第118節: チェックメイト
いつもお読みいただき、ありがとうございます!皆様のブックマーク、評価、そして温かい感想の一つ一つが、アークシティの防壁を築く、何よりの力となっております。
前回、ガロウたちの圧倒的な力によって、辺境伯の親衛隊は壊滅。ついに、ケイは全ての元凶であるギュンター辺境伯と、直接対峙します。
子供と侮る、傲慢な支配者。その彼に、我らがプロジェクトマネージャーが、どのような「絶望」を見せつけるのか。
息をもつかせぬ、心理戦の幕開けです。それでは、第五巻のクライマックスへと続く、第百十八話、お楽しみください。
天幕の中は、外の地獄絵図が嘘であるかのような、歪んだ平穏に満ちていた。
床には、贅を尽くした真紅の絨毯が敷かれ、テーブルの上には、飲みかけの高級な葡萄酒と、食べかけの豪勢な料理が、手付かずのまま残されている。そして、そのテーブルの奥。豪華な毛皮が敷かれた、巨大な椅子の上に、一人の男が、わなわなと震えながら、座っていた。
ギュンター・フォン・ロックウェル。
その、肥え太った顔は、恐怖と、信じられないという色で、蒼白になっている。彼の耳には、すぐ外で繰り広げられているであろう、自らの、最強の盾であるはずの親衛隊が、赤子のように蹂躙されていく、断末魔の悲鳴が、嫌というほど届いていた。
その、悪夢の、中心へと。
天幕の入り口の、分厚いカーテンが、静かに、めくり上げられ、一人の、銀髪の少年が、音もなく、姿を現した。
その、小さな身体には、返り血の一滴さえ、ついていない。まるで、地獄の散歩から、戻ってきたかのような、涼しい顔。
その、あまりにも、場違いな、静けさ。
それが、逆に、ギュンターの、恐怖を、極限まで、煽り立てた。
「……き、貴様……!
あの時の、ガキ……!」
「初めまして、だな。ギュンター・フォン・ロックウェル辺境伯殿」
ケイは、静かに、一礼した。その、完璧なまでの、貴族の作法。
「僕の名は、ケイ・フジワラ。……君が、獣のガキと呼んだ、その、本人だ」
その、あまりにも、落ち着き払った、態度。
それが、ギュンターの、恐怖を、屈辱的な、怒りへと、転化させた。
そうだ。
こいつは、ただの、子供だ。
幻術か、何かで、俺を、惑わしているに、過ぎない。
俺は、獅子。こいつは、鼠。
獅子が、鼠に、怯えるなどと、あってはならない。
「……面白い、余興だったわい、小僧ッ!」
ギュンターは、椅子から、転がり落ちるように、立ち上がった。そして、壁に立てかけてあった、自らの、愛剣を、その、震える手で、抜き放った。
それは、金と、宝石で、派手に、飾られた、実戦向きとは、到底、言えない、儀礼用の、長剣だった。
「……貴様の、その、生意気な、化けの皮、この俺が、自ら、剥いでくれるわッ!」
彼は、獣のような、雄叫びを上げ、ケイへと、斬りかかった。
その、肥満した、身体からは、想像もつかないほどの、素早い、踏み込み。
だが、その、剣筋は、あまりにも、素人じみていた。ただ、力任せに、振り回すだけの、我流の、剣。
その、死の刃が、ケイの、華奢な、首筋を、捉える、寸前。
キンッ!
という、甲高い、金属音。
ギュンターの、剣は、何もない、空間に、阻まれて、その、動きを、止めていた。
「なっ……!?」
「……無駄だ」
ケイの、声は、どこまでも、冷たかった。
彼の、目の前には、いつの間にか、手のひらほどの、大きさの、しかし、どこまでも、強固な、透明な、障壁が、浮かんでいた。
《クリエイト・マテリアル》。
彼が、スキルで、瞬時に、生成した、高密度の、魔力結晶の、盾。
「……貴様の、その、ナマクラでは、僕の、この、シールドを、傷一つ、つけることは、できない。……攻撃の、運動エネルギーは、3.2キロジュール。対する、僕の、シールドの、耐久値は、その、百倍以上だ。……あまりにも、非効率的な、攻撃だな」
その、あまりにも、無機質で、そして、侮辱に満ちた、分析。
ギュンターの、顔が、怒りに、引き攣った。
「だ、黙れ、小僧ォッ!」
彼は、狂ったように、剣を、振り回した。
だが、その、全ての、斬撃、突きは、ケイの、身体に、届く前に、彼の、周囲を、目まぐるしく、動き回る、小さな、透明な盾によって、ことごとく、弾かれ、受け流されていく。
それは、もはや、戦闘ではなかった。
ただ、巨大な、熊が、その、図体に、似合わない、小さな、蜂を、必死に、追い払おうとしているかのような、滑稽な、一人芝居だった。
ケイは、その、狂乱の、剣舞を、まるで、興味を失ったかのように、静かに、見つめていた。
そして、彼は、あくびさえ、噛み殺しながら、その、致命的な、ダメ出しを、始めた。
「……まず、踏み込みが、甘い。……重心が、後ろに、残りすぎている。それでは、剣に、体重が、乗らない」
「……次に、剣の、振り。……肩の、回転だけで、振っている。腰を、使え、腰を。体幹の、連動性が、ゼロだ。……これでは、ただ、腕の力だけで、剣を、振り回しているのと、同じ。……燃費の、悪い、エンジンだな」
「そして、何よりも、致命的なのは、その、呼吸だ。……攻撃の、瞬間に、息を、吐く、という、基本さえ、できていない。……これでは、数分も、もたずに、スタミナ切れを、起こすぞ」
その、あまりにも、的確で、そして、あまりにも、相手の、プライドを、粉々にする、専門的な、指摘。
それは、ケイが、前世で、趣味で、かじっていた、スポーツ科学と、人体力学の、知識だった。
そして、彼の《アナライズ》は、ギュンターの、筋肉の、動き、心拍数の、上昇、そして、乳酸の、蓄積度までをも、リアルタイムで、完璧に、データ化していた。
「はぁ……はぁ……。……き、貴様……。……何者、だ……」
やがて、ギュンターの、動きが、止まった。
彼の、肩は、大きく、上下し、その、額からは、滝のような、汗が、流れ落ちている。
体力も、そして、何よりも、その、心が、完全に、限界を、迎えていた。
「言ったはずだ。僕は、システム・アーキテクトだ、と」
ケイは、静かに、答えた。
「……そして、君という、非効率で、バグだらけの、旧式の、システムを、……今から、『解体』する」
その、言葉と、同時に。
ケイの、身体が、初めて、動いた。
それは、まるで、陽炎のように、揺らめき、そして、消えた。
ギュンターが、その、動きを、目で、追うことさえ、できなかった、その、一瞬の、隙に。
ケイは、彼の、懐に、深く、潜り込んでいた。
そして、その、小さな、指先が、ギュンターの、分厚い、鎧の、隙間、脇の下の、一点を、軽く、突いた。
そこは、神経が、集中する、人体の、急所。
「ぐっ……!?」
ギュンターの、腕から、力が、抜ける。
カラン、と、甲高い音を立てて、儀礼用の、長剣が、絨毯の上に、転がった。
次に、ケイの、踵が、ギュンターの、膝の、裏側を、軽く、蹴り上げた。
人体の、構造上、最も、力の、入りにくい、ポイント。
ギュンターの、その、巨体を、支えていた、両の膝が、面白いように、がくり、と折れた。
彼は、その場に、無様に、膝を、ついた。
そして、最後に。
ケイは、その、小さな、手のひらを、ギュンターの、首筋、頸動脈の、すぐ、傍らに、そっと、添えた。
そこから、流し込まれる、微弱な、しかし、極めて、精密に、制御された、魔力の、衝撃。
それは、脳へと、送られる、酸素を、一時的に、遮断する、高度な、暗殺術だった。
「……あ……。……が……」
ギュンターの、視界が、急速に、暗転していく。
呼吸が、できない。
思考が、できない。
彼は、ただ、目の前で、自分を、冷たく、見下ろしている、この、小さな、悪魔の、青い瞳に、自分が、完全に、支配されている、という、絶対的な、事実だけを、突きつけられていた。
「……分かったか、ギュンター・フォン・ロックウェル」
ケイは、静かに、語りかけた。
「……これが、君と、僕の、埋めようのない、絶対的な、力の差だ。……君が、信じてきた、その、暴力という名の、旧式の、OSは、僕の、この、知識と、情報という、新しい、OSの前には、何の、意味も、なさない」
彼は、そっと、手を、離した。
ギュンターは、新鮮な、空気を、求めて、犬のように、激しく、咳き込んだ。
彼は、助かった。
だが、その、心は、もはや、完全に、死んでいた。
プライドも、怒りも、全て、消え失せ、後に、残されたのは、ただ、目の前の、この、人知を超えた、存在に対する、純粋な、そして、どうしようもない、恐怖だけだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ケイと、ギュンター辺境伯の、直接対決。
それは、剣と剣の、ぶつかり合いでは、ありませんでした。
情報と、知識という、新しい、力による、一方的な、蹂躙。
ケイの、冷徹なまでの、強さが、際立つ、回でしたね。
さて、完全に、心を、折られた、辺境伯。
彼の、運命は、どうなるのでしょうか。
次回、ついに、この、長い、長い、戦いが、その、幕を、下ろします。
「面白い!」「ケイ、強すぎ!」「辺境伯、ざまあ!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での、評価を、お願いいたします。皆様の応援が、アークシティの、勝利を、確実な、ものとします!
次回もどうぞ、お楽しみに。




