第12節:プレゼンテーション:生存戦略に関するシステム提案
いつもお読みいただき、ありがとうございます。ブックマーク、評価、そして感想、全てが私の創作活動の源です。
前回、絶体絶命の窮地に立たされたケイが放った、謎めいた一言。
憎悪に燃える狼獣人族のリーダー・ガロウを前に、彼はこの状況をどう切り抜けるのか。
今回は、ケイの持つスキルの真価が、初めて交渉の場で発揮されます。
手に汗握る心理戦、どうぞお楽しみください。
静寂が、張り詰めた空気の中で結晶化するようだった。
ケイの放った言葉は、まるで静かな水面に投じられた小石のように、その場の獣人たちの間に微かな波紋を広げた。
「……あなたたちの集落は、今、危機に瀕している」
その言葉の意味を、すぐには誰も理解できなかった。
最初に沈黙を破ったのは、ケイの喉元に石斧を突きつけている張本人、ガロウだった。彼の顔に刻まれた傷跡が、怒りで引き攣る。
「……何だと、小僧?」
地獄の底から響くような声だった。
「死に際に、命乞いではなく、戯言を抜かすか。面白い。その度胸だけは褒めてやろう。だが、それが貴様の最後の言葉だ」
ガロウの腕に、力が込められる。石斧の刃が、ケイの皮膚にさらに深く食い込み、赤い一筋の血が首筋を伝った。
背後で、ルナリアが息を呑む音が聞こえる。彼女の小さな手が、ケイの服を掴む力が強くなった。
だが、ケイは動じなかった。
彼の青い瞳は、目の前の圧倒的な暴力と殺意を、まるでモニターに表示されたエラーコードでも見るかのように、冷静に見つめ返していた。
(……フェーズ1、完了。相手の注意を引きつけ、思考を一瞬停止させることに成功)
彼の頭脳は、死の恐怖さえも分析対象として、次のプロセスへと移行していた。
これは、交渉だ。前世で何度も経験した、無茶な要求を突きつけてくるクライアントとの、デスマッチのような交渉。ここで必要なのは、感情的な弁解ではない。相手が認めざるを得ない、客観的な事実と、それに基づいた具体的な解決策の提示だ。
「戯言ではない。事実だ」
ケイは、静かに、しかし明瞭な声で言い放った。
「あなた方は、人間を警戒するあまり、もっと身近な、そして致命的な脅威を見過ごしている」
「……脅威だと?」
ガロウが、嘲るように鼻を鳴らす。
「俺たちを誰だと思っている。我らは誇り高き狼獣人族の戦士だ。この森で、俺たちを脅かすものなど――」
「では、聞こう」
ケイは、ガロウの言葉を遮った。
「三日前、狩りに出たあなた方の第三部隊が持ち帰った獲物は、角折れの森猪一頭だけ。それも、罠にかかって弱っていたものだ。二日前、第四部隊は成果なし。昨日、第一部隊がようやく仕留めたのは、痩せた鹿が二頭。いずれも、集落全体の食料を賄うには、到底足りないはずだ」
「なっ……!?」
ガロウの黄金色の瞳が、驚愕に見開かれた。
周囲を取り囲んでいた他の獣人たちの間にも、どよめきが広がる。
ケイが口にしたのは、彼らしか知り得ない、集落内部の、それも極めて正確な情報だったからだ。
(……ビンゴだ)
ケイは、内心で確信を深めていた。
この場に来る前、遠距離から《アナライズ》で集落全体をスキャンした際に、彼はいくつかの重大な問題点を特定していた。その一つが、深刻な食料不足だった。
彼は、畳み掛ける。
「あなた方の主食であるはずの、森猪や大鹿の個体数が、この一月で急激に減少している。なぜだか分かるか? それは、あなた方が狩りで使う石斧や槍の刃が、ことごとく摩耗し、獲物に致命傷を与えきれずに、取り逃がしているからだ。武具の手入れを怠った結果、狩りの成功率は、先月比で三割以上も低下している」
「……貴様、なぜそれを……」
ガロウの声が、震えていた。怒りではない。純粋な混乱と、そして、ほんの少しの恐怖。
目の前の、人間の子供。その青い瞳は、まるで自分たちの全てを見透かしているかのようだった。
ケイは、攻撃の手を緩めない。彼は、この交渉の主導権を完全に握るため、次なるカードを切った。
「問題は、食料だけではない」
彼の視線が、ガロウの背後、集落の奥にある、ひときわ大きな小屋へと向けられる。
「あの小屋に、何人いる?」
「……何の話だ」
「体毛が抜け落ち、皮膚に灰色の鱗のようなものができ、高熱と咳に苦しんでいる子供たちが、だ。僕の分析では、少なくとも五人。うち二人は、かなり危険な状態だ」
その言葉は、獣人たちにとって、雷に打たれたような衝撃だった。
何人かの戦士が、思わず息を呑み、動揺を隠せずに顔を見合わせる。
それは、集落の最大の懸案事項であり、誰にも知られたくない、最も深刻な秘密だったからだ。
「……『灰鱗病』。この土地の汚染された魔素が引き起こす、亜人特有の風土病だ。初期段階なら治療可能だが、進行すれば肺が石のように硬化し、呼吸困難で死に至る。違うか?」
ケイの言葉は、もはや予言者のそれだった。
彼は、この場に来る前に、集落から立ち上る煙の成分を分析し、そこに特殊な薬草を燃やした痕跡があることを見抜いていた。それは、灰鱗病の咳を和らげるための、気休めにしかならない民間療法だった。その事実から、彼は集落が病に蝕まれていると推測し、そして今、その推測が確信に変わった。
ガロウは、完全に言葉を失っていた。
喉元に突きつけられた石斧が、ぐらりと揺れる。
彼の頭の中では、憎悪と、驚愕と、そして、藁にもすがりたいほどの絶望が、渦を巻いていた。
仲間が人間に狩られた。その怒りは、本物だ。
だが、それ以上に、このままでは集落が内側から崩壊していくという恐怖もまた、彼を苛んでいたのだ。
食料は日に日に減り、子供たちは病に倒れていく。打つ手は何もない。
そんな、八方塞がりの状況に現れた、この謎の少年。
彼は、自分たちの苦境を、なぜか全て知っている。
ケイは、この瞬間こそが、交渉の転換点だと判断した。
彼は、最後の、そして最も重要な提案を、静かに口にした。
「僕は、その全てを解決できる」
その言葉は、静かだったが、その場にいた全ての獣人の耳に、雷鳴のように響き渡った。
「……なんだと?」
ガロウが、かろうじて声を絞り出す。
「もう一度言う。僕は、あなた方が抱える問題を、全て解決できる」
ケイは、真っ直ぐにガロウの瞳を見据え、宣言した。
「僕のスキルを使えば、この土地のどこに、どんな獲物がいるかを正確に特定できる。あなた方の摩耗した武器を、鋼鉄の刃を持つ、鋭い武器へと作り変えることも可能だ」
彼の視線が、背後に隠れるルナリアへと向けられる。
「そして、彼女。ルナリアは、僕が知る限り、最高の薬師だ。彼女の知識と、僕のスキルによる素材生成を組み合わせれば、灰鱗病の特効薬を開発することも、不可能ではない」
ルナリアが、ケイの言葉に、びくりと肩を震わせた。だが、彼女は何も言わず、ただケイの背中を、より強く掴んだ。
ケイは、再びガロウへと向き直る。
「選択肢は二つだ」
彼の声は、冷徹なまでに論理的だった。
「一つは、今すぐ僕たちを殺すこと。そうすれば、あなた方の一時的な怒りは満たされるかもしれない。だが、集落が抱える問題は何一つ解決しない。あなた方は、いずれ飢えと病で、緩やかに滅びていくだろう」
「…………」
「もう一つは、その斧を下ろし、僕たちの話を、テーブルについて聞くこと。そうすれば、あなた方は、集落を救うための具体的な解決策を、手に入れることができるかもしれない」
ケイは、そこで一度、言葉を切った。
そして、最後のダメ押しとばかりに、こう言い放った。
「どちらが、あなた方の『仲間』にとって、より合理的な判断か。リーダーである、あなたが決めるんだ」
それは、究極の選択だった。
感情に従い、目の前の憎い人間を殺すのか。
それとも、憎しみを抑え、集落の未来のために、この得体の知れない子供の言葉に賭けてみるのか。
ガロウの腕が、わなわなと震える。
その黄金色の瞳の中で、憎悪の炎と、リーダーとしての理性が、激しくせめぎ合っていた。
周囲の戦士たちも、固唾を飲んで、リーダーの決断を見守っている。彼らの瞳にもまた、迷いと、そして、ほんの僅かな希望の色が浮かんでいた。
長い、長い沈黙。
森を吹き抜ける風の音だけが、やけに大きく聞こえた。
やがて、ガロウは、天を仰ぎ、獣のような、深いため息を一つ吐いた。
そして、ゆっくりと、その手に持った石斧を、地面へと下ろした。
「……来い」
彼は、それだけを言うと、ケイに背を向け、集落の中へと歩き始めた。
「貴様の言うことが、全て真実だと証明してみせろ。もし、少しでも嘘偽りがあった場合は……その時は、貴様らを、骨の一片も残さず、この森の土に還してやる」
その言葉は、まだ敵意に満ちていた。
だが、その背中は、確かに、交渉のテーブルにつくことを、承諾していた。
ケイは、心の中で、静かに安堵のため息をついた。
(……フェーズ2、完了。交渉の席を確保)
第一関門は、突破した。
だが、本当の戦いは、ここから始まる。
彼は、震えるルナリアの手をそっと握ると、狼獣人族のリーダー、ガロウの、傷だらけの大きな背中を追って、未知なる集落へと、その第一歩を踏み出した。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
絶体絶命のピンチを、ケイは自らのスキルと、前世で培ったプレゼン能力(?)で切り抜けました。
しかし、ガロウの敵意はまだ消えていません。ここから、ケイは彼らの信頼を勝ち取り、仲間にすることができるのでしょうか。
物語は、いよいよ集落の再建フェーズへと突入します。
「面白い!」「ケイの交渉術、すごい!」「ガロウ、ツンデレの予感?」など、少しでも楽しんでいただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、何よりの励みになります。
次回、ケイのスキルが、ついにその真価を発揮する!
明日朝7時半頃の更新を、どうぞお楽しみに。
※明日からしばらくは1日5話ずつ投稿の予定です。
(7時半頃、12時半頃、15時半頃、19時半頃、21時半頃の計五回更新の予定でがんばります)