第2話
リアルな戦闘を書こうとしたら殺法マシマシになっちゃった。
律はゴブリンとの友好条約締結を諦め、殺戮へと意識を切り替えた。
(相手は4匹、武器は棍棒が2つと斧・鉈が一つずつ。照明役のため棍棒の一匹は戦闘に参加せず。)
対する律の武器はフラッシュライトとサバイバルナイフだけだ。防具も顔と体形を隠すためのローブだけである。まずは状況を確認し、得られるだけの情報をすべて得て戦略を構築する。
そして構築された完璧な作戦、それは...
「This is サムラァイ。」
古流武術という名の何でもありの超能力を使いこなす達人たち...異世界(現代日本)では彼らを敬意をこめてサムラァイと呼ぶ。(※呼びません)
律が前世で修めていた流派は表向きは素肌剣術で集団戦を想定していないが、口伝や型でその心得を一応は伝えている。
ゴブリンが挨拶代わりに右手の鉈を袈裟に振り下ろすが、律にフラッシュライトで強烈な光を顔に当てられたことでその勢いが一瞬弱まる。
その隙を見逃さずに接近し、左腕とライトで相手の右手を抑えつつ正対して円を描くように右回りに動く。
ゴブリンの意識が武器に集中しているところを、律が右手のナイフで無防備に晒された頸動脈を右左と両方とも流れるように二度撫で斬った。
頸動脈を斬られたことで血を吹き出しながら倒れこむゴブリンを観察していた律だが、ふと左足だけを少し斜め後ろに動かした。その直後、動かした左足を軸にしながら股関節を緩めて反時計回りに回転する。
回転している律の視界に、自身が直前までいた場所に棍棒を振り下ろすゴブリンの姿が映る。顔の横をギリギリで通過する棍棒が空気を切り裂く音を聞きながら、律はフラッシュライトでゴブリンの顔を照らす。
嫌がって思わず左手を顔に翳したゴブリンに対し、回転を止めた反作用を利用して左足を一歩踏み込みながら、居合の抜き付けの要領でナイフを右に薙ぎ払う。
本来であれば切断とまではいかない程度だったが、律の能力によってナイフは左手をバターナイフのように抵抗なく切断した。
そのまま右後ろから首を狙って薙ぎ払われる斧をノールックで倒れこむように下に躱しつつ、左足で斧をもつゴブリンに足払いを繰り出す。身体ほどの長さの斧を全力で振ろうと踏み込んでいたため、ゴブリンは足払いによって簡単に体勢が崩れてしまう。
その隙を見逃さず、ナイフを逆手に持ち替えて倒れこんでくるゴブリンの左脇を斬りながら横に跳びあがった。さらに、脇を斬られた痛みで苦しんでいるゴブリンの首を足刀でへし折り即死させる。
ちなみに先ほど手首を切断されたゴブリンだが、飛んで行った斧が偶然にも当たって即死した。
(この能力って集団戦だとチートだな。)
改めて自分の能力の凶悪さを実感した彼は、残る松明を持つゴブリンへとその意識を向けた。ゴブリンはどうやら恐怖しているようで、最初のような殺気はもはや感じなかった。
「へぇ...。感情あるんだ。」
モンスターのことを、人間を殺戮するように神によってプログラムされた人工生物だとでも思っていたが、どうやら違うらしい。
恐怖に耐えられなくなったらしいゴブリンは、何度も躓き転びながら律から距離を取ろうとする。
「殺っていいのは殺られる覚悟のある奴だけだ...ってね。」
必死に地面を這っていたゴブリンだったが、急に全身が締め付けられ、骨や内臓が飛び出しながら潰れていく。
律の能力によって圧縮された後、解放されたときにはミンチのようで原型を留めておらず、すでに息絶えていた。
凄惨な光景を背後に、彼は振り向くことなく歩み去っていった。
◇ ◇
ダンジョンでの初戦闘をこなした律は、しばらく歩いていると戦闘音が聞こえることに気付いた。気になって見に行くと、どうやら女性一人がゴブリン3匹と戦っているらしい。
トイレに行った後で迷ってグループとはぐれたとか、どうせそんなところだろう。
(かわいそうに。まぁ応援くらいはしてあげるよ。)
そう心の中で雑に勝利を祈りつつ面倒ごとを避けようとした律だったが、残念ながら彼女に見つかってしまった。
「そ、そこの誰か!どうか!どうか助けてください!」
「...。」
(ゴブリン3匹くらい自分で何とかしろよな。)
律は勘違いしているが、ゴブリンといえど普通は1階層にいるような初心者には難敵だ。そもそも、これまで殺し合いの経験がない一般人が、いきなり殺意をもって襲い掛かるモンスターと戦えるわけがない。
実戦では、恐怖で足が竦み、全身が震え、動き出すことすらままならないのが素人である。仮に動けたところで、恐怖と緊張で正常な思考や周囲の状況判断ができない。そのように、何一つ余裕がないのが普通なのだ。
だからこそ、集団戦で責任感で恐怖を押し潰して克服しつつ慣れていくのが定石となっている。
律のように、普段から本身の武器で稽古している武術家が世間からすると異常なのだ。とはいえ、ここではその事実を指摘できる人はいない。
「ほ、本当にお願いします!!なんでもしますからぁ!!」
「...。」
欠片も戦う気が起きないため立ち去ろうとした律だったが、彼女が泣きながら発した言葉で歩みを止めることになる。
「お金でも身体でも払いますからぁ!!...いやぁ、助けてぇ!!」
「待て、お金だと!?いくらだ?」
「えっ?......ッ!!」
思いがけず返ってきた言葉に気が抜けてしまった彼女に、ゴブリンの持つロングソードが迫る。死を覚悟し目を瞑った彼女だったが、その凶刃が届くことはなかった。
「う、うそ...。」
(この発動速度に威力と距離...かなり高レベルの気流操作系の能力者じゃ...。)
突如として吹き荒れる突風に押し流され、つい直前まで彼女を斬りつけようとしていたはずのゴブリンが壁のシミになっていた。唖然としている彼女に、律は交渉を続ける。
「いくら出せる?金額次第では助けてやろう。」
「...ここでは分かりません。で、ですが!お爺様は新潟開発の校長ですから期待はできるはずです!」
「なにっ!?校長だと...!?じゃ、じゃあ金額はどうでもいいから、それよりも研究棟への入棟許可とか閉架書庫の論文の閲覧許可も付けてくれないか!?」
「そ、それはどうでしょう...。交渉の場なら作れるとは思いますが...。」
「では交渉成立だ。君を無事に外へ連れて帰ることを約束しよう。」
律はそう宣言すると同時に、ゴブリンへ手持ちのナイフを投げつけた。何気なく投げたそのナイフは、しかし尋常ではない速さまで加速し、ゴブリンに命中して頭を破裂させた。
残り1匹となったゴブリンが逃げ出そうとしたが、律によって周囲の空気が固定されて動くことができなかった。
「恨むなら、彼女が校長の孫だったことを恨め。」
さりげない責任転嫁とともに、飛んでいったはずのナイフが軌道を変えて動けないゴブリンへと向かい、先ほどと同じ光景がもう一度繰り返された。
(す、すごい...!でもこれほど実力があるなら名の知れた人のはず...。)
日本の気流操作系の能力者でここまでのトップクラスとなると一人しかいないが、彼女は女性のはずだ。目の前の人物は、ローブ姿のため分からないが、少し高いものの声からして男性のようだ。
では一体目の前の人物は何者だろうか?
「私は伝波 光と申します。...お名前を伺っても?」
「そうだなぁ...。」
しばらく考えたあとで、次のように名乗った。
「『ミスターユナイテッド☆大沢』とでも覚えておいてくれ。」
「お、小沢さんですね...。」
「大沢だよ!」
それが彼女と天野 律の初対面だった。
かつてこれほどの殺意の塊のような主人公はいただろうか...。ギャグで中和しきれていない気がする。