第110節: 陽動という名の奇襲
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
年の瀬も迫り、アークシティの、独立戦争も、いよいよ、佳境に、差し掛かってまいりました。
前回、王国軍の、最後の、猛攻を、エリアーデが、その、身を、挺して、防ぎ止める。
その、絶望的な、防衛戦の、水面下で、ケイは、静かに、そして、冷徹に、次なる、一手、『陽動』を、準備していました。
今回は、その、牙が、ついに、火を噴きます。
我らが、戦士長、ガロウ率いる、精鋭部隊の、電撃作戦。
どうぞ、その、神速の、戦いを、ご覧ください。
アークシティの、西側の、城壁。
そこは、王国軍の、主力が、集中する、中央の、城門から、最も、遠く、そして、最も、警戒が、手薄になっている、場所だった。
その、巨大な、石壁の、根本。
一見、何の変哲もない、ただの、壁面にしか見えない、その、一点が。
ゴゴゴ、と、低い、地響きのような、音を立てて、静かに、横へと、スライドした。
そこに、現れたのは、屈強な、狼獣人が、数人、ようやく、通れるほどの、狭く、そして、暗い、隠し通路だった。
それは、ケイが、この、都市の、設計段階から、あらゆる、緊急事態を、想定し、ドゥーリンに、極秘裏に、作らせておいた、無数の、秘密の、脱出兼、奇襲用の、ゲートの、一つだった。
その、闇の、中から、まるで、影そのものが、躍り出るかのように、音もなく、滑り出てきた、数十の、黒い、疾風。
先頭を、駆けるのは、その、黄金色の瞳を、飢えた、獣のように、ぎらつかせた、ガロウ・アイアンファング。
彼の、後には、この、軍隊の中でも、最も、俊敏で、そして、最も、隠密行動に、長けた、狼獣人族と、猫獣人族の、精鋭たちが、続いていた。
彼らの、身体には、音を立てる、金属製の、鎧は、一切、身につけられていない。
ただ、闇に、溶け込む、黒い、革鎧と、そして、その手に、握りしめられた、血塗れの、鋼鉄の、牙だけが、月明かりを、鈍く、反射していた。
「――行くぞ、野郎ども!」
ガロウの、囁くような、しかし、どこまでも、獰猛な、号令。
「大将が、作ってくれた、最高の、狩り場だ!
存分に、暴れ回ってやろうぜ!」
「「「ウォオオオッ!」」」
彼らは、声には、出さない。
ただ、その、魂で、応えた。
次の、瞬間。
数十の、黒い、影は、一つの、巨大な、肉食獣のように、戦場の、闇へと、完全に、溶け込んでいった。
彼らの、目標は、ただ、一つ。
ケイが、《アナライズ》によって、正確に、特定した、敵の、最も、脆弱な、そして、最も、重要な、一点。
後方で、戦況を、見守っている、敵の、非戦闘員――補給部隊が、集まる、エリアだった。
王国軍は、完全に、油断していた。
彼らの、全ての、意識は、目の前の、巨大な、城門と、それを、守る、魔術の壁に、集中していた。
まさか、自分たちの、堅固な、包囲網の、その、真横から、死神の、群れが、忍び寄ってきているなどとは、夢にも、思っていなかった。
ガロウたちは、風になった。
彼らは、敵兵の、死角を、縫うように、陣地の中を、駆け抜けていく。
見張りの、兵士が、何かの、気配に、気づき、振り返った時には、既に、その、喉笛は、鋼鉄の、爪によって、音もなく、切り裂かれていた。
それは、もはや、戦闘ではなかった。
一方的な、狩り。
あるいは、暗殺だった。
やがて、彼らの、目の前に、目標地点が、見えてきた。
そこには、数百の、荷馬車が、並び、その、周囲で、武器も、持たない、輜重兵たちが、呑気に、焚き火に、当たっている。
彼らの、顔には、この、戦いが、自分たちとは、無関係であるかのような、弛緩しきった、空気が、漂っていた。
ガロウの、口元が、三日月のように、吊り上がった。
「――獲物の時間だ」
彼は、短く、呟くと、その、巨大な、身体を、闇の中から、解き放った。
そして、その、手に持った、二本の、巨大な、戦斧が、血の、旋風を、巻き起こした。
「な、なんだ、貴様ら!?」
「て、敵襲!
敵襲だ!
後方から、奇襲だ!」
輜重兵たちの、悲鳴が、上がる。
だが、遅い。
ガロウ率いる、数十の、死神の、群れは、既に、羊の、群れの中に、飛び込んだ、飢えた、狼と化していた。
抵抗する、術も、持たない、兵士たちが、次々と、血の、華となって、散っていく。
だが、ガロウたちの、真の、目的は、殺戮ではなかった。
「荷馬車を、燃やせ!
食料も、水も、矢も、全て、灰にしてしまえ!」
ガロウの、号令一下。
獣人たちは、あらかじめ、用意していた、松明を、次々と、荷馬車の、幌へと、投げ込んでいく。
乾燥した、木と、布は、爆発的な、勢いで、炎上した。
あっという間に、敵の、補給拠点、そのものが、一つの、巨大な、篝火と化した。
「……よし、上出来だ。……これ以上は、深入りするな!」
ガロウは、冷静だった。
彼らの、目的は、あくまで、陽動と、敵の、継戦能力の、破壊。
ここで、敵の、主力部隊と、正面から、ぶつかるのは、愚の骨頂だ。
「――撤退する!
大将の、元へと、帰るぞ!」
彼は、再び、その、部下たちを、率いて、風のように、戦場を、駆け抜けていった。
後に、残されたのは、燃え盛る、炎と、おびただしい、数の、死体。そして、何が、起こったのか、理解できずに、ただ、呆然と、立ち尽くす、生き残りの、兵士たちの、姿だけだった。
それは、ほんの、数分間の、出来事。
だが、その、数分間の、悪夢は、王国軍の、兵士たちの、心に、決して、消えることのない、恐怖の、楔を、打ち込んだ。
敵は、城壁の、中に、いるだけではない。
敵は、この、戦場の、闇の、どこにでも、いるのだ、と。
その、凶報が、前線で、指揮を執っていた、騎士団長たちの、元へと、届いた時。
彼らは、自らの、耳を、疑った。
「後方が、奇襲された、だと!?
馬鹿な!
どこから、敵が……!?」
「補給部隊が、全滅!?
食料と、矢が、全て、燃やされた……!?」
混乱。
そして、恐怖。
その、負の、感情が、ウイルスのように、前線の、兵士たちへと、伝播していく。
彼らは、もはや、目の前の、城門だけを、見てはいられなくなった。
いつ、自分たちの、背後から、あの、黒い、死神たちが、現れるか、分からない。
その、疑心暗鬼が、彼らの、完璧だったはずの、陣形に、微細な、しかし、致命的な、乱れを、生み出していく。
その、全ての、光景を。
中央見張り台の、司令塔から、ケイは、静かに、見下ろしていた。
彼の、脳内には、ガロウの、部隊が、完璧に、任務を、遂行したことを、告げる、報告が、届いていた。
(……陽動、成功。……敵の、指揮系統に、致命的な、ノイズを、混入させた。……これで、今夜は、もう、攻めては、こないだろう)
彼は、静かに、結論を下した。
そして、彼は、最後の、そして、最も、重要な、仕上げへと、取り掛かった。
彼は、エリアーデへと、魂の、通信を、送った。
『――エリアーデ殿。……もう、充分だ。……結界を、解いてくれ』
『……です、が……!』
『いいんだ。……君の、魔力は、もう、限界だろう。……それに』
ケイは、その、青い瞳に、冷たい、光を、宿らせた。
「……彼らに、見せてやらなければ、ならない。……僕たちの、本当の、恐ろしさを」
彼は、ドゥーリンへと、号令した。
「――ドゥーリン殿。……城門を、開けろ」
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ガロウ率いる、精鋭部隊の、電撃的な、奇襲作戦。
見事に、成功しましたね。
敵の、補給路を、断ち、そして、何よりも、その、心に、恐怖を、植え付けました。
そして、その、好機を、見逃さず、ケイが、放つ、次なる、一手。
城門を、開ける。
その、あまりにも、大胆不敵な、行動の、意味とは、一体……?
物語は、いよいよ、初日の、クライマックスへと、向かいます。
「面白い!」「ガロウ、かっこいい!」「陽動作戦、痺れた!」など、思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での、評価を、お願いいたします。皆様の応援が、開かれた、城門の、向こう側で、待ち構える、戦士たちの、魂を、燃え上がらせます!
次回もどうぞ、お楽しみに。




