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#079 鴉の子は鷹になりたい(中)

大藤政信の遺言、開帳。

「では式部丞殿…与七様の御父君が遺された置文(おきぶみ)について、改めて申し上げます。」


 与七殿の背後に控えていた壮年の傅役(もりやく)が懐から取り出した書状を開いて読み上げるのを、私達は黙って見守った。




 政信殿の置文…つまり遺言書の内容はおおむね次の通り。

 第一に家督相続。

 大藤家の家督を継ぐのは嫡男の与七殿…ではなく、正妻の籠目(かごめ)殿。

 よって第二の問題…財産分与に関しても半自動的に答えが出る。

 即ち、政信殿が預かっていた知行の所有権は籠目殿が継承する。その他、屋敷や米蔵等も籠目殿の物になり…遺産の内半分は籠目殿が引き継ぐ訳だ。

 残り半分、銭や太刀などの名品宝物は赤羽陽斎殿に譲渡。ただしその条件として、陽斎殿が与七殿を一端の足軽大将になるまで養育する事…そんな条項が付け加えられていた。




「な…そんな馬鹿な!母上が知行や屋敷を相続し…拙者には一銭も与えぬと⁉その上、その…赤羽陽斎なる者に師事せよと、父上は一体何を考えて…!」


 感情をあらわに喚く与七殿を見ながら、私は政信殿が最後に残した計略に小さく唸った。端的に言えば、これは大藤家を北条の足軽大将として存続させるための策なのだ。

 まず籠目殿が大藤家の当主になる…これは前例が全く無い訳ではない。『男性』かつ『成人した』当主がいない家を維持するために、『つなぎ』として女性親族が当主になるケースが稀にあるからだ。

 では、籠目殿が『つなぎ』なら本命は誰か――当然、与七殿だ。しかしこの様子では父親=政信殿のような働きは望むべくも無い。

 そこで、歴戦の足軽大将である陽斎殿に稽古を付けてもらって、実力が着いた所で籠目殿から家督と諸々の財産を相続させる…そういう算段だろう。

 しかし身代(ざいさん)半分とは、政信殿も大きく出たものだ。

 そう思いながら突然巻き込まれたであろう陽斎殿の様子を窺うと、苦笑いしながら片手で頭を押さえていた。…何か思い当たる節でもあったのだろうか?


「か、斯様な無茶苦茶な置文…無効じゃ!」


 政信殿の遺言が一段落した所で、与七殿が立ち上がり、悲鳴のような声を上げた。しかし傅役は首を横に振る。


「若、そういう訳には…この置文は御屋形様の花押(サイン)を賜ってござる。」

「然り。確かにわしが花押を書き入れた。」


 氏政兄さんが自身の関与を認めると、与七殿は文字通り地団駄を踏んだ。


「斯様な…おのれ、死して尚拙者の足を引っ張りおって…御屋形様、どうか、どうかご再考を!拙者はこれまで邪道に頼らず、正道にて勝つための修練を積んで参りました!常は御屋形様のお傍に控え、戦場では一番鑓をご覧に入れましょう!どうか拙者をお引き立ていただきたく…!」


 御屋形様の下知ならば、例え火の中水の中…じゃないんかい。

 無言でツッコミを入れながら氏政兄さんに視線を向けると、兄さんは私に一瞬困ったような視線を送ってから重々しくため息を吐いた。


「上総介殿…赤羽陽斎は貴殿の足軽大将であったな。この件、いかに思われる。」

「ほほほ…流石式部丞殿、抜け目の無い…されど、与七殿は得心が行かぬようじゃのう。」

「と、当然にござる!」


 周囲の喧騒をまるで他人事のように話す五郎殿に、与七殿が声を荒げると、五郎殿は扇子を開いて口元を隠した。

 …ほとんどの人には見えなかっただろうが、その口元は獲物を捕らえた肉食獣のような獰猛な笑みを象っていた。


「では、こうしてはいかがであろう。与七殿の『正道』と陽斎の『邪道』、どちらが優れているか、模擬戦(ためしいくさ)にて推し量るというのは…。」

「上総介殿、まさか…陽斎を雇って兵を募るお積もりか。」


 氏政兄さんが鋭い目付きを向けると、五郎殿は獰猛な笑みを扇子と一緒に引っ込め、捉え所の無い柔和な顔で首を横に振った。


「いやいや、これはしたり…着到定書を頂戴しておらぬ儂が左京大夫殿のお膝元で兵を募るなど、不埒千万にござった。されば…(ゆい)が陽斎を雇い、総大将を務めるのはいかがにござろう。」


 …いやここで私に振るんかい!

 私が内心でツッコミを入れている間に話はまとまって行き――与七殿が『やったぜ』みたいな顔をしているのがちょっとムカついた――模擬戦の場所や日取り等、大枠が決まって、氏政兄さんが退出する直前。

 私はちょっとした賭けに出た。


「左京大夫殿、そういえば何か急用がおありでは?」


 ありもしない用事を持ち出すと、氏政兄さんは一瞬考え込んだ。


「…ああ、あの件か。しかし此処は少し具合が悪い…明日また登城せよ。」

「かしこまりましてございます。」


 真面目くさった返事をしながら、私は小さくガッツポーズをしたのだった。

『女武将』、『女城主』、『女大名』という表現はしばしば用いられても、『男武将』、『男城主』、『男大名』はまず使われない。

この傾向自体が、戦国時代に女性がリーダーになる事は例外だったという事実の証明になると思います。

単純に女性がトップになったからと言って、すぐに家臣が謀反を起こすという訳でも無いので、「現状からするとこの人が当主(代行)でも仕方ないか…」みたいなふわっとした基準はあったようです。

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