第125節:終身最高指導者
前回(第124節)はケイが「王にはならない」と宣言し『アーク連邦』という新しい国家の壮大なグランドデザインを提示しました。その理想は亜人たちの過去のトラウマを払拭し彼らの心を一つにしました。
今回は、その壮大な設計図を現実の国家として機能させるための具体的な「組織」と「人事」が語られます。
ケイがその最も信頼する仲間たちにどのような重責を託すのか。
新しい国家の最初の「骨格」が組み上がる瞬間をぜひご覧ください。
アークシティ最高評議会の議場はリーダーたちの熱狂的な拍手と歓声に包まれていた。
ケイが提示した『アーク連邦』という王なき法治国家のグランドデザイン。それは彼らが抱いていた「国家」というものへの恐怖を根底から覆す希望の光そのものだった。
「法の下の平等」。
「全種族が対等に参加する議会」。
そのあまりにも魅力的でそしてあまりにも公正なシステムの響きに誰もが酔いしれていた。
ケイはその熱狂が少し収まるのを待ち静かにその小さな手を掲げた。
不思議なほどそのたった一つの仕草で議場は再び水を打ったような静寂に包まれる。全ての視線が期待と絶対的な信頼の色を宿して彼らの小さなリーダーへと注がれた。
「……設計図は示された。だが設計図はそれだけではただの絵だ」
ケイの声は冷静だった。熱狂に浮かれることなく常に次なるタスクを見据えるプロジェクトマネージャーの顔だった。
「このアーク連邦という人類史上で最も複雑で最も先進的なシステムを現実のものとして起動させるためにはその核となるOSの仕様を確定させなければならない」
彼は黒板の中央に改めて二つの巨大な組織図を描き出した。
一つは、先ほど彼が提示した、立法機関――『最高評議会』。
もう一つは、行政の、最高責任者である、彼自身の、ポジション――『最高指導者』。
「まず政治体制の根幹を定義する」
ケイのその声はもはや十歳の少年のものではなかった。一つの国家の未来を決定づける立法者の厳粛な響きを帯びていた。
「第一に立法機関である『最高評議会』。これはアーク連邦の最高意思決定機関とする。その権限はただ一つ。『法を創ること』。そしてその法に基づいて行政が正しく予算を使っているかを『監視すること』だ」
彼は集まった全ての種族のリーダーたちを見渡した。
「先に述べた通りこの評議会は各種族の人口比に応じた代表者によって構成される。狼獣人族が多数を占めるからといってその声が他の少数種族の声を圧殺することはシステムとして許されない。……そのための詳細な議決ルールは今後憲章の中で定義していく」
その明確な少数派の権利の保障。
リリナや蜥蜴人の長老たちが安堵の息を漏らすのが分かった。
「そして第二に」
ケイはそこで一度言葉を切った。そして自らが描いた『最高指導者』の円を指し示した。
その瞬間議場の空気が再び張り詰める。
彼が自らの権限についてどう定義するのか。それこそが彼らが本当に知りたかった核心部分だったからだ。
「……僕の役職だ」
ケイは淡々と告げた。
「僕は君たちが恐れているような『王』にはならない。僕はこのアーク連邦という巨大なプロジェクトの総責任者(PM)であり最高経営責任者(CEO)だ。僕の仕事は法を創ることではない。最高評議会が定めた法と予算に基づいてこの国を最も効率的に運営すること。……ただそれだけだ」
その明確な権限の線引き。
リーダーたちの顔に安堵の色が浮かんだ。
「だが」
ケイは続けた。その青い瞳に冷徹なリアリストの光を宿らせて。
「……この新しい国家はあまりにも脆弱だ。……僕たちが今直面しているリオニス王国という巨大な外的脅威。そしてこれから必ず発生するであろう内なる歪み。……この前代未聞のシステムを安定稼働させるためには少なくともその初期フェーズにおいては強力でそして何よりも『一貫した』リーダーシップが不可欠となる」
彼の脳裏には前世の記憶が焼き付いていた。
優秀なエンジニアたちが集まってもプロジェクトの途中でリーダーがコロコロと変わる度に方針がブレ仕様が迷走しそして最後には全てが破綻していくあの地獄の光景。
それだけは絶対に繰り返してはならない。
「故に僕はここで一つの重要な仕様を提案する」
ケイは静かにしかしその場の全員の魂に刻み込むように言った。
「――アーク連邦初代最高指導者の任期は『終身』とする」
終身。
その言葉の持つ重さ。
それは「王」という言葉を使わなかっただけで実質的な独裁者の誕生を意味するのではないか。
再び議場に動揺と疑念の空気が走りかけた。
だがケイはその動揺を待つことなく続けた。
「……勘違いするな。これは僕が権力を欲しているからではない。これはこのアーク連邦というシステムそのものの安定性を担保するための必要悪だ。……そして何よりも」
彼は自らが描いた二つの円『最高評議会』と『最高指導者』を一本の太い矢印で結んだ。
その矢印は評議会から指導者へと向かっていた。
「僕がどれほどの権限を持とうともその権力の源泉はただ一つ。……君たち『市民』だ。……最高指導者は評議会の監視下に置かれる。もし僕が法を破り君たちの信頼を裏切り独裁者の道に堕ちたなら……。その時は最高評議会はその総意をもって僕を弾劾しその職から引きずり下ろす権利を持つ」
権力の源泉は民にある。
そしてその最高指導者でさえも法の下にあり民によって裁かれる。
『王権神授説』ではなく『社会契約論』。
そのあまりにも先進的な権力の分離と抑制の概念。
リーダーたちはもはや言葉を失っていた。
彼らの小さなリーダーは自らに強大な権力を集中させると宣言するその同じ口で自らの首に最も強固な鎖を巻き付けてみせたのだ。
これほどの覚悟とこれほどの合理性を前にして誰が彼を疑うことなどできるだろうか。
「……賛成だ」
最初に声を上げたのはリリナだった。
「……ケイ様が望むなら終身であろうと永遠であろうと。……私たちはあなたを信じます」
「うむ。……これほどの完璧な設計図を描けるのは小僧貴様しかおらん。……好きにやるがいい」
ドゥーリンも頷いた。
そしてガロウがその傷だらけの顔に満足げな笑みを浮かべて言った。
「……へっ。……つまり大将は死ぬまで俺たちのために馬車馬のように働かされるってことだな!
……最高じゃねえか!
……全員異論はねえな!」
そのガロウのあまりにも的確でそして愛に満ちた要約に議場はこの日一番の温かい笑い声に包まれた。
こうしてアーク連邦の政治体制の根幹は全会一致で可決された。
それは一人の独裁者の誕生ではなかった。
それは一つの偉大な理想のプロジェクトを完遂させるための最も信頼できるプロジェクトマネージャーが正式にその任を引き受けた瞬間だった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
ついにアーク連邦の政治体制の根幹が定まりました。
ケイの「終身最高指導者」という一見独裁的な提案。しかしその本質は自らに最も重い枷をはめるという彼らしい合理的な選択でした。
そしてガロウの「死ぬまで馬車馬」というツッコミも彼らの絆の深さを感じさせましたね。
さて国家のトップは決まりました。
次回はいよいよその国家を動かすための実働部隊『五省』の大臣たちの任命です。
ケイの最初の仲間たちがついにその重責を担います。
どうぞご期待ください。
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