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#007 大平城攻防戦(後)

一週間ご覧くださった皆様、ありがとうございます。

今後はある程度話数が溜まり次第、月曜~金曜にかけて連続投稿を行う予定です。

「大平城の後詰は、無事に間に合ったようにございます。」


 小田原城の一室。

 北条家当主、氏政(うじまさ)が、碁盤に石を打ちながら言った。


「そりゃあ目出度(めでて)え…なんて言ってる場合じゃねえな。」


 対面、苦々しい表情で打ち返した初老の男は氏康(うじやす)――氏政の父であり、北条家の先代当主だった男である。


「然り。ここ小田原を囲んで後、武田の攻勢は留まる所を知りませぬ。駿東(駿河国東部)はほとんどが武田菱の下に置かれ申した。」


 氏康は不測の事態に備えて、早々に氏政(むすこ)に家督を譲り、政治、軍事の実権を順次委譲して来た。

 その采配は図に当たり、氏政は日本国内有数の広大な所領を経営しながら、甲斐武田を始めとした諸大名と渡り合うという、卓越した手腕を発揮している。

 だが、武田信玄の軍才はその上を行っていた。


「越後(上杉謙信)と和睦して後顧の憂いを断ち、駿東に兵を出して信玄の側背を(おびや)かす…そこまでは良かった。だが、薩埵(さつた)辺りで手こずってる間に上野(こうずけ=群馬県)から小田原まで攻め込まれて…それからこっち、後手後手だ。」


 一通り現状を振り返った氏康は、重々しく溜息をついた。


(おおとり)殿と離縁までさせといて、この始末…済まねえな。」

「左様な事をおっしゃいますな。拙者も覚悟の上にございました。」


 鳳は、駿甲相三国同盟の証として武田から迎えた氏政の正妻だった。

 夫婦仲は良好だったが、武田信玄が盟約を破棄して駿河に攻め込んだ際、北条家の覚悟を示す意味を込めて、鳳は甲斐国(じっか)に送り返されたのだった。


「このまま武田との戦を続けても、上総介(氏真)殿が駿河を取り返せる見込みはまるで無え。無益な戦はとっとと畳んで、武田と和睦するのが上策。…と言いてえ所だが。」

「先に盟約を破って駿河を侵したのは甲斐武田…これを易々と許しては北条の面子(メンツ)が立たぬ…と。父上の深謀遠慮、心得てございます。」


 息子の従順な返答に、氏康は一瞬眉根を寄せてから二三度頷いた。


「いずれにしても…上総介殿を大平から小田原に引き取るっきゃねえな。此度の奇策が何遍も通用する道理も無し…次に武田に囲まれたら、今度こそ危うい。」

「仰せの通りにございますが…上総介殿が駿河国を立ち退けば、大義名分が弱くなりますな。」

「全くその通りだ、頭が痛え…ちょうど明日、竜王丸殿のご機嫌伺いを名目に早川郷まで行って来るつもりだ。結に探りを入れて来る。」

「承知仕りましてございます。」


 碁石をつまんだ指の腹で眉間を叩く氏康に、氏政は慇懃に頭を下げた。




「御屋形様、御本城様(ごほんじょうさま=北条氏康)のお考えは…?」

「相変わらずじゃ。面子にこだわって武田との和睦など歯牙にもかけぬ。越後勢は坂東に攻め込んで来ぬというだけで、一兵たりとも加勢を寄越さぬというに…。武田との連絡(つなぎ)はどうなっておる。」

(つつが)なく。先方も北条との戦に飽いておられるようで…御屋形様の沙汰次第でいつでも条件を詰められまする。」

(はや)るでない、父上の意向を無碍(むげ)には出来ぬ。当面は内密に連絡を保つのじゃ。」

「御意。…恐れながら御屋形様がお望みとあらば、押籠(おしこめ)という手も――」

「…それはならぬ。確かに父上の意向は未だ(ないがし)ろに出来ぬが、既に隠居の身。それを押し籠めたとあらば、わしの器量を疑われる。」

「…お許しあれ、考えが足りませなんだ。」

「構わぬ。今はただ時機を待つのみよ。父上が心変わりを起こすか、或いは…。」

「或いは…?」

「…口が過ぎた、忘れよ。」

「…ははっ。」

一般的に氏康の方が氏政よりも高い評価を受けていますが、結果論で見れば信玄との断交、謙信との和解は北条にとってメリットよりもデメリットが大きかったようです。

しかしながら、当時から氏康の死後に至るまで、この政策変更に批判が集中した形跡はありません。

当時の武士は損得勘定にも敏感でしたが、面目、メンツにも敏感だったため、氏康の決断に不満を抱いた家臣は少なかったのかもしれません。

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