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第130節: 最大の論点:徴兵という名のジレンマ

いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。第六巻『アーク連邦建国』編、その最も重要な議論の時がやってまいりました。


前回、アーク連邦の国家体制の草案が全住民に公開され、都市の各所で熱い議論が始まりました。 ケイの狙い通り、住民たちは自らの国の未来を、「自分ごと」として捉え始めています。 しかし、その議論の中で、一つの決して避けては通れない重大な対立点が浮かび上がってきました。 それは彼らの過去のトラウマに深く関わる問題でした。 それでは、第四巻の第十六話となる第百三十話、お楽しみください。

アークシティの『対話週間』は、ケイの想像を超えるほどの熱量を生み出していた。 日中は、誰もが都市建設の自らのタスクに汗を流し、そして夜になれば、広場や酒場、あるいは新しく建てられた住居のリビングで焚き火やランプの光を囲み、アーク憲章の条文を片手に夜が更けるまで議論を交わす。 その光景は、ケイが夢に見た理想の市民社会の姿そのものだった。


彼らは学んでいた。 自らの意見を言葉にし、他者の意見に耳を傾け、そして違いを認め合いながら、一つのより良い答えを探していく。 その尊い民主主義のプロセスを。


だが、その熱狂的な議論の中で、一つだけ。 どうしても住民たちの意見が真っ二つに割れ、激しい対立を生んでしまう議題があった。


アーク憲章、第三章、『市民の義務』。 その中に記された一条項。 『――全ての市民は、法に定められた期間、アーク連邦の独立と平和を守るための軍事的な訓練を受け、有事の際にはその防衛に召集される義務を負う』


――『徴兵制』の導入。


その一文が、この都市に集った亜人たちの心の最も深い傷跡を容赦なく抉ったのだ。


「……ふざけるなッ!」 その夜。 中央広場で開かれていた最大の市民集会で、ついに一人の蜥蜴人リザードマンの男がパンフレットを地面に叩きつけ、叫んだ。 「俺たちは、その『義務』って言葉で、人間の王に全てを奪われたんじゃねえか!


『義務』だと言って食い物を奪われ、『義務』だと言って戦場に駆り出され、そして挙句の果てには、この呪われた土地に捨てられた!


……それとこれと、何が違うんだ!」


その魂からの叫び。 それは、この都市に流れ着いた多くの新参の亜人たちの共通のトラウマだった。 「そうだ!」 「もう戦いはこりごりだ!」 「俺たちは、平和に暮らすためにここへ来たんだぞ!」 「ケイ様は、俺たちをまた戦争の道具にするつもりか!」


非難の声が次々と上がる。 その剣幕に、ガロウたち狼獣人族の戦士たちが色めき立った。 「てめえら、何を言い出すか!


大将への侮辱か!」


「やめろ、ガロウ」 その一触即発の空気を制したのは、演台の上のケイの静かな声だった。 彼は、その非難の嵐を一身に受け止めながら、ゆっくりとその青い瞳を伏せた。


「……君たちの言う通りだ」 そのあまりにも意外な肯定の言葉。 広場が静まり返る。 「……君たちの恐怖はもっともだ。……僕は、その最も重要な視点が欠落していた。……僕の設計ミスだ。……すまなかった」


彼はその場で、集まった全ての住民たちに深々と頭を下げた。 そのあまりにも真摯な謝罪。 あれほど激昂していた蜥蜴人の男も、戸惑ったようにその拳を下ろした。


「……だが」 ケイはゆっくりと顔を上げた。 その瞳には涙も怒りもない。 ただ、どこまでも冷徹な現実主義者の光だけが宿っていた。 「君たちのその平和な暮らしが、今この瞬間も何によって守られているのか。……その現実からも目を背けるべきではない」


彼は都市の外壁を指さした。 「あの壁はなぜある?


ドゥーリン殿の工房で、今この瞬間も作られているクロスボウは何のためだ?


ハクの警備隊が、雪の中命懸けでパトロールをしているのはなぜだ?


……それは僕たちが、何もしなくても平和が向こうからやってくるなどという、甘いおとぎ話を僕が信じていないからだ」


彼の声が冷たく響き渡る。 「思い出せ。……僕たちがこのアークシティを手に入れるために何をした?


ゴブリンの大群と戦った。リオニス王国の正規軍と戦った。……僕たちは自らの血を流すことで、この平和を勝ち取ったんだ。……違うか?」


その誰も否定できない事実。 住民たちはぐっと言葉に詰まった。


「僕も君たちと同じだ。……いや、君たち以上に戦争を憎んでいる」 彼の脳裏に、あの灼熱の地獄絵図と、そしてエリアーデが血を吐いて倒れたあの光景が蘇る。 「だが、僕たちの歴史が証明している。……『平和を望むならば、戦いの準備をせよ』。……皮肉なことだが、それこそが僕たちが学んだ唯一の真理だ」


彼はそこで一度言葉を切った。 そして、彼は自らの真の狙いを語り始めた。 それは彼が、前世の歴史の中で学んだ、最も合理的で、そして最も強力な平和維持のシステムだった。


「僕が提案する『徴兵制』は、君たちが恐れているような人間の王が行う『奴隷徴収』ではない。……それは、このアークシティの市民一人一人が、自らの故郷を自らの手で守るための『権利』であり『力』だ」 彼は黒板に、その具体的な草案を書き出した。 「第一に、期間。……全ての市民は、男女を問わず、十八歳になった時点で、たった『三ヶ月』だけ軍事的な基礎訓練を受けてもらう」


「た、たった三ヶ月!?」 住民たちから驚きの声が上がる。


「そうだ。僕が君たちになってほしいのは、生涯を戦場で過ごす兵士ではない。……自らの命と家族を守るための、最低限の知識と技術を持った『武装した市民』だ。……三ヶ月あれば、それは十分に可能だ。……ガロウ」 「おうよ」 ガロウが力強く頷いた。 「大将と俺で、完璧な訓練マニュアルを作った。……三ヶ月後には、どんな素人でもクロスボウで五十メートル先の的を正確に射抜き、そして仲間と連携して敵をいなす戦術を叩き込んでやる」


「第二に、『役割』だ」 ケイは続けた。 「君たち全員に、槍を持って突撃しろなどとは言わない。……君たちの適性を見極め、それぞれに合った役割を与える。……力のある者はガロウの戦闘部隊へ。手先の器用な者はドゥーリンの工務部隊(工兵)へ。そして心優しき者はルナリアの医療部隊へ。……戦い方とは武器を振るうことだけではない。……後方で仲間を支える、その全ての行動が僕たちの都市を守る立派な『戦い』だ」


三ヶ月の基礎訓練。 そして自らの適性に合った役割。 そのあまりにも合理的で、そして人道的なシステム。 住民たちの顔から恐怖と反発の色が消えていく。 これならば自分たちにもできるかもしれない。 いや、これこそが自分たちが求めていた本当の「力」なのかもしれない。


「……僕たちはもはや、誰かに守られるだけの弱者ではない」 ケイは全ての仲間たちに語りかけた。 「僕たちは、自らの手で未来を選び、そして自らの手でそれを守り抜く誇り高き『市民』だ。……その誇りの証として、この『市民の義務』を受け入れてはくれないだろうか?」


その魂の問いかけ。 広場は静まり返っていた。 最初に口を開いたのは、あのケイを激しく詰った蜥蜴人の男だった。 彼はゆっくりと前に進み出ると、ケイの目の前で、その硬い鱗に覆われた身体を深く深く折り曲げた。 「……大将。……俺たちが間違っていた」 その声は震えていた。 「……俺たちはただ怯えていただけだった。……あんたが与えてくれようとしている本当の『力』から目を背けていただけだった。……どうか、俺たちにも教えてくれ。……俺たちの故郷を守るための戦い方を!」


その言葉が引き金だった。 「そうだ!」 「俺たちも戦う!」 「もう誰にも奪わせはしない!」 広場の全ての住民たちの声が一つになって、夜空へと響き渡った。 最大の対立点は今、最大の結束の力へと昇華された。 アーク憲章は、その最後の、そして最も重要なピースを手に入れたのだ。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


アーク憲章、最大の難関であった『徴兵制』。 それは、ケイの前世の知識とこの世界の現実、そして何よりも仲間たちへの深い信頼に基づいた、素晴らしい妥協点と、そして力強い結束を生み出しました。


さて、これにて全ての議論は尽くされました。 いよいよ、年が明けて、2026年最初の更新は。 このアーク憲章の是非を問う『住民投票』が行われます。 この都市の全ての民が、自らの意志で未来を選択する、その歴史的な瞬間。 どうぞ、お見逃しなく。

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