄の城壁……?
馬鹿な。……ドワーフでも雇ったってのか?」 「知るかよ。……だがその亜人どもが自分たちのことを『アーク連邦』とか名乗り始めてるらしい。……ご丁寧にも建国宣言書なるふざけた紙切れを配ってやがる」
その言葉に酒場は一瞬静まり返った。 そして次の瞬間。 堰を切ったような爆笑の渦に包まれた。
「ぶはははは!
『アーク連邦』!
傑作だ!」 「獣が王様の真似事か!
次はなんだ?
豚が税金を納めに来るのか!?」 「こりゃあ今世紀一番の笑い話だぜ!」
嘲笑。侮蔑。 それが一般の人間たちが抱いた最初の反応だった。 彼らの骨の髄まで染み込んだ人間至上主義の価値観。その常識からすれば「亜人が国を創る」など猿が言葉を話すのと同じくらいあり得ない滑稽な戯言でしかなかった。
そしてその反応は民衆レベルだけに留まらまかった。 リオニス王国の周囲に点在する中小国家の王宮。 そこにもアーク連邦からの使者は現れた。 だがその扱いは惨憺たるものだった。 門前払いはまだ良い方。 ほとんどの国では彼らは「蛮族の使者」として侮られその建国宣言書は王の目の前で破り捨てられあるいは暖炉の火にくべられた。 「身の程をわきまえよ獣共が」 「リオニス王国のご機嫌を損ねる厄介事を持ち込むな」 「辺境伯に勝ったくらいで増長するのも大概にしろ」 彼らにとってアーク連邦は脅威でも交渉相手でもない。ただ関わり合いたくない「厄介事」でしかなかった。
◆
アークシティ庁舎作戦司令室。 その中央に広げられた大陸地図の上にはケイの指示で各地に派遣された斥候たちからの報告がリアルタイムで集約されつつあった。 そのほとんどがケイが完全に予測していた通りの内容だった。 『――北部小王国群。……我らの宣言書を受理せず。……『蛮族の戯言』として使者を拘束追放』 『――中立都市クロスロード。……商業ギルドザルツガルド公式に『関知せず』との声明。……ただし水面下で一部の商人が接触を試みている模様』 『――リオニス王国ロックウェル。……『亜人の国家ごっこ』として民衆の笑い話に』
そのあまりにも芳しくない報告の数々。 その場に詰めていたリーダーたちの顔に焦りと怒りの色が浮かぶ。 「……くそったれが!
どいつもこいつも俺たちを馬鹿にしやがって……!」 ガロウがテーブルを叩き憤る。 「大将!
こうなったらもう一度あの王国軍みてえに痛い目を見せてやるしか……!」
「――その必要はない」
ケイは静かにガロウを制した。 彼の青い瞳には焦りの色も怒りの色も一切浮かんでいない。 それどころかその口元には満足げな笑みさえ浮かんでいた。
「……大将?
何を笑って……」
「全てシミュレーション通りだガロウ」 ケイは楽しそうに言った。 「いやシミュレーション以上の成果だ。……彼らが我々を『蛮族の戯言』と侮り軽蔑してくれればくれるほどいい」
「……どういうことだ?」
「彼らは今我々を『理解できない脅威』としてではなく『理解可能な笑い話』として処理しようとしている。……それは彼らが我々に対する警戒レベルを自ら引き下げてくれているということに他ならない。……この『侮蔑』と『油断』こそが僕たちが次の一手を打つための最高のカモフラージュになるんだ」
ケイは立ち上がると地図の一点を指さした。 それは彼らがこれから向かうべき最初の交渉の舞台。 中立都市クロスロード。
「……彼らが我々を笑っている間に僕たちは着々と力を蓄える。……そして彼らが笑えなくなるその瞬間に僕たちは彼らの喉元に牙を突き立てる。……そのための準備は全て整っている。……違うか?」
そのあまりにも冷徹でそして恐ろしい戦略。 ガロウはゴクリと喉を鳴らした。 そうだ。 この小さなリーダーは常に自分たちの二手三手先を読んでいる。 侮蔑は油断を生む。 油断は隙を生む。 そしてその隙こそがこの元・社畜SEの最も得意とする戦場だったのだ。 アーク連邦建国の波紋。 それはまだ水面の小さなさざ波に過ぎない。 だがその水面下では巨大な津波が確かにそのエネルギーを蓄え始めていた。
最後までお読みいただきありがとうございます! アーク連邦建国の第一声。それは大陸諸国に「嘲笑」という反応を引き起こしました。 だがそれこそがケイの狙い通り。 侮蔑と油断。それを最大の武器に変える彼の冷徹な戦略が光りましたね。
さてほとんどの国がアークを無視する中。 ただ一つの国だけがその宣言を笑い話では済ませられませんでした。 次回リオニス王国。 彼らのプライドと権威を踏みにじられた獅子の怒りがついに爆発します。 どうぞご期待ください。
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