表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/62

第12節:プレゼンテーション:生存戦略に関するシステム提案

いつもお読みいただき、ありがとうございます。ブックマーク、評価、そして感想、全てが私の創作活動の源です。

前回、絶体絶命の窮地に立たされたケイが放った、謎めいた一言。

憎悪に燃える狼獣人族のリーダー・ガロウを前に、彼はこの状況をどう切り抜けるのか。

今回は、ケイの持つスキルの真価が、初めて交渉の場で発揮されます。

手に汗握る心理戦、どうぞお楽しみください。

静寂が、張り詰めた空気の中で結晶化するようだった。

ケイの放った言葉は、まるで静かな水面に投じられた小石のように、その場の獣人たちの間に微かな波紋を広げた。


「……あなたたちの集落は、今、危機に瀕している」


その言葉の意味を、すぐには誰も理解できなかった。

最初に沈黙を破ったのは、ケイの喉元に石斧を突きつけている張本人、ガロウだった。彼の顔に刻まれた傷跡が、怒りで引き攣る。


「……何だと、小僧?」

地獄の底から響くような声だった。

「死に際に、命乞いではなく、戯言を抜かすか。面白い。その度胸だけは褒めてやろう。だが、それが貴様の最後の言葉だ」


ガロウの腕に、力が込められる。石斧の刃が、ケイの皮膚にさらに深く食い込み、赤い一筋の血が首筋を伝った。

背後で、ルナリアが息を呑む音が聞こえる。彼女の小さな手が、ケイの服を掴む力が強くなった。


だが、ケイは動じなかった。

彼の青い瞳は、目の前の圧倒的な暴力と殺意を、まるでモニターに表示されたエラーコードでも見るかのように、冷静に見つめ返していた。


(……フェーズ1、完了。相手の注意を引きつけ、思考を一瞬停止させることに成功)


彼の頭脳は、死の恐怖さえも分析対象として、次のプロセスへと移行していた。

これは、交渉だ。前世で何度も経験した、無茶な要求を突きつけてくるクライアントとの、デスマッチのような交渉。ここで必要なのは、感情的な弁解ではない。相手が認めざるを得ない、客観的な事実ファクトと、それに基づいた具体的な解決策ソリューションの提示だ。


「戯言ではない。事実だ」


ケイは、静かに、しかし明瞭な声で言い放った。

「あなた方は、人間を警戒するあまり、もっと身近な、そして致命的な脅威を見過ごしている」


「……脅威だと?」

ガロウが、嘲るように鼻を鳴らす。

「俺たちを誰だと思っている。我らは誇り高き狼獣人族の戦士だ。この森で、俺たちを脅かすものなど――」


「では、聞こう」


ケイは、ガロウの言葉を遮った。

「三日前、狩りに出たあなた方の第三部隊が持ち帰った獲物は、角折れの森猪フォレストボア一頭だけ。それも、罠にかかって弱っていたものだ。二日前、第四部隊は成果なし。昨日、第一部隊がようやく仕留めたのは、痩せた鹿が二頭。いずれも、集落全体の食料を賄うには、到底足りないはずだ」


「なっ……!?」


ガロウの黄金色の瞳が、驚愕に見開かれた。

周囲を取り囲んでいた他の獣人たちの間にも、どよめきが広がる。

ケイが口にしたのは、彼らしか知り得ない、集落内部の、それも極めて正確な情報だったからだ。


(……ビンゴだ)


ケイは、内心で確信を深めていた。

この場に来る前、遠距離から《アナライズ》で集落全体をスキャンした際に、彼はいくつかの重大な問題点を特定していた。その一つが、深刻な食料不足だった。


彼は、畳み掛ける。

「あなた方の主食であるはずの、森猪や大鹿の個体数が、この一月で急激に減少している。なぜだか分かるか? それは、あなた方が狩りで使う石斧や槍の刃が、ことごとく摩耗し、獲物に致命傷を与えきれずに、取り逃がしているからだ。武具の手入れを怠った結果、狩りの成功率は、先月比で三割以上も低下している」


「……貴様、なぜそれを……」

ガロウの声が、震えていた。怒りではない。純粋な混乱と、そして、ほんの少しの恐怖。

目の前の、人間の子供。その青い瞳は、まるで自分たちの全てを見透かしているかのようだった。


ケイは、攻撃の手を緩めない。彼は、この交渉の主導権を完全に握るため、次なるカードを切った。


「問題は、食料だけではない」


彼の視線が、ガロウの背後、集落の奥にある、ひときわ大きな小屋へと向けられる。

「あの小屋に、何人いる?」


「……何の話だ」


「体毛が抜け落ち、皮膚に灰色の鱗のようなものができ、高熱と咳に苦しんでいる子供たちが、だ。僕の分析では、少なくとも五人。うち二人は、かなり危険な状態だ」


その言葉は、獣人たちにとって、雷に打たれたような衝撃だった。

何人かの戦士が、思わず息を呑み、動揺を隠せずに顔を見合わせる。

それは、集落の最大の懸案事項であり、誰にも知られたくない、最も深刻な秘密だったからだ。


「……『灰鱗病かいりんびょう』。この土地の汚染された魔素が引き起こす、亜人特有の風土病だ。初期段階なら治療可能だが、進行すれば肺が石のように硬化し、呼吸困難で死に至る。違うか?」


ケイの言葉は、もはや予言者のそれだった。

彼は、この場に来る前に、集落から立ち上る煙の成分を分析し、そこに特殊な薬草を燃やした痕跡があることを見抜いていた。それは、灰鱗病の咳を和らげるための、気休めにしかならない民間療法だった。その事実から、彼は集落が病に蝕まれていると推測し、そして今、その推測が確信に変わった。


ガロウは、完全に言葉を失っていた。

喉元に突きつけられた石斧が、ぐらりと揺れる。

彼の頭の中では、憎悪と、驚愕と、そして、藁にもすがりたいほどの絶望が、渦を巻いていた。


仲間が人間に狩られた。その怒りは、本物だ。

だが、それ以上に、このままでは集落が内側から崩壊していくという恐怖もまた、彼を苛んでいたのだ。

食料は日に日に減り、子供たちは病に倒れていく。打つ手は何もない。

そんな、八方塞がりの状況に現れた、この謎の少年。

彼は、自分たちの苦境を、なぜか全て知っている。


ケイは、この瞬間こそが、交渉の転換点ターニングポイントだと判断した。

彼は、最後の、そして最も重要な提案を、静かに口にした。


「僕は、その全てを解決できる」


その言葉は、静かだったが、その場にいた全ての獣人の耳に、雷鳴のように響き渡った。


「……なんだと?」

ガロウが、かろうじて声を絞り出す。


「もう一度言う。僕は、あなた方が抱える問題を、全て解決できる」

ケイは、真っ直ぐにガロウの瞳を見据え、宣言した。

「僕のスキルを使えば、この土地のどこに、どんな獲物がいるかを正確に特定できる。あなた方の摩耗した武器を、鋼鉄の刃を持つ、鋭い武器へと作り変えることも可能だ」


彼の視線が、背後に隠れるルナリアへと向けられる。

「そして、彼女。ルナリアは、僕が知る限り、最高の薬師だ。彼女の知識と、僕のスキルによる素材生成を組み合わせれば、灰鱗病の特効薬を開発することも、不可能ではない」


ルナリアが、ケイの言葉に、びくりと肩を震わせた。だが、彼女は何も言わず、ただケイの背中を、より強く掴んだ。


ケイは、再びガロウへと向き直る。

「選択肢は二つだ」


彼の声は、冷徹なまでに論理的だった。

「一つは、今すぐ僕たちを殺すこと。そうすれば、あなた方の一時的な怒りは満たされるかもしれない。だが、集落が抱える問題は何一つ解決しない。あなた方は、いずれ飢えと病で、緩やかに滅びていくだろう」


「…………」


「もう一つは、その斧を下ろし、僕たちの話を、テーブルについて聞くこと。そうすれば、あなた方は、集落を救うための具体的な解決策を、手に入れることができるかもしれない」


ケイは、そこで一度、言葉を切った。

そして、最後のダメ押しとばかりに、こう言い放った。


「どちらが、あなた方の『仲間』にとって、より合理的な判断か。リーダーである、あなたが決めるんだ」


それは、究極の選択だった。

感情に従い、目の前の憎い人間を殺すのか。

それとも、憎しみを抑え、集落の未来のために、この得体の知れない子供の言葉に賭けてみるのか。


ガロウの腕が、わなわなと震える。

その黄金色の瞳の中で、憎悪の炎と、リーダーとしての理性が、激しくせめぎ合っていた。

周囲の戦士たちも、固唾を飲んで、リーダーの決断を見守っている。彼らの瞳にもまた、迷いと、そして、ほんの僅かな希望の色が浮かんでいた。


長い、長い沈黙。

森を吹き抜ける風の音だけが、やけに大きく聞こえた。


やがて、ガロウは、天を仰ぎ、獣のような、深いため息を一つ吐いた。

そして、ゆっくりと、その手に持った石斧を、地面へと下ろした。


「……来い」


彼は、それだけを言うと、ケイに背を向け、集落の中へと歩き始めた。

「貴様の言うことが、全て真実だと証明してみせろ。もし、少しでも嘘偽りがあった場合は……その時は、貴様らを、骨の一片も残さず、この森の土に還してやる」


その言葉は、まだ敵意に満ちていた。

だが、その背中は、確かに、交渉のテーブルにつくことを、承諾していた。


ケイは、心の中で、静かに安堵のため息をついた。

(……フェーズ2、完了。交渉の席を確保)


第一関門は、突破した。

だが、本当の戦いは、ここから始まる。

彼は、震えるルナリアの手をそっと握ると、狼獣人族のリーダー、ガロウの、傷だらけの大きな背中を追って、未知なる集落へと、その第一歩を踏み出した。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

絶体絶命のピンチを、ケイは自らのスキルと、前世で培ったプレゼン能力(?)で切り抜けました。

しかし、ガロウの敵意はまだ消えていません。ここから、ケイは彼らの信頼を勝ち取り、仲間にすることができるのでしょうか。

物語は、いよいよ集落の再建フェーズへと突入します。

「面白い!」「ケイの交渉術、すごい!」「ガロウ、ツンデレの予感?」など、少しでも楽しんでいただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、何よりの励みになります。

次回、ケイのスキルが、ついにその真価を発揮する!

明日朝7時半頃の更新を、どうぞお楽しみに。

※明日からしばらくは1日5話ずつ投稿の予定です。

(7時半頃、12時半頃、15時半頃、19時半頃、21時半頃の計五回更新の予定でがんばります)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ