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第11節:ファーストコンタクト:敵意のファイアウォール

いつもお読みいただき、ありがとうございます。皆様からの応援、本当に励みになっております。

前回、ルナリアを説得し、ついに仲間探しの旅に出たケイ。遥か彼方に見えた一筋の煙は、二人にとって希望の光となるのでしょうか。

いよいよ、未知の集落との接触を図ります。しかし、そこでの出会いは、彼らが期待したような温かいものではありませんでした。

物語が大きく動く第十一話、お楽しみください。

煙を目指して歩き続けること、半日。

ケイとルナリアは、慎重に、しかし着実に目的地へと近づいていた。ケイが《アナライズ》で常に周囲の地形と危険生物の存在をスキャンし、安全なルートを割り出す。ルナリアは、その鋭敏な聴覚と嗅覚で、ケイのスキルが捉えきれない微細な変化――風向きの変化や、遠くの獣の匂いなどを感知し、彼の分析を補完した。二人の連携は、まるで熟練の冒険者パーティーのようだった。


やがて、煙の匂いと共に、微かに人の話し声や、金属を打つような音が風に乗って届き始めた。

「……近い」

ルナリアが囁き、長い兎耳をぴんと立てる。

ケイは、彼女を手で制し、近くの岩陰に身を隠すよう促した。ここからは、斥候フェーズだ。ケイは、約束通り、最大限の警戒をもって情報収集を開始した。


彼は、岩陰からそっと顔を出し、集落があるであろう方向へと意識を集中させる。

「《アナライズ》、範囲を最大に設定。対象エリアの全体像をスキャン」


瞬間、彼の視界に、広域のワイヤーフレームマップが展開された。地形の起伏、木々の配置、そして、そこに存在する生命体の反応が、色分けされた光点となって表示される。


▼ 広域スキャン結果

┣ 対象エリア:谷間の窪地

┣ 人工建造物:

┃ ┣ 粗末な木造の小屋:15棟

┃ ┣ 簡易な防御柵(木製):集落の周囲を不完全に包囲。複数の破損箇所あり。

┃ ┗ 見張り台:2基(うち1基は半壊状態)

┣ 生命体反応:

┃ ┣ 知的生命体:約50名

┃ ┗ 種族推定:大部分が狼獣人族(Canis Lycaonthrope)。少数の他種族(猫獣人族など)が混在。

┣ 総合評価:

┃ ┣ 防衛レベル:E(極めて低い)。組織的な襲撃に対する脆弱性が高い。

┃ ┗ 生活レベル:D(低い)。食料備蓄、衛生環境共に劣悪。複数の個体に栄養失調および病の兆候を検出。


(……狼獣人族の集落か)


ケイは、脳内に表示されたデータを冷静に分析する。

その内容は、彼の予測と期待が入り混じったものだった。亜人の集落であることは、大きな希望だ。だが、その生活レベルと防衛レベルの低さは、彼らが常に何らかの脅威に晒され、厳しい生活を送っていることを示唆していた。

奴隷狩りの痕跡が、脳裏をよぎる。彼らもまた、被害者なのかもしれない。


「どう……?」

隣で息を殺していたルナリアが、不安そうに尋ねる。

「狼の獣人たちの集落だ。規模は五十人ほど。だが、状況はあまり良くないらしい。防御柵は壊れかけ、多くの者が飢えか病に苦しんでいるようだ」

「狼の……」


ルナリアの表情が、僅かに強張った。彼女が口にした、亜人同士の捕食関係という言葉を、ケイは思い出していた。

だが、今はそれを気にする時ではない。


「……行こう。彼らがどんな状況であれ、僕たちには交渉の余地があるはずだ」

ケイは、決断を下した。

これ以上の遠距離からの情報収集は難しい。それに、彼らが本当に困窮しているのなら、こちらが提供できる価値は、より大きくなる。交渉の成功確率は、むしろ高いと判断した。


彼は、ルナリアの不安を振り払うように、力強く頷いてみせた。

「大丈夫だ。約束する。必ず、君を守る」


その言葉に、ルナリアはこくりと頷き、ケイの服の裾をぎゅっと握りしめた。


二人は、岩陰から姿を現し、集落へと続く開けた道を、ゆっくりと歩き始めた。

武器は持たない。両手は、敵意がないことを示すように、広げて見せている。

ケイの頭の中では、あらゆる交渉のシミュレーションが、高速で繰り返されていた。

相手が友好的な場合。相手が警戒している場合。そして、相手が敵対的な場合。それぞれのケースに応じた、最適な対話のフローチャートを構築していく。


集落の入り口が見えてきた。

粗末な木の柵には、動物の頭蓋骨のようなものが飾られており、原始的な、しかし明確な威嚇の意図が感じられた。

入り口には、見張りの姿はない。だが、ケイの《アナライズ》は、柵の向こう側、複数の小屋の陰に、息を殺した生命反応が潜んでいることを捉えていた。


(……罠か。やはり、相当警戒しているな)


ケイは、足を止めた。

これ以上近づけば、攻撃される可能性がある。

彼は、腹の底から声を張り上げた。前世では、クライアントへの謝罪以外で出したことのないような、大きな声だった。


「我々は、敵ではない! 旅の者だ! そちらと、話がしたい!」


大陸共通語で、彼は叫んだ。

森が、しんと静まり返る。

風の音だけが、彼の言葉を攫っていく。

返事はない。だが、潜んでいる気配の緊張が、さらに高まったのを、ケイは肌で感じていた。


もう一度、声をかけようとした、その時だった。


ザッ、と。

草を掻き分ける音と共に、周囲の茂みが一斉に揺れた。

次の瞬間、そこから躍り出てきたのは、屈強な獣人たちの姿だった。

灰色の毛皮に覆われた、筋骨隆々の身体。鋭い爪と牙。そして、燃えるような敵意を宿した、黄金色の瞳。

狼の獣人――狼獣人族。

その数は、十人以上。彼らは、あっという間にケイとルナリアを取り囲み、その手に持った粗末な石斧や、木の槍を、寸分の隙もなく二人へと突きつけていた。


「……っ!」


ルナリアが、小さな悲鳴を上げて、ケイの背中に隠れる。彼女の身体が、恐怖で小刻みに震えているのが、服越しに伝わってきた。


ケイもまた、全身の血が凍るような感覚に襲われていた。

速い。

《アナライズ》で気配は察知していたはずなのに、彼らが姿を現してから包囲を完成させるまで、ほんの数秒しかかからなかった。統率の取れた、無駄のない動き。彼らは、ただの村人ではない。歴戦の戦士だ。


包囲網の中から、一人の男が、ゆっくりと歩み出てきた。

ひときわ大柄な、狼獣人。その顔には、左目を縦断する、大きな古い傷跡が刻まれている。その黄金色の瞳は、他の者たちとは比較にならないほどの、圧倒的な威圧感と、深い絶望の色を宿していた。

彼が、この集団のリーダーなのだろう。


男は、ケイとルナリアを、値踏みするように、頭のてっぺんから爪先までじろりと見下ろした。

そして、その視線が、ケイの人間と変わらない姿に留まった瞬間、その瞳に宿る敵意が、憎悪へと変わった。


「……人間、か」


地を這うような、低い声。

その声に含まれる、長年煮詰められたような憎しみの響きに、ケイは背筋が凍るのを感じた。


「何の用だ、人間の斥候が。仲間はどこに隠れている? 次は、我々の何を奪いに来た?」


男は、その手に持った、巨大な石斧を、ケイの喉元へと突きつけた。

石斧の、ざらついた石の表面が、ケイの柔らかな肌に触れる。少しでも動けば、頸動脈が切り裂かれるだろう。


(……最悪のケースだ)


ケイの脳内で、シミュレーションがエラーを吐き出す。

友好的でも、警戒でもない。最初から、明確な殺意を伴った、完全な敵対行動。

これは、交渉のテーブルにつく以前の問題だ。


「待ってくれ。我々は、斥候ではない。ただの旅の者だ」

ケイは、喉元に突きつけられた石斧にも怯むことなく、冷静に言葉を返した。ここで恐怖を見せれば、即座に殺される。


だが、男は、ケイの言葉を鼻で笑った。

「旅の者、だと? こんな『見捨てられた土地』を、か弱い兎族の小娘と、人間のガキだけで旅をしていると? その嘘が、通用するとでも思ったか」


男の黄金色の瞳が、鋭く細められる。

「数日前、俺たちの仲間が、貴様ら人間共に狩られた。その仲間と同じ匂いが、貴様からはする。言い逃れはさせん」


その言葉に、ケイはハッとした。

奴隷狩りの痕跡。あの現場に残っていたのは、狼獣人族の血。

彼らは、あの事件の被害者だったのだ。

そして、自分たちの出現を、その奴隷狩りの一味だと誤解している。


これは、致命的な状況だった。

相手は、仲間を殺された怒りと、人間への根深い憎しみで、完全に理性を失っている。

どんな論理的な説明も、今の彼らには届かないだろう。


「……違う。我々は、彼らとは関係ない」

「黙れ!」


男が、怒声と共に、石斧をさらに強く押し付けた。ケイの首筋に、じわりと血が滲む。


「……ガロウ様! こいつが持っている袋、調べさせてください!」

包囲していた若い獣人の一人が、そう進言した。

リーダーらしき男――ガロウは、顎でそれを許可する。


若い獣人が、ケイが肩から下げていた革袋を、乱暴にひったくる。

中身が、地面にぶちまけられた。

生成したナイフ、ロープ、水筒、そして、ルナリアが集めた薬草や、保存食の木の実。


ガロウは、その散らばった道具を一瞥し、嘲るように言った。

「……ほう。ずいぶんと綺麗な道具を持っているじゃないか。こんなものは、この森じゃ手に入らん。やはり、外の人間共の手先だな」


万事休す。

全ての状況が、自分たちに不利に働いている。

ケイの背後で、ルナリアが息を殺している気配が伝わってくる。


ガロウが、石斧をゆっくりと振り上げた。

その瞳には、もはや何の感情も浮かんでいなかった。ただ、害虫を駆除するかのような、冷たい殺意だけがあった。


(……ここまで、か)


転生して、わずか数日。

穏やかな人生を求めたはずが、そのあまりにも短い生涯は、他者の憎しみによって、理不尽に幕を閉じようとしていた。

前世と同じだ。結局、自分は、何も変えられないのか。


絶望が、ケイの心を黒く塗りつぶそうとした、その時。

彼の脳裏に、一つの可能性が、閃光のように煌めいた。


(……いや、まだだ。まだ、手はある)


それは、あまりにも危険な賭け。

失敗すれば、即死。

だが、この状況を覆すには、もはや、これしかない。


ケイは、振り上げられた石斧を、その青い瞳で、まっすぐに見据えながら、静かに、しかし、その場の全員に聞こえるように、はっきりと、こう告げた。


「……あなたたちの集落は、今、危機に瀕している」

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

ついに登場した狼獣人族のリーダー、ガロウ。彼の抱える深い憎しみと絶望が、ケイたちに牙を剥きました。

絶体絶命の状況で、ケイが放った最後の一言。それは、この状況を覆す起死回生の一手となるのか、それとも、さらに相手の怒りを買うだけの悪手となるのか。

手に汗握る展開のまま、次回に続きます!

「面白い!」「ケイ、どうなっちゃうの!?」と、少しでも思っていただけましたら、ぜひブックマークと、↓の☆☆☆☆☆での評価をお願いいたします。皆様の応援が、彼らの運命を左右するかもしれません。

次回の更新は、このあと23時半ごろです。絶対にお見逃しなく!


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