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第129節: 草案公開と対話の始まり

いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。 第六巻『アーク連邦建国』編、ついに第三十三章へと突入いたします。


前回、アーク連邦の行政を担う『五省』の主要閣僚が任命されました。ガロウ、ドゥーリン、エリアーデ、ルナリア……ケイが全幅の信頼を寄せる仲間たちが、国家の重責を担うこととなりました。 しかし、彼らリーダーたちの合意は、あくまで「内閣」の成立に過ぎません。ケイが目指すのは、王による独裁国家ではなく、民が主役の法治国家。


今回からは、その壮大な理想を現実の形にするための、最も重要で最も困難なプロセスが描かれます。 それは、この新しい国家の形を、全ての住民に「公開」し、「対話」し、そして「合意」を得るという途方もない作業。 アークシティの本当の「民の総意」が、今問われます。 それでは、本編をお楽しみください。

アークシティ最高評議会の議場での熱狂的な組閣の儀から一夜が明けた。 『アーク連邦』という新しい国家の骨格。そして、その運営を担う大臣たちの任命。その衝撃的なニュースは、まだ夜が明けきらぬうちから、斥候部隊の若者たちの口を通じて、都市の隅々にまで広まっていった。 住民たちの反応は、期待と、それとほぼ同じくらいの巨大な困惑だった。 「国家?」「大臣?」「れんぽう……?」 彼らにとって、それはあまりにも縁遠く、そしてどこか人間たちの世界を連想させる恐ろしい響きさえ伴う言葉だった。


ケイ・フジワラは、その空気を完全に予測していた。 彼が庁舎の執務室で夜を明かして行っていた作業は、閣僚たちとの祝杯を交わすことではない。彼が、ドゥーリンとエリアーデの技術協力を得て、この数週間必死に開発を進めてきた、アークシティのもう一つの重要なインフラ。 簡易的な「活版印刷機」の最終調整だった。


「よし、刷り上がったぞ!」 ドゥーリンの工房から、インクの匂いと共に興奮した声が上がる。 夜明けと共に刷り上がった、数百枚の、羊皮紙ではない、アークシティで試験的に製造された木材パルプ製の、まだ粗末だが必要十分な品質の「紙」。 そこに、ケイがこの三日間、魂を削って書き上げた新しい国家の設計図――『アーク憲章草案・概要版』が、この世界で初めて「印刷」という技術によって複製されていた。


「すごい……。これなら、文字が読めない人にも伝わります」 そのパンフレットの表紙を見て、ルナリアが感嘆の声を上げた。 ケイは、この概要版に、あえて難しい条文の羅列は載せなかった。 代わりに、彼がリリナに依頼したのは、分かりやすい「挿絵」だった。 『法の下の平等』の項目には、狼獣人と兎人族とドワーフが、笑顔で肩を組んでいる絵。 『所有権の保護』の項目には、自分の家と畑を守る蜥蜴人の家族の絵。 『言論の自由』の項目には、広場で活発に議論を交わす、多様な種族の住民たちの絵。 そして『最高指導者』の項目には、小さな銀髪の少年が、巨大な評議会の議事堂の前で、深々と頭を下げている絵が描かれていた。


その日の朝。 中央広場に、全ての住民が再び集められた。 彼らの困惑と不安に満ちた視線が、演台の上のケイへと注がれる。 ケイは、その視線を一身に受け止めながら、静かに、そして力強く宣言した。 「――皆に伝えることがある」 彼の声が広場に響き渡る。 「僕は昨日、この都市を新しく『アーク連邦』という国家にすることを、リーダーたちと決定した。……だが、それはまだ『草案』でしかない。……この国家の本当の主役は、君たち一人一人だ。……だから僕は決めた」


彼は、その刷り上がったばかりのパンフレットの束を、高く掲げた。 「これより一週間。このアークシティは、『対話週間』とする!」


その聞き慣れない言葉。 「このパンフレットを全ての世帯に配布する。そこには、僕が創りたいと願う新しい国の全ての『ルール』と『約束』が書かれている。……それを読んでほしい。そして考えてほしい。議論してほしい」 ケイは、自らが任命したばかりの大臣たちを指し示した。 「この一週間。僕たちは、大臣も指導者も関係ない。ただの一市民として、君たちの元へ出向く。ガロウは戦士たちの訓練場で。ドゥーリンは工房で。エリアーデとルナリアは広場で。……そして僕も全ての集会に顔を出す」 彼の青い瞳が、その場にいる全ての住民の一人一人の顔を見渡した。 「君たちの疑問に答える。君たちの不安を聞く。そして君たちの反対意見を歓迎する。……どんな些細なことでもいい。納得がいかないことがあれば、僕たちに直接ぶつけてほしい。……このアーク憲章は、僕一人が創るものではない。僕たち全員の合意コンセンサスによって初めて完成する、僕たち全員の憲章だ!」


そのあまりにも真っ直ぐで、そして誠実な宣言。 住民たちの顔から、困惑と不安の色が消えていく。 代わりにそこには、自分たちが今、この国家の歴史的な瞬間に、まさに「参加」しているのだという、熱を帯びた当事者意識の光が宿り始めていた。


その日からアークシティは生まれ変わった。 夜になれば、村のあちこちで焚き火が焚かれ、その火を囲んで住民たちがパンフレットを片手に、熱い議論を交わすようになった。 「『法の下の平等』だあ?……そりゃ、聞こえはいいがよ。……俺たち狼獣人と、新しく来た鳥人ハーピィの連中と、本当に同じ扱いでいいのか?」 「何を言うか。……わしらドワーフの技術と、お前たちのその腕力が、同じ価値だとでも思うとるのか」 「待ってください。……ケイ様のお考えはきっとそういうことでは……」


議論は紛糾した。 それぞれの種族が、それぞれの立場で、自らの不安と、そしてこれまで培ってきた価値観を剥き出しでぶつけ合う。 それはケイが最も望んだ光景だった。 膿を出す。 見て見ぬふりをしてきた、互いの不信感や差別意識。それら全てを一度、テーブルの上に晒け出す。 それこそが真の多様性、共生社会への最初の一歩だったからだ。


ケイは、その全ての議論の輪に、自ら飛び込んでいった。 彼は決して、自らの意見を押し付けなかった。 彼はただひたすらに、「聞き」、そして、「問いかけた」。 「なぜ君はそう思うんだ?」 「君が本当に恐れていることは何だ?」 「君たちの文化と彼らの文化が共存するためには、どんなルールが必要だと思う?」 彼のそのシステムエンジニアとしての卓越したヒアリング能力と、問題の本質を見抜く分析力。 それらが、熱くなっていた住民たちの感情を冷静に解きほぐし、彼ら自身に答えを見つけさせていく。 それはまさに神の領域のファシリテーションだった。 住民たちは気づき始めていた。 自分たちは今、ただの文句を言っているのではない。 自分たちの手で、自分たちの未来のルールを「創っている」のだ、と。 その知的で、そして創造的な興奮が、アークシティの熱をさらに高めていく。 だが、その熱狂的な議論の中で、一つだけどうしても合意形成が図れない最大の議題が残されていた。 それは、この理想郷の存続に関わる、最も根源的な問題だった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます! 第六巻『アーク連邦建国』編、ついに、第三十三章へと、突入いたしました。 ケイが提示した新しい国家の形。 それを民に問い、民と共に創り上げていく。その地道な、しかし熱い対話のプロセスが始まりました。 ケイのファシリテーターとしての能力が光る回でしたね。


さて、対話は始まりました。 しかし、プロットにも示されている通り、一つの巨大な議題が住民たちの間に深刻な対立を生むことになります。 次回、第130節。 『徴兵制』。 この平和な理想郷に、軍隊は必要なのか。 ケイの理想と住民たちのトラウマが激しくぶつかり合います。 どうぞ、ご期待ください。


「面白い!」「対話週間、熱い!」「ケイのファシリ、すごい!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、アーク憲章の次なる議論を深める力となります!

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