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#083 冬季特別演習:大藤与七vs早川殿『開戦』

いよいよ模擬戦の開幕です。

全体の解説と大藤与七視点を詰め込んだ結果、平均より長くなりました。

元亀三年(西暦1572年)十二月 相模国 小田原


 冬の朝日が小田原城の東、酒匂川(さかわがわ)東岸を照らし出す。

 大藤与七の行く末を占う模擬戦の開幕を間近に控え、臨時に整備された練兵場の周辺は警固の侍や見物客でごった返していた。

 注連縄(しめなわ)で区切られた練兵場は東西40間(約72メートル)、南北60間(約108メートル)。現代で言うサッカーコート程度の広さである。四隅と中間の計六か所に建てられた物見矢倉には、軍監を務める松田憲秀の家臣が詰めている。

 この枠内でぶつかり合うのが、大藤与七と早川殿、それぞれが率いる百名の軍勢である。

 本陣に設定されているのは練兵場の北端と南端に築かれた小高い丘の上。大将と九人の組頭がそれぞれ九人の兵を率いる、10名×10組の編制となっている。

 だが、その有利不利は一見して明らかだ。

 南の丘は北のそれより幾らか高く造られており、西側の(ふもと)には酒匂川の支流が南の浜辺に向かって流れている。その上南側には竹林が生い茂っているという事は…南側の本陣に陣取る軍勢は左手と後背を警戒する責務から解放されたも同然と言える。

 一方で、北の丘は酒匂川支流の湾曲部分から離れている。南側より眺望が悪く、防御の頼みに出来る地形が存在しないという事だ。

 大抵の指揮官であれば迷わず陣取るであろう南側の丘、そこに本陣を構えたのは――


「この模擬戦(ためしいくさ)、勝ったも同然じゃな。」


 ――古めかしい甲冑に身を包んだ大藤与七だった。

 床几に腰掛けて勝ち誇る若き主に、色あせた甲冑を身にまとった傅役は諫言を試みる。


「若、慢心は大敵にございますぞ…そもそも百名(にんずう)を揃える事すら危うかったではありませぬか。」

「ええい、蒸し返すでない。思わぬ不運が重なったがゆえの事ではないか。」


 与七の脳裏をよぎったのは、四日前…松田憲秀が自宅を訪問してから起きた、一連の出来事だった。




「先刻、早川殿にもお伝え申し上げたが…模擬戦の日取りは明明後日(しあさって)と相成った。言うまでも無いが…必ずや人数を揃え、前日には現地に着到すべし。」


 模擬戦まで七日『も』あるのだから、中郡郡(なかごおりぐん)の領民に陣触を出すのはまだ先でいいだろう――楽観していた与七は一通り慌てふためいた後、急いで陣触を出した…が、反応は(かんば)しくなかった。

 農閑期の軍役ともなれば、召集先での兵糧を目当てに応じる農民が続出するのが定石だ。にもかかわらず、各村から戻って来た返事から算出された結果は、期日までに集められる兵数が50に満たないという事実を指し示していた。


(全く運の無い…小田原の道普請(道路工事)に人手を取られるとは…されどそこで『忠』と『友』が真価を発揮した。)


 このままでは規定の半数の兵力で模擬戦に臨む羽目になる。

 焦る与七の元に馳せ参じたのが、共に立身出世を求めて切磋琢磨する若武者の集いである『若鷹衆』と、亡父の忘れ形見である直属部隊、『渡鴉』の足軽達だった。


(『若鷹衆』の面々はともかく、『渡鴉』の連中はもっと早く馳走して然るべきであろうが…まあよい。)


 銭で汚れ仕事を引き受ける足軽を用いる事に少なからぬ抵抗はあったものの、背に腹は代えられない。陣触に応じた農民、『渡鴉』の足軽、『若鷹衆』の同輩に、屋敷の使用人から従軍経験を持つ者を見繕って、どうにか百人の軍勢を仕立てる事に成功した…という次第だ。




「早川殿も少しは知恵を絞られたようじゃがのう。日々兵書を読み、武芸に励んで来たわしの機転には敵わなかったという事よ。」


 前日の顔合わせにおける一幕を思い出し、与七はほくそ笑んだ。

 早川殿が『手入れ』の名目で練兵場を弄り回したと知った与七は、咄嗟に南北どちらの丘を本陣に選ぶかの選択権が自身にあると主張し、より有利な方を掴み取ったのだ。


(呆気に取られ、不貞腐れる早川殿の顔と来たら…痛快であった。)


 与七軍の編制は以下の通り。

 一番隊、与七が直率し、傅役が補佐する本陣。

 二番隊、『若鷹衆』の武者のみで編成された重装歩兵。

 三番~六番隊、前衛の進退を援護する弓兵部隊。

 七番~十番隊、『渡鴉』の足軽のみで編成された長鑓部隊。

 本陣の前に二番隊が陣取り、その前に三番~六番隊、さらにその前に七番~十番隊が横一列で布陣している。


(長鑓の槍衾(やりぶすま)で相手の動きを封じ、矢の雨を降らせて頭数を減らす。隙あらば『若鷹衆』を加えて敵の(そなえ)を破り、真っ向から押し詰めて本陣を落とす…これで騎乗が許されていれば、言う事無しであったな。)


 今回の模擬戦は、安全性や公平性の観点から幾つもの制約が設けられている。

 武装は刀、鑓、弓に限定され、木刀を用いる等して殺傷能力を徹底して低減。

 『攻撃』『防御』の結果を判定する審判役および双方に五名ずつ割り当てられた伝令のみ騎乗を許され、その他の騎乗は厳禁。

 敵味方の識別のため、早川殿の軍勢は赤、与七の軍勢は白の鉢巻を装着。

 模擬戦中に注連縄から出た者は敵前逃亡扱いとする、等々…。


(わしと『若鷹衆』が轡を並べて早川郷の弱兵を蹴散らし、一息に北の本陣を落とすのも一興であったが…あっという間に終わってもつまらぬか。)


 自身の勝利を疑わず、勝ち方を妄想する与七の横で、傅役はせわしなく練兵場のあちこちを見回していた。派手な戦歴はなくとも、それなりの実戦経験があれば若武者より気付く事はあるのだ。


(あの構え…やはり陽斎殿が実質的な総大将なのでは…それにしても、あの土塊(つちくれ)と長屋は何じゃ?)


 やけに目付きの鋭い農兵、赤羽陽斎が中心となった隊形など、気になる点は多数あったが、それに加えて気に掛かったのが練兵場に流れ込む酒匂川の支流、その湾曲部の北岸に盛られた土の山。

 そして同じく酒匂川の支流の西岸――南側の本陣の麓から川を挟んで向かい側――にある、解体途中で放置されたと思しき長屋である。


(ここまで手を加えておいて、土塊と長屋一棟だけそのままとは…伏兵でもいるのかと家探しをさせたものの、誰も居なかったとなると…ううむ分からぬ。)


 そうこうしている間に法螺(ほら)貝の音が響き渡る。――模擬戦開始の合図だ。


「時は来た‼伝令、三番隊から十番隊まで下知を届けよ!横一線を保ったまま前進し、敵勢を磨り潰すのじゃ!」


 緊張と興奮が入り混じった声で、与七が前進命令を下す。

 傅役は違和感を抱えたまま、本陣を出て行く伝令達を黙って見送った。

戦況:状況開始


早川軍(北)100vs与七軍(南)100

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