第115節: 合理的な賭け
いつも応援ありがとうございます。「リーダー」とは、一体、何でしょうか。経験豊富な仲間の、慎重な意見に耳を傾けることでしょうか。それとも、たとえ、それが、誰にも理解されない、狂気の道であったとしても、自らの分析と、決断を、信じ抜くことでしょうか。 今回は、ケイの、リーダーとしての、真価が問われる、重要な回となります。彼の、魂のプレゼンテーションを、ぜひ、見届けてください。
作戦司令室の空気は、リリナの報告によって、一変していた。絶望的な膠着状態から、一転、緊迫した、そして、どこか熱を帯びた、新たな局面へと、移行していたのだ。
テーブルに広げられた地図の上には、リリナがもたらした情報が、赤い線と記号で、詳細に書き込まれている。それは、もはや、ただの地図ではない。敵陣という、巨大なシステムの、内部構造を、完璧に暴き出した、ハッキングの、成果報告書だった。
「――以上が、リリナの報告に基づく、具体的な作戦計画だ」
ケイは、最終的な、オペレーションの、概要を説明した。
「今夜、吹雪が、最も強くなる、深夜二時。エリアーデ殿の、大規模な幻惑魔法を、陽動として、敵陣全体を、混乱させる。その隙に、僕と、ガロウ、リリナ、そして、ガロウが選抜した、二名の精鋭、合計五名の、特別攻撃隊が、この、リリナが開拓した、最短ルートを通り、敵本陣を、急襲する。目標は、ただ一つ。ギュンター辺境伯の、無力化。作戦時間は、陽動開始から、撤退完了まで、十五分。……これが、僕たちの、勝利への、唯一の道だ」
その、あまりにも、大胆で、そして、あまりにも、危険な計画。
それを、聞いた、ガロウと、エリアーデの顔から、血の気が、引いた。
「……待て、大将ッ!」
最初に、声を上げたのは、ガロウだった。彼は、テーブルに、その巨大な拳を、叩きつけた。
「話が、違うじゃねえか! なぜ、大将、てめえ自身が、行く必要がある!? あんたは、この村の、頭脳だ! 指揮官だ! 指揮官が、自ら、最前線で、刃を振るうなんざ、聞いたことがねえ! それこそ、最大の、無駄死にじゃねえか!」
彼の、怒声には、純粋な、リーダーを案じる、部下の、悲痛な叫びが、込められていた。彼にとって、ケイを失うことは、この村が、滅びることと、同義だった。
「ガロウ殿の、言う通りです」
エリアーデもまた、か細く、しかし、決して、譲らない、強い意志を込めて、続けた。
「私が、作り出す、幻惑魔法。それは、私の、残された魔力の、ほぼ全てを、消費します。その間、私は、完全に、無防備になります。もし、私の幻術が、敵の、高位の魔術師によって、少しでも早く、破られれば……。たった五名の、貴方たちは、千の兵の、ど真ん中で、完全に、孤立します。成功確率、41.2%……。それは、裏を返せば、半分以上の確率で、失敗する、ということです。あまりにも、危険すぎます」
戦士としての、誇りと、忠誠心からの、反対。
魔術師としての、戦術的な、合理性からの、反対。
二人の、最も信頼する、仲間の言葉。それは、ケイの、心を、確かに、揺さぶった。
だが、彼は、首を、横に振った。
彼は、傍らにあった、黒板を、引き寄せると、そこに、白い石灰で、複雑な、フローチャートと、数式を、書き始めた。
「……君たちの、懸念は、もっともだ。だが、君たちは、二つの、重大な、パラメータを、見落としている」
彼の、声のトーンが、変わった。それは、もはや、仲間を説得する声ではない。システムの、欠陥を、指摘する、エンジニアの、声だった。
「まず、ガロウ。君の言う、『戦士の誇り』。それは、平時においては、組織の士気を高める、重要な、精神的支柱だ。だが、今のような、存亡の危機において、それは、時として、合理的な判断を、曇らせる、危険な、感情的バイアス(ノイズ)となり得る」
彼は、黒板に、二つの、選択肢を、書き出した。
【プランA:籠城戦継続】→ 損害:村人・兵士の80%以上が死傷。生存者も、奴隷となる。→ 敗北確率:99.8%
【プランB:斬首作戦実行】→ 損害:特別攻撃隊の5名が、全滅する可能性あり。→ 成功確率:41.2%
「リーダーとしての、僕の仕事は、村の、存続確率を、最大化することだ。誇りを守って、全員で、名誉の死を遂げることではない。どちらの、プランを、選択すべきか。答えは、明白だ。そして、僕が、自ら行かねばならない理由は、ただ一つ。この作戦は、コンマ数秒単位での、リアルタイムの、状況判断が、必要となる。敵の、予期せぬ動き、エリアーデ殿の、魔力の残量、その、全ての変数を、瞬時に、解析し、最適解を、導き出せるのは、僕の、《アナライズ》スキルだけだ。これは、僕にしか、できない、仕事なんだ」
その、あまりにも、冷徹で、しかし、反論のしようのない、ロジック。ガロウは、ぐっと、言葉に詰まった。
次に、ケイは、エリアーデへと、向き直った。
「エリアーデ殿。あなたの、リスク計算も、正しい。だが、あなたは、『作戦単体』の、リスクしか、見ていない。僕は、『戦争全体』の、リスクを、見ている」
彼は、黒板に、新たな、グラフを、描き始めた。
「あなたの、幻術が、十五分間、敵の、主力を、引きつけてくれれば、それでいい。リリナの情報によれば、敵の、指揮系統と、情報伝達網は、極めて、前時代的だ。たとえ、幻術が破られても、奴らが、我々の、真の狙いに気づき、本陣に、 coordinated な、対応部隊を、送り込むまでには、平均で、十八分を要する。……つまり、我々には、三分間の、安全マージン(バッファ)が、ある」
それは、もはや、ただの、希望的観測ではなかった。
それは、情報と、確率論に、裏打ちされた、一つの、冷徹な、未来予測だった。
「……僕を、信じてくれ」
ケイは、そこで、初めて、その、冷徹な仮面を、外し、一人の、仲間として、二人に、語りかけた。
「これは、僕の、独断ではない。僕たちが、生き残るための、唯一の、合理的な、賭けだ。僕は、君たちの力を、信じている。ガロウの、その無双の武勇を。エリアーデ殿の、その、大陸でも、屈指の、魔法の才を。そして、リリナの、誰にも、真似のできない、斥候としての、能力を。……だから、君たちも、僕の、この、計算を、信じてほしい」
その、魂からの、叫び。
それは、どんな、雄弁な、ロジックよりも、強く、二人の、心を、打った。
ガロウと、エリアーデは、顔を、見合わせた。
そして、彼らは、同時に、一つの、結論に、達した。
自分たちは、この、小さな、リーダーの、その、常識外れの、思考に、これまで、何度も、救われてきたではないか。
この村が、あるのも。自分たちが、今、ここに、生きていられるのも。全て、彼が、示した、未来を、信じてきたからではないか。
「……くそったれが」
ガロウが、その、傷だらけの顔を、くしゃくしゃに歪め、そして、大きく、息を、吐いた。
「……分かったよ、大将。そこまで、言われちゃあ、もう、腹を、括るしか、ねえみてえだな。……いいだろう。てめえの、その、ふざけた博打に、乗ってやる。俺が、あんたの、一番、鋭い、牙になってやる。……だが、覚えとけよ。もし、あんたの、その綺麗な顔に、傷一つでも、つきやがったら……。俺は、てめえを、一生、恨んでやるからな」
その、不器用な、しかし、最大級の、信頼の言葉。
エリアーデもまた、静かに、その、美しい顔を、上げた。彼女は、その場に、すっと、膝をつくと、エルフの、古式に則った、主君への、誓いの、礼をとった。
「……私の、魔力、私の、命、その、全てを、貴方様に、お預けいたします、ケイ様。……必ずや、十五分間の、世界を、貴方の、ために、作り出して、ご覧にいれましょう」
決断は、下された。
それは、論理が、感情を、屈服させたのではない。
仲間たちが、互いの、全てを、信じ合うという、絶対的な、「信頼」が、絶望的な、未来を、覆した、瞬間だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます! ついに、決断は下されました。それは、ケイの、冷徹なロジックだけでなく、彼が、仲間たちと築き上げてきた、熱い「信頼」の勝利でした。 ガロウとエリアーデの、覚悟を決めた言葉には、グッとくるものがありましたね。 さて、作戦は、決行されます。アークシティの、そして、彼らの、全ての運命を乗せた、たった十五分間の、死闘。 次回、幻惑の帳。エリアーデの、最大級の魔法が、炸裂する。そして、夜の闇の中、五人の、影が、動く。絶対にお見逃しなく!




