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#067 アウトローズ=メモワール(後)

この数話の間に何回「足軽大将」というワードを使ったか、数えてみてください。

正解は…筆者にも分かりません。

「か~っ、泣かせるねェ。…それで?腰の二振りを置いて村を出た牢人が、何でまたここで足軽大将をやってるんだい?」


 赤羽陽斎の一人語りが一段落すると、差し向かいで黙って聞いていた大藤式部丞政信が茶化すように訊いた。


「言わずと知れた…結局俺が食い扶持を稼ぐ手立ては、戦場にしか無かったって事さ。敦賀(つるが=福井県西部)あたりの小競り合いに足軽として加わって…殺した相手から打刀や金子(きんす)を盗って、身なりを整えた。あとは方々の戦に首を突っ込んで、その場限りの足軽組頭として当面の銭を稼いでは別の国へ…そんな事を繰り返す内に、駿河に辿り着いた。」

「で、上総介殿に引き立てられて警固役から専属の足軽大将になった、と…やっぱり分からねえな、『銭で人に雇われて、兵を募って、戦をする』のが手前の生き様なんだろ?だったら北条に仕えてもいいじゃねえか。」


 若干の未練を声色に含ませて政信が蒸し返すと、陽斎は酒盃を満たす清酒を見つめたまま、しばし考え込んだ。


「何でだろうな…俺も昔ほど身軽に動ける年齢(とし)じゃなくなった、ってのもあるが…結局、性根が青二才のままなのかも知れん。ああだこうだ理屈をこねちゃいるが、詰まる所…今川に骨を埋めたいんだろうな。このお方なら或いは…殺されて、恨んで、殺して、恨まれて…そんな修羅の世を変えてくれるかも知れない、と。そう踏んで…。」

「こんなに没落しちまって、世を変えるも何も無えだろう。」


 政信が容赦なく切り返すと、陽斎は声を殺して笑う。


「くくく…返す言葉も無いな。でもいいのさ、それならそれで。人を見る目の無かった牢人が、名さえ残さず野垂れ死ぬ…まあ、上総介殿や御前様の慈悲次第じゃ畳の上で死ねるかも知れないが。」


 陽斎の決意を翻すのはいよいよ難しいと見た政信は、肩を落として深々とため息を吐いた。


「ったく…これも世の流れかねェ…かく言う俺も北条の譜代同然、廻国修行であちこちの戦に首突っ込んでた頃が懐かしいぜ。勘助のとっつあんは川中島で信玄に義理立てして討死しちまったし…。」

「俺の見た所、悩みはそれだけじゃなさそうだな。…俺の昔語りを他言無用にしてくれるんなら、相談に乗るが?」


 取引を持ち掛けるや否や、歯をむき出しにして笑う政信に、陽斎はため息を押し殺した。


(ここまで計算の内、か…相変わらずやりにくい相手だ。真っ向からやり合えばどうにかなるってのは『あいつ』と上総介殿が証明した、が…それは政信(こいつ)も先刻承知。まずそうならないよう立ち回るだろう。先代(うじやす)殿から引き続き重用した左京大夫(うじまさ)殿の目に狂いは無かったな…。)


 相手の胸中を知ってか知らずか、政信は自身の近況について語り始めた。

 まとめるとこうだ、元服が近い嫡男が父親の仕事(つとめ)に嫌悪感を露わにしている――要は後継者問題である。


「…まあ、真っ当だな。謀反人の処断に乱暴狼藉、火付け、夜討ち、縁も所縁も無い他国への援兵…酷いモンだ、足軽の戦働きなんて。それを自分が継ぐとなりゃ…いい心持ちはしないだろう。」

「へェヒヒヒ…そりゃそうだ。だが足軽衆(オレたち)にも北条の覇道に貢献して来たって自負がある…伊豆相模に『縁も所縁も無い』早雲殿がまとまった手勢を用立てられたのは、足軽のお陰だと…親父殿からは聞いてるぜ。」


 陽斎は「まあな」と曖昧な返事を返した。

 ある程度大きな所領を抱えた領主は、血縁者や功臣にその一部を分与するのが一般的だ。当然懐に入る年貢は減るが、膨大な事務手続きの一部を任せる事にもなる。

 だが、一定の所領や権限を得た家臣は往々にして独自の行動を取り始め、最悪の場合謀反、或いは独立する場合もある。そこまで極端でなくとも、利害の不一致から肝心な時に兵を出さない、という事例は幾らでもあった。

 現在日の本に割拠している大大名が総じて直属の足軽衆を抱えているのは、そうした事態に備えての事だ。地縁血縁に囚われない足軽衆は、維持に相応の銭を必要とするが、銭を払っている間は信用出来る戦力となる。

 だからこそ、氏康も氏政も足軽衆をまとめ上げる手練手管に通じた大藤家を重用しているのだが…。


「随分と育ちが良いんだな、大藤家の若君は。」


 お前の教育はどうなっているんだ――そんな皮肉が込められた陽斎の言葉に、政信は初めて気まずそうな表情を浮かべた。


(かあ)ちゃんに任せっ切りでな…廻国修行も嫌だとよ。」

「そんな調子で、式部丞(あとつぎ)は務まるのか?」

「無理だな、今のままじゃ…そうだ、お前が(せがれ)に稽古をつけてやってくれねえか?どうせヒマだろ?」


 この辺りが潮時と見た陽斎は、酒盃を取って一息に干してから立ち上がった。


「大藤家の身代(しんだい=財産)半分を寄越すってんなら、考えてやる。」


 そう言って部屋を出ようとする陽斎に、政信はいつもの気色の悪い笑みを浮かべながら声を上げる。


「身代半分だな?…忘れるなよ。」


 陽斎はそれ以上言葉を交わす事無く、後ろ手に障子を閉めて客間を後にした。

以前にも申し上げた通り、武田信玄の『軍師』、山本勘助は実は『足軽大将』だった…という可能性があります。

※典拠:東国武将たちの戦国史(西股総生、河出書房新社)

西股総生先生と黒田基樹先生の著書には、拙作を執筆する際いつもお世話になっております。

この場を借りてお礼申し上げます。

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