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#091 渡鴉の置き土産(中)

大藤家の屋敷を訪れた結は、政信の正妻である籠目から政信の手紙を受け取った。

そこに隠された仕掛けとは…⁉

ダンドンダンドンダンドンダンドン(ハードルが上がる音)

「式部丞殿と籠目殿の真心がこもった土産じゃ、今宵二人でゆっくり目を通すとしよう…そうじゃ、この際我らが受け取った文も読み返すのも一興かも知れぬのう。」


 五郎殿と結婚してもうすぐ20年、夫の性格はある程度分かっている積もりだ。相手を馬鹿にしているようで誠実に応答したり、何でもない言葉にとんでもない裏が隠されていたり…。だから今回の提案にも、何かしらの意図があるんだろうな、と漠然と考えてはいた。

 しかし、これは…正直、予想以上だ。


「まさか、籠目殿(おくがた)宛てに認めた文と合わせれば、武田に付け入る隙を見つけられる仕掛けになっていたとは。」


 大藤家を訪問した日の夜、五郎殿と寝室で二人きりになり、これまでに政信殿から送られてきた手紙と、籠目殿に届いていた手紙を見比べていた私は驚きながらそう言った。

 政信殿から私達への情報提供は、表向き籠目殿に宛てて出された手紙の二枚目以降に限られており、一枚目は奥さんへの確認や他愛のない近況報告に過ぎない…筈だった。

 だが、一枚目の内容をよく読むと、武田信玄がどれほど厳重な警備で守られているか等々、私達の役に立つ情報が幾つも含まれている。更には、内通者(候補)の存在も判明した。


葛山(かつらやま)八郎(はちろう)殿、宴席にてしきりに上総国(かずさのくに)の情勢を尋ね(そうろう)。一首、()まれ候。

『川の水 今は早くて ()し得ぬを ()く収まれと 彼岸をば見ゆ』」


 葛山八郎…氏元殿は、武田信玄が駿甲相三国同盟を破棄して駿河に攻め入った際に、今川から離反した元御一家衆だ。当然、五郎殿の血祭りリストにも名前が載っているのだが…。


(えん)所縁(ゆかり)も無い上総国について尋ねている…歌で『川』『今』『早』と詠んでいる…これはつまり…。」

「再び儂と(よしみ)を通じたい、と…そう申しているのであろうな。」


 少しぎこちない微笑みを浮かべながら、五郎殿が言った。

 五郎殿は没落しても忠誠を誓ってくれた家臣にとことん甘い反面、今川が落ち目となるや離反した旧臣には冷たい態度を取って来た。まあ裏切っても許してもらえるとなるとナメられるに決まっているので、当然と言えば当然だが。

 しかしこれは千載一遇のチャンスだ。

 政信殿の観察眼が確かなら、信玄の身の回りを固めるために武田の忍びが多数駆り出されているから、これまで警戒が厳しかった甲斐(山梨県)信濃(長野県)への潜入が容易になっている可能性が高い。都合の良い事に、氏元殿の所領は北条領と接しているから、上手く事が運べば…。


「それにしても、八郎殿は何故今になって…。」

「ふむ…八郎はかねてより駿甲相の境目に居を構えて三方と誼を通じ、渡り歩く事で武威を保って参った。されど…その一角たる今川が没落。武田と北条が和睦して境目の相論(国境画定交渉)にも片が付いたとなれば…葛山が口を差し挟む余地が無い。確か八郎は武田に忠節を示すため、信玄の息子を婿養子に迎え、家督を譲っておった筈。北条との戦が続いておれば後から覆せると踏んだは良いが、当てが外れて信玄の心変わりを恐れておるのであろう。そこで北条に活路を求め、今川(われら)の縁を手繰り寄せた…といった所か。」


 う~ん、成程。だいぶ自業自得のような気がするが、『境目の国衆』としては当然の行動だろう。

 問題があるとすれば…。


「されど八郎殿が北条に鞍替えすれば、武田は北条を恨む次第となりましょう。氏政(あにうえ)が左様な不義理を認めるとも思えませぬが…。」


 無理矢理現代風に例えれば、友好関係にある元ライバル企業に、支社や事業所が丸ごと移籍する…といった所だろうか。

 父上の外交方針を覆してまで武田との和睦にこぎ着けた氏政兄さんがそんな申し出を承諾するとは、当人の性格から言っても、損得勘定から言っても有り得ないと思うが…。


「…まずは(もも)の見立てを聞こう。呼んでくれぬか。」

「大事な話とお見受けしましたので、先刻から外に控えさせております。」


 大藤与七殿との模擬戦とは比べ物にならない緊張感に、小さく喉を鳴らしてから、私は障子の向こうの百ちゃんを呼んだ。

 止まっていた時計が動き出したような、そんな予感を覚えながら。

そろそろ戦国史の本筋というか、広く知られている合戦や出来事に関連する描写が増えていくと思います。

読者の皆様に『本当にそうだったのかも…』と思っていただけるような、説得力のあるストーリーをお届け出来るよう精進して参ります。

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