第13節:概念実証(Proof of Concept)
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前回、絶体絶命の危機を、自らのスキルと交渉術で切り抜けたケイ。しかし、狼獣人族のリーダー・ガロウの疑いは、まだ晴れてはいません。
今回は、ケイが自らの価値を証明するための、最初のプレゼンテーション。彼の持つ規格外の力が、絶望に沈む集落に何をもたらすのか。
物語の新たな一歩を、ぜひご覧ください。
ガロウに導かれ、ケイとルナリアは狼獣人族の集落へと足を踏み入れた。
その内部は、ケイが遠距離から《アナライズ》で分析した以上に、深刻な状況だった。
粗末な小屋は風雨を凌ぐのがやっとという有様で、あちこちが傷んでいる。防御柵は申し訳程度に集落を囲っているだけで、その役割を果たしているとは言い難い。そして何より、集落全体に、活気というものが感じられなかった。
すれ違う獣人たちは、誰もが痩せこけ、その毛皮は艶を失っている。特に、子供たちの瞳には、本来あるべき好奇心の光はなく、ただ漠然とした不安と諦観の色が浮かんでいた。彼らは、ケイの人間と変わらない姿を見ると、怯えたように母親の背後に隠れた。その様子に、ルナリアが悲しげに顔を伏せるのが、ケイの隣で分かった。
憎悪、警戒、そして絶望。
この集落は、見えない敵に内側から蝕まれ、緩やかに死へと向かっている。それが、ケイが下した客観的な評価だった。
ガロウは、集落の中央にある、ひときわ大きな広場のような場所で足を止めた。そこには、彼の言葉を待つように、集落の獣人たちが遠巻きに集まっていた。誰もが、ケイとルナリアを、疑いと、ほんの少しの好奇の目で見ている。
「……言ったな、小僧。貴様が、我々の問題を全て解決できる、と」
ガロウは、振り返りざま、その黄金色の瞳でケイを射抜いた。その声には、まだ刺々しい敵意が宿っている。
「ならば、見せてみろ。その力が、口先だけのものではないということを。もし、貴様が我々を欺こうとしているのなら、その時は――」
「分かっている。その時は、僕の命も、ここまでだ」
ケイは、ガロウの脅しを冷静に受け止めた。これは、最終プレゼン前の、クライアントからの最後の念押しだ。ここで怯んでは、契約は取れない。
「まず、何から証明する? 食料問題か、病か、あるいは、あなた方の貧弱な武装か」
「……全てだ。だが、まずは、我々が最も理解しやすい形で、貴様の力の程を見せてもらおう」
ガロウは、顎で広場の隅にある、大きな水瓶を指した。それは、雨水を溜めるためのもののようで、中には茶色く濁った水が澱んでいた。木の葉や虫の死骸が浮いており、お世辞にも飲用できるとは思えない。
「この水だ。我々は、これを煮沸して飲んでいる。だが、それでも腹を壊す者が後を絶たない。この水を、貴様の力で、どうにかできるのか?」
それは、試金石だった。魔術の類に疎い獣人たちにも、結果が分かりやすいもの。
ケイは、静かに頷いた。
「問題ない。だが、その前に、この水がどれだけ危険な状態か、あなた方自身の目で確認してもらう」
ケイは、水瓶に近づくと、その濁った水に《アナライズ》を実行した。彼の視界に、詳細な分析データが展開される。
▼ 対象:貯水瓶の水
┣ 成分:H2O 95%、土壌粒子 3%、有機物(腐敗)1.5%、その他 0.5%
┣ 含有物質:
┃ ┣ 細菌類:大腸菌群、サルモネラ菌(低濃度)などを検出。
┃ ┗ 重金属:鉛、ヒ素(微量)を検出。
┣ 飲用性:不可(危険)。煮沸により一部の細菌は死滅するが、重金属および細菌の死骸が生成する毒素は残留。長期的な摂取は、内臓疾患および神経系障害を引き起こす可能性が高い。
(……思った以上に酷いな。これは、遅効性の毒だ)
ケイは、分析結果を、獣人たちにも理解できる言葉に翻訳して説明を始めた。
「この水には、目に見えない小さな『毒』が無数に含まれている。火で沸かせば、一部の毒は消えるが、消えない毒もある。それを飲み続ければ、身体は内側からゆっくりと蝕まれていく。あなた方の子供たちが罹っている『灰鱗病』も、あるいは、この水が原因の一端かもしれない」
獣人たちの間に、動揺が走る。彼らは、ただの濁り水だと思っていたものが、実は毒だったという事実に、恐怖を覚えたのだ。
「では、これから、この『毒』を取り除いてみせよう」
ケイは、宣言すると、《クリエイト・マテリアル》を発動させた。
彼は、前世の化学知識を元に、特定の物質を吸着する性質を持つ、ゼオライトに似た分子構造のセラミックフィルターを脳内で設計する。そして、周囲の土から《アナライズ》で抽出したケイ素やアルミニウムの情報を元に、それを再構成した。
光の粒子が、ケイの手のひらに集まる。
その神秘的な光景に、獣人たちが息を呑んだ。
光が収束し、そこには、無数の微細な穴が空いた、白い円盤状の物体が現れていた。
ケイは、その円盤を、空の壺の口にぴったりとはめ込むと、ガロウに向かって言った。
「その水を、この上からゆっくりと注いでくれ」
ガロウは、半信半疑のまま、しかしケイの有無を言わせぬ雰囲気に押され、濁った水の入った瓶を持ち上げ、白い円盤の上から、ゆっくりと水を注ぎ始めた。
濁った水が、円盤に吸い込まれていく。
そして、円盤の下に置かれた空の壺に、ぽたり、ぽたりと、水滴が落ち始めた。
その水滴は、信じられないことに、完全に無色透明だった。
まるで、山の頂から湧き出る、清らかな泉の水のように。
広場にいた全ての獣人が、その光景に目を奪われた。
どよめきが、波のように広がっていく。
「……水が、綺麗に……」
「……魔法か?」
「……いや、あいつは、何も唱えていない……」
やがて、壺には、一杯の透明な水が溜まった。
ケイは、その壺を手に取ると、ガロウの前に差し出した。
「飲んでみてくれ。もう、毒はない」
ガロウは、ゴクリと喉を鳴らした。彼の黄金色の瞳が、目の前の透明な水と、ケイの顔とを、交互に見比べる。
彼は、意を決したように壺を受け取ると、一気にそれを呷った。
「…………!」
ガロウの瞳が、驚愕に見開かれた。
「……うまい。雑味が、一切ない。こんなに美味い水は、生まれて初めてだ……」
その言葉が、決定打だった。
他の獣人たちが、我先にと壺に殺到しようとするのを、ガロウが片手で制する。
彼は、もう一度、信じられないものを見るような目でケイを見た。
その瞳から、先ほどまでの剥き出しの憎悪は、少しだけ薄れていた。代わりに、純粋な驚きと、そして、理解不能なものに対する畏怖の色が浮かんでいた。
「……まだだ」
ケイは、休むことなく、次の実演に移った。
「食料問題の解決。それも、約束したはずだ」
彼は、集落の隅にある、痩せこけた畑へと歩を進めた。そこでは、数種類の芋のような作物が、元気なく葉を垂らしている。
ケイは、その畑の土を、一掴み手に取った。
そして、《アナライズ》を実行する。
▼ 対象:集落の土壌
┣ 土壌分析結果:
┃ ┣ pH:4.5(強酸性)
┃ ┣ 栄養素:窒素、リン酸、カリウムが極端に不足。
┃ ┗ 微量元素:鉄分、マグネシウムの欠乏を検出。
┣ 栽培中の作物との適合性:極めて低い。連作障害により、土壌の栄養素が枯渇状態。
┗ 結論:現状のままでは、収穫量は年々減少し、いずれ不毛の地となる。
(……これも、思った以上に深刻だ。知識のないまま、同じ作物を同じ土地で作り続けた結果か)
ケイは、再び獣人たちに向き直ると、分析結果を分かりやすく説明した。
「この土地は、病気なんだ。作物を育てるための栄養が、ほとんど残っていない。だから、作物が元気に育たない。このままでは、来年には、今年の半分も収穫できないだろう」
獣人たちの顔に、絶望の色が広がる。彼らも、薄々気づいていたのだ。年々、作物の出来が悪くなっていることに。だが、どうすればいいのか、分からなかったのだ。
「だが、解決策はある」
ケイは、断言した。
「第一に、この土地を休ませ、栄養を与えること。具体的には、別の作物を植える。例えば、この土地でも育つ、豆の仲間だ。豆の根には、空気中から栄養を作り出す、不思議な力が宿っている。それを植えるだけで、土地は少しずつ元気を取り戻していく」
彼は、前世の農業知識――輪作や、根粒菌の窒素固定の原理を、この世界の言葉に翻訳して説明する。
「第二に、足りない栄養を、直接与えること」
ケイは、そう言うと、再び《クリエイト・マテリアル》を発動させた。
今度の設計図は、もっと複雑だ。
彼は、土壌分析で得たデータに基づき、不足している窒素、リン酸、カリウムを、最も作物に吸収されやすい比率で配合した、化学肥料を脳内で設計する。
そして、空気中の窒素や、周囲の鉱物から《アナライズ》で抽出した成分情報を元に、それを再構成した。
ケイの手のひらに、今度は、灰色のさらさらとした砂のようなものが、山のように出現した。
「これを、畑に少量だけ混ぜてみてくれ。それだけで、作物の育ちは劇的に変わるはずだ」
ガロウは、まだ半信半疑だった。だが、先ほどの水の件がある。彼は、部下の一人に目配せし、その灰色の砂を、畑の一角に撒かせた。
すると、信じられないことが起こった。
砂が撒かれた場所の、元気なく萎れていた作物の葉が、まるで生命を吹き込まれたかのように、みるみるうちに色鮮やかな緑色を取り戻し、しゃんと立ち上がっていくのだ。
それは、魔法のようでありながら、しかし、目の前で起きている、紛れもない現実だった。
「「「おお……っ!」」」
今度こそ、獣人たちの間から、抑えきれない感嘆の声が上がった。
彼らは、目の前で起きている奇跡に、ただただ圧倒されていた。
飢えと、病と、人間からの脅威に怯え、希望を失いかけていた彼らの目に、何年ぶりかに、確かな光が灯った瞬間だった。
ガロウは、もはや何も言えなかった。
彼は、ただ呆然と、元気を取り戻していく作物と、それをこともなげにやってのけた、銀髪の少年とを、交互に見つめていた。
憎しみ、警戒、疑い。それらの感情が、理解不能なほどの巨大な力の前に、強制的に上書きされていく。
この子供は、一体何者なのだ?
神の使いか? それとも、悪魔か?
どちらにせよ、自分たちの運命が、今、この小さな少年の手に握られていることだけは、確かだった。
ケイは、そんな獣人たちの反応を冷静に観察しながら、心の中で、プレゼンテーションの成功を確信していた。
(……概念実証(PoC)、成功。これで、ようやく交渉のスタートラインに立てた)
彼は、まだ、自らの力の、ほんの入り口を見せたに過ぎない。
この力を使えば、この絶望的な集落を、全く新しい、希望に満ちた場所へと作り変えることができる。
そのための、壮大なプロジェクトの青写真が、彼の頭の中には、既に完成していた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ケイの持つスキルの、まさにチートな一端が垣間見えた回でした。
絶望に沈んでいた狼獣人たちにとって、彼の存在は、まさに神か悪魔か。彼らの驚きと戸惑いが、少しでも伝わっていれば幸いです。
信頼を勝ち取るための第一歩を踏み出したケイ。しかし、集落が抱える問題は、まだ山積みです。
「面白い!」「ケイの無双が楽しみ!」「ガロウ、早くデレて!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、プロジェクト成功の鍵となります!
次回、ついに集落の再建計画が始動する!
本日12時半頃の更新を、どうぞお楽しみに。