第121節: 勝利の代償
いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき誠にありがとうございます。 第五巻『独立への試練』堂々の完結でございました。
前回アークシティの存亡を賭けた独立戦争はケイの冷徹な決断と仲間たちの奮戦により奇跡的な勝利を収めました。 辺境伯という「個」を退けた今彼らの前には「国家」というさらに巨大な脅威が立ちはだかります。
本日より物語は新章第六巻『アーク連邦建国』編へと突入いたします。 戦いの熱狂が冷めやらぬ中彼らは勝利の代償と戦争がもたらした「現実」に直面します。 そしてケイはこの理想郷を真に守るため次なるあまりにも壮大なステップへと進むことを決意するのです。 それでは第六巻の第一話となる第百二十一話お楽しみください。
夜明けの光は勝利の凱歌を上げたアークシティに容赦のない現実を突きつけた。 東の空が白みあれほど猛威を振るった吹雪が嘘のように止むと戦場の全貌がそのあまりにも凄惨な姿を現した。 フロンティア村時代から築き上げてきた自慢の北側防壁はホブゴブリン・シャーマンの魔法と辺境伯軍の破城槌によって無残な瓦礫の山と化していた。 ケイの火計とドゥーリンの溶鉄によって黒く焼け焦げ半ばガラス化した大地はまるで異世界の地獄のようだった。 そしてそのおぞましい大地を埋め尽くすおびただしい数の王国軍兵士の亡骸。
アークシティの住民たちは城壁の上からあるいは破壊された亀裂の隙間からその圧倒的な「死」の光景をただ無言で見つめていた。 勝利の歓喜は夜明けと共にどこかへ消え去っていた。後に残されたのは自分たちがこの手でこれほどの数の命を奪ったのだという重くそして冷たい実感だけだった。
「……これが戦争か」 警備隊長に任命されたばかりの若き狼獣人ハクがその青白い顔で呟いた。 彼の隣でガロウもまたその傷だらけの顔に複雑な色を浮かべて腕を組んでいた。 「……ああ。そうだハク。これが俺たちが選んだ道だ。……目を逸らすな。この光景こそが俺たちが守り抜いたものの代償だ」
その日の午後。 アークシティの中央広場で戦後初の全市民集会が開かれた。 だがそれは勝利を祝う祝賀会ではなかった。 ケイの呼びかけによって執り行われた厳粛な『追悼式』だった。
広場の中央にはドゥーリンの弟子たちが一夜にして作り上げた簡素なしかし荘厳な白木の祭壇が設けられている。 ケイはその祭壇の前に立ち集まった全ての仲間たちへと静かに語りかけた。 「――我々は勝った。……だがアーク側も無傷ではなかった」 彼の静かな声が広場に響き渡る。 「この戦いで我々は多くの仲間を失いかけた。三名の重傷者。二十一名の負傷者。……そして何よりも我らが魔術部の最高責任者エリアーデ殿は今もなお魔力枯渇の淵で意識を失ったままだ」
その事実に住民たちの間に動揺が走る。 特にエリアーデのあの神の如き結界のおかげで命を救われたエルフ族の民たちの顔には深い悲しみと悔しさが浮かんでいた。
「戦死者はゼロだった。……それは奇跡だ。……だがそれはただの幸運ではない。それは君たち一人一人が自らの役割を命懸けで果たしそしてエリアーデ殿が自らの命を盾にして僕たち全員を守ってくれたからだ」
ケイはそこで一度言葉を切った。 そして彼は祭壇のさらに向こう黒煙の未だ燻り続ける戦場跡地をその青い瞳で真っ直ぐに見据えた。 「だが僕たちは忘れてはならない。……僕たちが生き残るために僕たちの手で千近い命を奪ったというこの事実を」 その言葉に住民たちははっとしたように顔を伏せた。 そうだ。 自分たちは勝利者であると同時に大量殺戮者でも あるのだ。 その重い重い罪の意識。
「彼らにも故郷があったはずだ。家族が友が帰りを待つ家があったはずだ。……僕たちは彼らの未来を僕たちの未来のために奪った。……その現実に良いも悪いもない。……ただそれが戦争というものの本質だ」 彼の声には何の感情も込められていない。 ただシステムが出力した一つの結果を読み上げるかのように淡々と。 だがその淡々とした口調こそが逆に戦争の残酷な真実を住民たちの心に深く深く刻み込んでいた。
「故に僕は今日この日を単なる勝利の日としてではなく。……この戦いで失われた全ての命を……敵味方の区別なく追悼する日と定めたい」 そのあまりにも意外な提案。 敵を追悼する? 自分たちを殺しに来たあの憎むべき侵略者たちを? 住民たちの間に困惑のざわめきが広がった。
「……大将それは……!」 ガロウでさえもその言葉の真意を測りかねて抗議の声を上げようとした。 だがケイはそれを手で制した。
「憎しみは新たな憎しみしか生まない。……それは僕がこの都市の法を創る時に君たちに言ったはずだ」 ケイは静かにガロウを見つめ返した。 「僕たちの本当の敵は彼ら兵士たちではなかった。僕たちの本当の敵は彼らをこの無益な戦いへと駆り立てた歪んだシステムそのものだ。……僕たちはシステムには勝った。だがそのシステムの犠牲者となった彼らを憎み続ける必要はない。……いや憎んではいけないんだ」
そのあまりにも大きくそしてあまりにも気高い理念。 ガロウはぐっと言葉に詰まった。 そうだ。 この小さなリーダーはいつも自分たちの想像の遥か先を見ている。 自分たちが目先の勝利に酔いしれているその瞬間でさえも。 彼はこの憎しみの連鎖を断ち切るための次なる一手について考えているのだ。
ケイは再び全ての住民たちへと向き直った。 「今日流された全ての血と涙を決して無駄にしない。……その誓いを胸に僕たちは再び立ち上がらなければならない。……僕たちの理想郷を二度とこのような悲劇に晒さないために。……より強くより賢くならなければならない」
その静かなしかし力強い宣言。 住民たちはその言葉の本当の重さを理解した。 勝利の熱狂は完全に消え去っていた。 後に残されたのは自らの故郷を自らの手で守り抜いたという誇りと。 そしてその平和を維持し続けるための重い重い責任感だった。
その厳粛な追悼式が終わった後。 アークシティは再び日常を取り戻し始めた。 だがその日常は以前とは明らかに違っていた。 住民たちの顔には確かな自信とそしてどこか大人びた覚悟の色が宿っていた。 彼らはこのたった数日間の戦いを通して単なる庇護される民から自らの国の未来を担う「市民」へと確かに成長していたのだ。 そしてその成長こそがケイがこの戦争で手に入れた最大の「勝利」だったのかもしれない。
最後までお読みいただきありがとうございます! 第六巻『アーク連邦建国』編その第一話目となりました。 戦いの後。 それは決して輝かしい勝利の凱歌だけではありませんでした。 ケイがあえて住民たちに突きつけた「戦争の代償」と「敵を追悼する」という理念。 その重いテーマが少しでも皆様の心に響いていれば幸いです。
さて戦争の傷跡は癒え始めました。 しかしケイの頭脳は既に次なる脅威を見据えています。 次回ケイはリーダーたちを集め今回の勝利がいかに奇跡的なものであったかを冷徹に分析します。 そして彼が提示する次なる一手。 それこそが「建国」への第一歩となります。
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