第105節: 辺境伯の傲慢
いつも『元・社畜SEの異世界再起動』をお読みいただき、誠にありがとうございます。メリークリスマス!
アークシティの存亡を賭けた、独立戦争。その火蓋が、ついに切られようとしています。
千の正規軍を率いて進軍を開始した、ギュンター辺境伯。その圧倒的な脅威を前に、我らがリーダー、ケイは、静かに、そして不敵に『プロジェクト・ディフェンス』の最終フェーズへの移行を宣言しました。
今回は、ついに両軍が対峙します。絶望的な戦力差を前に、辺境伯が抱く傲慢と、アークシティが見せる静かな覚悟。どうぞ、その対比をお楽しみください。
その光景は、アークシティの住民たちが、これまでの人生で一度も経験したことのない、絶対的な絶望の具現だった。
東の地平線が、夕日の最後の赤い光を吸い込んで、茜色から深い藍色へと変わる、その瞬間。大地そのものが、巨大な黒い獣のように、蠢き始めた。
それは、一つの、巨大な軍勢だった。
先頭を行くのは、磨き上げられた鋼鉄の全身鎧にその身を包み、夕日を不吉な深紅色に反射させる、百騎の重装騎士団。彼らが跨る軍馬は、いずれも血統書付きの、屈強な戦馬であり、その蹄が大地を蹴る音は、それだけで、人の心を挫くに十分な、重い響きを持っていた。
その後ろに続くのは、一糸乱れぬ密集方陣を組んだ、五百の重装歩兵部隊。巨大な塔の盾で鋼鉄の壁を形成し、その隙間から、森のように突き出された槍の穂先が、月明かりを鈍く反射している。
そして、その後方。無数の松明の光に照らし出されて、その禍々しい姿を現したのは、巨大な車輪を持つ、十基以上の破城槌と、都市の城壁さえも打ち砕くという、大型の投石機だった。
総数、千。
リオニス王国東部辺境伯、ギュンター・フォン・ロックウェルが、その権力と財力の全てを注ぎ込んで編成した、アークシティ討伐軍。
それは、もはや、ゴブリンのスタンピードのような、無秩序な暴力の塊ではなかった。
それは、一つの都市を、地上から完全に消し去るためだけに最適化された、冷徹で、そして、圧倒的な、「文明の暴力」そのものだった。
その、絶望的な軍勢が、アークシティの城壁から、矢の届かない、絶妙な距離を保って、布陣を完了した時。
都市の城壁の上は、水を打ったような静寂に包まれていた。
三百の、多種族混成軍。彼らは、ドゥーリンが鍛え上げた、黒光りする鋼鉄の鎧にその身を包み、ケイが設計した、必殺のクロスボウを、その手に構えている。
彼らの顔に、恐怖の色はなかった。
そこにあるのは、自らの故郷を、自らの手で守り抜くのだという、静かで、そして、揺るぎない、鋼鉄の覚悟だけだった。
彼らは、知っていた。自分たちの背後には、愛する家族が、仲間たちが、そして、自分たちの未来そのものが、あることを。
そして、何よりも、彼らの頭上、一番高い中央見張り台の上で、一人の、小さなリーダーが、この、絶望的な光景の、全てを、見据えていることを。
その頃、敵軍の、中央。
ひときわ大きく、そして、豪華な装飾が施された、陣幕の中で。
ギュンター・フォン・ロックウェルは、椅子に、ふんぞり返り、得意満面の笑みを浮かべていた。
彼の目の前には、アークシティから持ち帰った、「投資」と称される二つの品――鋼鉄の鍬と、空になったポーションの小瓶が、まるで戦利品のように、飾られている。
「……くくっ。……ははははは!
見たか、ヴォルフラムよ!
あれが、貴様が、あれほどまでに、恐れおののいた、亜人の、要塞都市とやらか!」
彼の、下品な、哄笑が、陣幕の中に、響き渡る。
漆黒の騎士、ヴォルフラムは、その傍らで、兜の奥の瞳を伏せ、ただ、無言で、佇んでいた。
「……確かに、立派な、石垣ではあるわい。……あの、獣どもにしては、上出来だ。褒めてやろう。……だが、それだけよ」
ギュンターは、杯に注がれた、高級な葡萄酒を、一気に、呷った。
「所詮は、獣の、猿真似よ。本物の、戦争というものを、知らぬ、愚かな、子供の、砂遊びだ。……我が、王国の、この、千の、鋼鉄の軍靴の前には、あの、石積みの、おもちゃなど、一時間も、保つまい」
彼の、その、絶対的な、自信。それは、彼が、これまで、何度も、経験してきた、圧倒的な、力の差が、もたらす、揺るぎない、確信だった。
亜人は、家畜。人間は、主人。
その、世界の、秩序が、覆ることなど、決して、あり得ない。
「……閣下。……いかが、いたしますか」
ヴォルフラムが、静かに、問いかけた。
「……このまま、夜襲を?」
「馬鹿を言え」
ギュンターは、鼻で笑った。
「夜襲など、臆病者の、やることよ。……それに、それでは、面白くない。……奴らには、存分に、絶望を、味わわせてやらねば、ならん」
彼は、その、薄い唇に、残酷な、笑みを浮かべた。
「……まずは、使者を、送れ。……最後の、慈悲だ。……あの、生意気な、ガキの首を、差し出し、無条件降伏するならば、女子供の、命だけは、助けてやらんでもない、と、な」
それは、もはや、交渉ではなかった。
ただ、これから、始まる、一方的な、虐殺の、前に、獲物を、嬲り、楽しむ、捕食者の、戯れだった。
「……そして、その、答えを、聞くまでもなく。……夜明けと、共に、総攻撃を、開始する。……よいな?」
「…………御意」
ヴォルフラムは、短く、答えると、静かに、一礼し、陣幕を、後にした。
一人、残された、陣幕の中で。
ギュンターは、再び、アークシティの、方向を、見つめた。
城壁の上に、ずらりと並んだ、松明の、光。
それは、彼の目には、まるで、祭壇の上に、自ら、その身を、捧げる、愚かな、生贄たちの、最後の、輝きのように、見えた。
彼は、これから、始まる、一方的な、勝利の、宴を、想像し、その、肥えた、腹を、揺すって、下品に、笑い続けた。
彼は、まだ、気づいていなかった。
自分たちが、今、踏み込もうとしている場所が、ただの、亜人の、村などではなく。
この、大陸の、歴史の、全てを、塗り替える、恐るべき、眠れる、獅子の、縄張りであった、ということを。
そして、その、獅子が、既に、目を覚まし、自分たちの、その、傲慢な、喉笛に、食らいつく、瞬間を、静かに、待ち構えている、ということを。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ついに、アークシティの、目前に、姿を現した、ギュンター辺境伯の、大軍。
その、圧倒的な、威容と、辺境伯の、どこまでも、傲慢な、思考が、描かれました。
彼は、まだ、アークシティの、本当の、恐ろしさに、気づいていません。
さて、次回は、その、傲慢な、辺境伯が、放つ、最後通牒に対し、我らが、大将ケイが、驚くべき、方法で、返答します。
それは、言葉では、ない。
彼の、流儀に、則った、最も、雄弁な、戦意の、表明。
どうぞ、ご期待ください。
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次回もどうぞ、お楽しみに。




