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第2話 失った空想力

マスタードラゴンがうちに来てから数日が過ぎた。


父さんと母さんになんて説明しようか悩んでいたが、俺の魔力のことは十年前に爺ちゃんから話し合いがあったので知っていた。


よくよく考えれば当たり前のことで、生まれたばかりの息子の体に魔力を封印する術式を埋め込むんだから爺ちゃんが父さんと母さんに言わない訳ないからな。


ちなみにマスタードラゴンの事は事前に爺ちゃんから連絡があったらしく、あっさりと家族の一員として暮らす事になった。


何もかも知らされていない俺は疎外感に納得出来なかったが、誕生日パーティーで豪華なご馳走と両親からのプレゼントでとりあえず気持ちは鎮まった。


そして、月曜日の朝……元気よく学校に行こうと思ったが……。


「千歳、マー君、いってらっしゃい」


「いってきます……」


『いってくるぞ、母上殿!』


笑顔が素敵な母さんに見送られて学校に行くが、その隣にはマスタードラゴンも一緒だった。


「マスター……本当に一緒に行くのか?」


まさかマスタードラゴンが一緒に行くとは思いもよらなかったので一気に元気がなくなっていく。


『当然だ。私はアルフレッドから君の教育係としてだけではなく、護衛も任されているからな。心配するな、小学校には既に《使い魔》の手続きと登録は済ませてある』


「い、いつの間に……」


使い魔とは魔法使いや魔女が使役する動物のことでパートナーであったり忠実な従者であったりと関係性は様々である。


魔力を持つ子供はその希少性から狙われやすいので自衛の為に使い魔を学校に連れていくことが許可されている。


もちろん学校に通う児童と教師を守る為、使い魔が余計なトラブルを起こさない為に厳しいルールが設けられている。


しかし、その厳しいルールを抜きにしても多くの子供達は使い魔を連れていることに一種の憧れを抱いている。


使い魔と言う日常と掛け離れた特別な存在を連れて学校に行く……かっこいいや羨ましいなど色々な感情を持つのは仕方ないことだ。


一応マスタードラゴンは俺の教育係となっていて、使い魔としての契約を交わしている訳ではないが、傍から見ればマスタードラゴンが俺の使い魔に見えるだろう。


『はははっ、皆から注目される事は良い気分だな』


「俺はものすごく恥ずかしいんだけど……」


事実として通学中、色々な人達がマスタードラゴンを見て驚いたり、嬉しそうに声を上げて騒いだりと視線が集中して恥ずかしい気持ちだった。


そんな時、俺の気持ちを晴れやかにする綺麗な声が響いた。


「おはよう、千歳くーん!」


「あっ……真那ちゃん。おはよう」


俺に駆け寄ってきたのは可愛らしい笑顔と綺麗な黒髪をポニーテールに纏めた女の子……クラスメイトの天月真那。


「何だかみんな、妙に騒がしいけど何が──」


真那ちゃんは俺の隣でパタパタと飛んでいるマスタードラゴンを見て目を皿のように丸くした。


「え、あ、あの……千歳君。それって……」


「えっと……俺の使い魔、と言うか……魔法の先生?のマスタードラゴンって言うんだ」


「ド、ドラゴン!?うそっ!?本当に!?」


真那ちゃんはマスタードラゴンがドラゴンと知り、今まで見た事ないほどに目をキラキラと輝かせて近付いた。


「う、うん。イギリスにいる爺ちゃんが誕生日に贈ってくれたんだ……」


『初めまして、お嬢さん。私は創世の竜こと、マスタードラゴン。君は千歳の友人か?』


マスタードラゴンは俺への態度とかなり違い、真那ちゃんに紳士的な対応をする。


「は、はい!千歳君のクラスメイトの天月真那あまつきまなです!初めまして!」


『今日から千歳の使い魔として共に学校に通うことになる。よろしく頼むよ』


「こちらこそ、よろしくお願いします!」


真那ちゃんは深々と頭を下げて挨拶をすると、恐る恐る顔を上げて何か言いたそうにしていた。


「あ、あの〜……出会ったばかりでとても失礼かと思いますが、一つお願いが……」


『お願い?ふむ、千歳の友人で可愛い女子の頼みなら私に出来ることなら叶えてやろう』


「ほ、本当ですか!?それじゃあ……マスタードラゴンさん、体を触っても良いですか!?私、幻獣に触るの夢だったんです!」


そう言えば真那ちゃんは幻獣の写真や絵が掲載された《幻獣図鑑》を持っていて、いつか幻獣に会って触れ合ってみたいと語っていた。


『なんだそんなことか。マナちゃんよ、触るだけじゃなく、遠慮なく抱きしめても構わないぞ?』


「わーい、やったー!夢が一つ叶ったー!」


喜びながら真那ちゃんは嬉しさのあまり遠慮なくマスタードラゴンを抱きしめた。


『いやー、なんとも純粋で可愛らしいお嬢さんだ。うちの千歳はドラゴンである私をぞんざいに扱うからな。ぶっちゃけ、教え子を君にチェンジしたいぐらいだ』


「えー、そうなんですか?もう、千歳君。マスタードラゴンさんを困らせちゃダメだよ?」


「えっ!?あ、う、うん……気をつけます」


まさかの飛び火に心に思わぬダメージを受け、ジト目でマスタードラゴンを睨む。


おのれ、ちびドラめ……真那ちゃんに抱きしめられているだけでは飽き足らず、俺への印象を悪くしやがって……。


いつか絶対にマスタードラゴンを泣かそうと心に誓い、そのまま学校に向かうが学校に着いてから色々と大変だった。


マスタードラゴンに学校中の生徒みんなが注目して会いに来たり、俺に質問攻めするわでてんやわんやだった。


芸能人か有名人のような気分になり、心身ともにかなり疲れた。


先生達が事態収集に動いてくれて何とか落ち着きを取り戻したが、こんなことになって申し訳ない気持ちだった。


そんなこんなであっという間に小学校での時間が過ぎ、放課後に俺はマスタードラゴンと図書室にいた。


図書室は静かな空間で本が読んだり、ただいるだけでも落ち着けるので一番好きな場所だ。


幸い図書室には誰もいないので落ち着いてマスタードラゴンと話せる。


『ふむ。噂には聞いていたが、やはりドラゴンとなるとこんなにもテンションが上がるもんだな』


「当たり前だよ……ドラゴンは最強の生物と言われていて人気なんだから」


『まあ、確かに私は最強だからな!』


マスタードラゴンはドヤ顔で胸を張る。


とてもじゃないけど、その小さい姿じゃ最強とは思えない。


「その小さな姿じゃ説得力無いけど」


『むむっ!失敬な。大きな姿だと、この人間世界では不便で迷惑をかけると思って、魔法でこの小さくてプリティな姿にしたのだ!勘違いするでない!』


「自分でプリティ言うなよ。って、その姿は魔法で変えた仮の姿ってこと?じゃあ本当はもっと大きな姿なの?」


『もちろんだ。本当の姿は巨大で神々しく、かっこいいぞ』


残念ながら巨大で神々しい姿のマスタードラゴンを想像できない。


「ふーん。それで図書室に来たからには何か借りたい本でもあるの?」


『私が読むのではなく、千歳……君が読む為だ』


「俺?」


そう言うとマスタードラゴンは本棚から本を次々と取り出して俺の前に置いていく。


「……ファンタジー小説?」


それはメジャーなものからマイナーなものまである様々なファンタジー小説だった。


なんでファンタジー小説を読ませたいのか分からずいるとマスタードラゴンはその答えを淡々と説明する。


『千歳よ、君が魔法を学ぶ前にまずは失ってしまった《空想力》を取り戻してもらうぞ』


「空想力?」


『魔法を学ぶためにはもちろん学問と同じ知識や技術など必要だが、一番重要なのは空想力だ。頭と心で思い描く力があってこそ初めて魔法は発現する。だが、君はその空想力が同年代の子供達に比べてかなり欠落している』


「えっ……?」


空想力が欠落している……マスタードラゴンからのまさかの指摘に俺は言葉が失った。


一体どう言う意味なのか分からず困惑する暇も無くマスタードラゴンが理由を説明する。


『理由はアルフレッドの孫でありながら魔力は無く、魔法使いになれないと言うコンプレックス……それが君の空想力を欠落させた。魔法が使えない代わりに勉学に励み、学ぶことが出来ない魔法を無意識のうちに遠ざけたんだ』


魔力が無い、魔法が使えない。


確かに言われてみれば幼い頃にそれを自覚してからと言うもの魔法という存在から目を背けていた。


よく周りの人たちから子供っぽく無いと言われていたのもそれが原因かもしれない。


『まあ、ごちゃごちゃ言ったが、簡単に言えば子供が誰でも持つようなワクワクを取り戻せってことだ。魔法への無限の可能性、未知なる冒険の探究心……空想力が取り戻せたその時、君は大いなる魔法への道が開かれる』


子供が持つワクワク……それを心で何度も復唱しながらファンタジー小説を一冊手に取ってパラパラとページをめくる。


文章を軽く読んだだけでわかる夢や浪漫が満ち溢れた物語。


普段読まないからこそその感動や興奮が心に染み渡るような感覚となる。


本を閉じ、両親や爺ちゃんにも話したことのない思いをマスタードラゴンに打ち明ける。


「……マスタードラゴン」


『何だ?』


「俺さ……夢が無いんだよな……」


『夢?』


「うん。将来なりたい職業とか叶えたい望みとか、そう言うのが無いんだよな」


小さい頃に爺ちゃんみたいな魔法使いになりたいと思っていた。


その夢は自分の中でとても大きかったから、なれないと知った時に夢を見る心が失われたと今更ながら理解した。


でも、今は違う。


自分の中に魔力が封印されている事を知り、それを扱う為の二つの力を授けられ、導いてくれる存在がいる。


「そんな俺だけど、今なら見つけられるかな……自分の夢を」


『……千歳、君がどんな夢を持てるかは私には分からない。だが!』


マスタードラゴンに自分の不安を打ち明け、それに応えるようにマスタードラゴンは腕を組んで俺の目の前を飛ぶ。


『私は君の教育係だ。アルフレッドから魔法を教えるよう頼まれたが、君が望むのならとことん付き合おうでは無いか。君が、心から望む夢を見つけることを!』


マスタードラゴンのその言葉を聞くと自然と勇気が湧いてきた。


「マスター……ありがとう!」


『ふむ!では、早速この本を借りて早く家に帰るぞ!母上殿が今日の夕飯はカレーと言っていたからな!日本のカレーは美味しいと聞く、食べるのが楽しみだ!』


「えっ!?ちょっ、待ってよー!」


この時から俺は初めて自分が魔法少年への大きな一歩を踏み出せた気がした。


魔法を学び、自分の夢を見つけるために。




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