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#078 鴉の子は鷹になりたい(前)

舞台が再び小田原に戻ります。

どマイナー武将大藤政信の戦死が主人公の日常にどんな波紋をもたらすのか、楽しんでいただければ幸いです。

元亀三年(西暦1572年)十二月 相模国 小田原城


「今川上総介殿はまだしも、なにゆえその奥方やお抱えの足軽大将まで同席しておいでか。」


 向かいの若武者にキツい視線と言葉を向けられて、私は喉まで出かかったため息をグッと飲み込んだ。

 どうしてこんな所にいるのかって、それはこちらの台詞である。




 大藤式部丞政信殿が討死した。12月上旬、その知らせを聞いた時の私の反応はそれはそれは淡白だった。

 庶民の一人や二人が死んだのケガしたので数日ニュースのタネになる現代日本と違って、戦争、傷病、飢餓、領主の気まぐれと死の危険がそこら中に転がっている戦国時代では、この間まで元気だった人が突然…みたいなケースは珍しくも何とも無いのだ。

 曲がりなりにも乱世に揉まれて二十余年、この程度で泣いたり喚いたりしていたら身が持たない。

 ただ、報告に来た政信殿の手下Aさんに可能な限り丁寧にお悔やみを申し上げはしたし、その夜は五郎殿と政信殿にまつわる思い出話をしてある種の区切りを付けた…積もりだったのだが。


「今川上総介殿、奥方様、そして赤羽陽斎殿。御屋形様がお召しにございます。明朝本丸御殿までお越しいただきたく…。」


 政信殿討死の報からおよそ十日後、厳かに、そして有無を言わさぬ口調で氏政兄さんの小姓に命じられたとあっては、行かない理由がある筈も無い。

 半日猶予があるだけ有情だと自分を慰めながら準備をして、翌日三人で登城。指定された通り応接間に行くと、入口から見て右側に壮年の武士を従えた若武者が座っていた。


「お初にお目にかかりまする。拙者、大藤式部丞が嫡子、与七(よしち)と申しまする。」

「おお貴殿が。いや此度の事、何と申し上げれば良いやら…お父上とはかつて轡を並べて戦った仲でのう…。」


 五郎殿が大藤与七殿の向かいに着座するのに合わせて、私はその斜め後ろに座りながら、さり気なく与七殿を観察した。…本当に政信殿の息子か?というのが第一印象である。

 居住まいは折り目正しく、藍染めの羽織を基調とした身だしなみも清潔感に溢れている。政信殿が町工場のベテランパートリーダーだとしたら、与七殿は大手企業の面接に来た新人候補生って感じだ。

 しかし顔をよ~く見ると…目や鼻が政信殿に似ている。あの汚い口ひげを生やしたらお父さんそっくりになるんじゃなかろうか。

 …と、私の視線に気付いたのか、不愉快そうに眉根を寄せた与七殿が五郎殿の後方――つまり私と陽斎殿に視線を飛ばし、おもむろに口を開いた。




 で、冒頭の台詞に至る次第である。

 何で私と陽斎殿もついて来たのかって、それは…。


「我らは左京大夫(氏政)殿の下知を賜って参上したのじゃが…与七殿は左京大夫殿の差配に不服でも?」

「ふっ…ななな、何を申される!御屋形様の下知とあらば、例え火の中水の中!不服などあろう筈も無い!そ、そうじゃ。奥方様と足軽大将がおいでになったとて、何の不思議があろう。否、無い!」


 大丈夫か、この嫡男は。

 五郎殿の軽いジャブにシャドーボクシングみたいな反撃をする与七殿に、今度は呆れのため息をこらえなければならなかった。

 上級武士くらいになると公家との付き合いなんかもあるので、物腰が比較的柔らかくなるのだが、平時は口で出世争い、有事は鑓で出世争いで忙しい下級武士ともなれば罵詈雑言の応酬は日常茶飯事だ。

 前髪がある=月代(さかやき)を剃っていないから元服(せいじん)前なのだろうが…こんな調子では一般武士としてデビューしてもまともにやっていけるか大いに不安である。


「御屋形様のお成りにござる。」


 と、この城の主が近付いているという先触れがあったので全員口を閉ざし、平伏する。視界の端を、供回りを連れた氏政兄さんの足が通り過ぎ、やがて上座から「(おもて)を上げよ」との許可が出た。

 顔を上げながら兄さんの様子を盗み見ると、一見いつもの仏頂面だが…どことなく緊張しているようにも見える。


「双方、大儀である。此度呼び立てたは他でもない…先日討死した大藤式部丞の家督について、(はか)りたい儀がある。」


 ふ~ん、大藤家の家督相続について話す場に、私達を呼ぶ、ねえ。…なんか嫌な予感。

次回、大藤家の家督相続問題に続く。

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