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#065 アウトローズ=メモワール(前)

今回は主人公視点ではなく、第三者視点でお送りします。

「よう、先に始めてるぜ。」


 今川上総介氏真との模擬戦を執り行った日の深夜、大藤式部丞政信は自身に割り当てられた客間の中心に座ったまま、徳利(とっくり)を掲げて来訪者を招き入れた。


「まだ起きてたのか…陽が落ちてもお目目ぱっちりとは、鴉の名折れだな。」


 来訪者…今川家専属の足軽大将、赤羽陽斎(あかばねようさい)が皮肉ると、政信は悪びれもせずに()()るような笑い声を上げる。


「ひっひっひ…胸元の鴉がお寝ん寝してる間に、命の洗濯って寸法よ。『赤鬼』殿こそ随分と遅いお帰りで…酒に呑まれたかぁ?」

「城下の酒場で酔っ払いと飲み(くら)べをしてただけだ…お前が待ち構えてると知ってたら、酔い潰れてた方が幾らかマシだったな。」


 陽斎がため息混じりに政信の向かいに座ると、政信は未使用の酒盃と、北条が誇る日の本有数の清酒――江川酒(えがわしゅ)が入った徳利を差し出した。


「まあ、口直しに一献。」

「いらん。俺は眠い、さっさと用件を言え。」


 取り付く島もない、と言わんばかりの対応にも動じる事無く、政信は酒盃と徳利を一旦置いてから、懐から一通の書状を取り出した。慎重に開き、文面を陽斎に見せる。


「北条左京大夫(氏政)殿直々の証文だ。北条の諸足軽衆に加われば相応に遇する、だとよ。…見ろよ、手付けに百貫文、おまけに花押(サイン)入りだぜ?戦に出られない足軽大将なんざ、翼をもがれた鳥も(おんな)じじゃねえか。相模の足軽を率いて坂東の大大名と渡り合う好機だ、乗らない手は無えだろう?」

「断る。俺は上総介殿の下から離れる積もりは無い。」


 日本有数の大大名の下で、好待遇を受けながら功名を挙げる好機――そう説得されたにもかかわらず、陽斎は素っ気なく切って捨てた。

 それに対して、政信は…。


「…だよなあ~。俺も言ったんだよ、御屋形様に。こんなに落ちぶれた今川に義理立てしてる時点で、赤羽陽斎は銭じゃ動かねえ、ってよ。けど…やるだけやってみろ、って命ぜられたらなあ~。」

「…勝算抜きで来たのか?」


 陽斎が片眉を上げて聞くと、政信はしょぼくれた様子から一転、いつもの不気味な笑みを浮かべた。


「銭働きの足軽大将、と言った所で…父子幾代にも渡って北条の世話になってりゃしがらみも増えて来るのよ。ま、早川殿の差配した膳にありつけたんだから、全くの無駄骨でもねえやな。」


 取り出した時と同様、氏政の証文を丁寧に畳んでしまいながらニチャアア…と笑う政信を見つめていた陽斎は、おもむろに酒盃を取り、手酌で清酒を注いだ。

 江川酒を舐めて、しばし考え込む。


「左京大夫殿にはどう申し開きする積もりだ。」

「あ~…そこなんだよなァ。何かいい案は無いもんかねェ?」

「俺が手付けに伊豆一国を所望(おねだり)した、とでも言えばいいんじゃないのか。」

「そんなに野心高くて身の程知らずだったら、上総介殿を闇討ちして紬姫様を手籠めにする、くらいの事してねえとおかしいだろ。ん~…まあ、何とか言っておく。その代わり、と言っちゃあ何だが…」




「教えろよ、越中で何があったのか。」




 しばらくの静寂を挟んで、陽斎は空になった酒盃を置いた。


「最初から、それが狙いか。」

「狙いって程企んじゃいねェよ。手間賃さァ。そいつを聞かしてもらえりゃあ、後腐れなく御屋形様を説き伏せに行けるってだけよ。」


 相変わらず真意の読めない気色の悪い笑みを浮かべながら言う政信に、この辺りで手を打つのが上策と踏んだ陽斎は、もう一度酒盃に清酒を注ぎ、その水面に映る自分の顔を見つめながら口を開いた。


「もう何年前になるんだろうな。『越中の青鬼と赤鬼』…俺と『あいつ』が、そう呼ばれていたのは…。」

次回、赤羽陽斎の回想回です。

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