#092 渡鴉の置き土産(後)
問:以下の文章に矛盾が含まれています。分かったら新宿交差点の真ん中で叫ばず、思い出の中にそっとしまってください。
(配点:3.14点)
寝室に招き入れた百ちゃんに、葛山氏元殿が武田への謀反を画策しているらしい、という話を伝えると、百ちゃんはいつもと変わらない様子で頷いた。
「左様にございますか。されば、今宵にでも葛山領に向けて出立いたしますが。」
話が早い…いや早すぎる百ちゃんに、五郎殿と私は揃って苦笑した。
「待て待て…八郎の屋敷を訪れて何とする。まだ務めを言い渡してはおらぬぞ。」
「…何卒ご容赦を。今川家復権の足掛かりになるかと思い、先走った事を申しました。」
「お主にはまず見立てを聞きたい。葛山八郎の叛意、いかほど当てになるか…そして、葛山領を介して甲斐信濃に忍び入り、物見(偵察)をする事は出来るか。」
百ちゃんはさっき私達が目を通した手紙をじっと見つめると、おもむろに口を開いた。
「八郎殿の叛意は疑うべくも無いかと。乱世を渡る術とは言え、比興者と指差されても文句の言えない不行跡を重ねて参られたからには…ご自身の立場がいかに危ういかは百も承知でございましょう。甲斐信濃への物見は…八郎殿の手引きがあれば十分に容易いかと。」
百ちゃんの返答を聞いた五郎殿は、しばらくじっと考え込んだ。
「相分かった。葛山八郎に叛意ありとの事、儂から左京大夫(氏政)殿に内密に言上しておこう。百、お主は明朝葛山領に向けて出立し、八郎の屋敷を訪ねて潜り込め。年始の挨拶のため、八郎も甲府に出仕せなばならぬ筈。そこに付け入る…結、お主もそれで構わぬか?」
おおむね異論は無い。
沓谷衆からの情報によれば武田信玄は徳川家康との戦に連戦連勝、撤退の兆しは全くと言っていい程無い。この機を逃せば、次に甲斐信濃の警戒態勢が緩むのは何年先になるか…。
「異存はございません。ただ…八郎殿の叛意を兄に知らせてもよいものでしょうか。兄が八郎殿の望みを聞き届ける義理はありません。武田との友誼を重んじるとなれば、むしろ八郎殿の叛意を信玄に知らせようと考えるやも…。」
氏政兄さんが氏元殿の叛意をチクれば、潜入中の百ちゃんにも危険が及ぶ可能性がある。
「お主の申す通りじゃ。されど…帰参を許すにせよ許さぬにせよ、北条の世話になっている儂にはどうしようもない。それに、左京大夫殿に内証で事を進めれば…それは左京大夫殿に不義理を働く事となる。百には苦労をかけるが、八郎と左京大夫殿の双方に筋を通すにはこの道しかあるまい。」
「御前様、ご心配なく…わたくしは武士にあらず、忍びにございますれば。泥水をすすっても必ず生きて帰ります。」
五郎殿の正論と、百ちゃんの覚悟を前に、私は黙って頷く他なかった。
「時に、何処に重きを置いて物見に臨めば…?」
「うむ…諏訪四郎の縁者や所縁の地を探ってもらいたい。」
諏訪四郎…勝頼か。
「それは、なにゆえ…?」
一応確認のため、五郎殿に聞き返す。別に他に調べる当てがある訳でもないが。
「当世きっての戦上手たる信玄も人の理からは逃れられぬ。とうに息子に家督を譲っていてもおかしくない高齢、にもかかわらず…未だ名実共に当主の座にある。年の頃や武功を勘案しても、家督を継ぐは諏訪四郎を除いて他にあるまいに。」
「…成程。いずれ武田を背負って立つであろう諏訪四郎の身辺を探れば、向後武田と渡り合う道筋が見えて来る、と…得心が行きました。」
ゲスい言い方をすれば、強請のネタを今の内に仕入れておこうという訳だ。
まあ今の今川家に手段を選べる余裕は無いが。
「我らの遣いであることを証明するには…式部丞殿と共に持ち帰られた結の証文を八郎に見せるが良かろう。」
「確かに…あれを見れば八郎殿も、ご自身の思惑が当家に伝わった事、そして百が当家の遣いである事に得心がいくでしょう。」
この手の話は緻密に計画するより、要点だけ押さえてあとは臨機応変に対応する方が望ましい…というのが第二の人生で得た教訓の一つである。幸い百ちゃんは多芸多才で頭の回転も早いので、ザックリした指示でも大抵の事は上手くやってくれるのだ。
…だからといって、何の心配も無いという訳では勿論無いが。
「釈迦に説法を承知で言うけれど…必ず生きて戻って来て。ただの物見遊山で終わっても構わない、武田が張った網を掻い潜って生還するだけでも大手柄の筈よ。」
「…御前様の有り難いお言葉、胸に刻みます。」
私の発言は好機を台無しにしかねないものだったが、私と百ちゃんの付き合いの長さを知っているからか、五郎殿は微笑むだけで何も言わなかった。
翌朝、百ちゃんはいつものように休暇届を書面で提出すると、誰にも見送られる事無く静かに西へと旅立ったのだった。
答:氏真は『人の理からは~』と言っているのに、主人公に幼少期から仕えている百ちゃんが衰えている気配が無い。
※ご都合主義というか、オカルト的なアレです。
漠然とではありますが理由は一応考えてありますので、いつかお示し出来ると思います。




