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#064 鴉は舞い降りた(後)

前回書き忘れましたが、大藤政信の紋所を「ハゲタカ」ではなく「ワタリガラス」にしたのは、当時の日本人にとって死肉をついばむ鳥と言えばカラスだろう、という推論と、某ロボットを操る傭兵が主人公のゲーム(著者はプレイした事はありません)で主人公が名乗るコードネームが「レイヴン(ワタリガラス)」である事からです。

書き始めてから大藤政信が父親から足軽大将の職務を引き継いだと知って、もうちょっと真っ当な武士っぽくすべきかと悩みましたが、社会のはみ出し者をまとめてるんだしこれくらいいいか!と開き直っています。

 八対一の模擬戦…もとい、『軽めのレクリエーション』を終えて、五郎殿と大藤(だいとう)式部丞(しきぶのじょう)政信(まさのぶ)殿、そして私は客間で昼食を摂っていた。

 私と五郎殿は上座側に並んで座っているが、政信殿とは手を伸ばせば届きそうな程近い距離で、あまり上下関係を意識させる位置取りではない。

 それは、没落の一途を辿る名門(いまがわ)と、氏政兄さんの懐刀(ふところがたな)と言っても過言ではない信任を得ている足軽大将(だいとう)との『差』が大して無い…という理由だけではなく。

 呉越同舟、とはちょっと違うが…同じ苦境を共に乗り越えた同士とでも言い得る信頼関係ゆえの事だった。




 大藤家とは、北条氏康(ちちうえ)が北条の家督を相続する以前から、村々に課された軍役ではなく銭で集められた傭兵――即ち足軽達を統括してきた一族であり、北条家中でも多少浮いている存在である。

 だが、そんな一門を父上も氏政兄さんも疎んじる事はせず、むしろ重用して来た。かつて『秀信』を名乗っていた式部丞殿が、氏政兄さんから『政』の偏諱(へんき)をもらっている事実も、それを裏付けている。

 その大藤家を継いだ政信殿と私達が深く関係する切っ掛けとなったのが、東から武田、西から徳川に挟撃された今川家(わたしたち)が掛川城に逃げ込んだ際の、氏政兄さんによる援軍の派兵だった。

 武田によって封鎖される寸前の海路を使って掛川城へと辿り着いた援軍を率いる三人の将…その一人が政信殿だったのだ。

 戦況次第では落城に巻き込まれて戦死する可能性すらある、危険な任務…それにもかかわらず、政信殿は籠城戦に加わり、掛川城防衛戦の一角を担ってくれた。

 胡乱(うろん)で胡散臭い雰囲気、ゲスっぽい言動は当時から変わらないが、任務に対する意識の高さや、その手腕が卓越している事は私もよ~く知っている。

 だから、そう…こうして普通の友人知人のように、気安くお付き合い出来る事が、なんだか無性に嬉しいのだ。




「時に、儂は左京大夫(氏政)殿の別命で参陣出来なんだが…式部丞殿、厩橋(うまやばし)の陣はいかに?」


 思い出にひたりながらのんびり汁物をすすっていた私は、五郎殿の何気ない質問を耳にして、危うくむせ返る所だった。…心の準備はしていたが、何の前触れもなく仕掛けるのは心臓に悪いからやめてほしい。

 二月の厩橋の陣…政信殿も参陣した、上野(こうずけ=群馬県)の上杉領に対する北条軍の遠征を指揮したのは、他でもない氏政兄さんだった。

 だが、五郎殿は遠征に加わる事が出来なかった。小田原城から北条領内に陣触れ(動員令)が発せられる直前に、氏政兄さんから常陸国(ひたちのくに)…つまり佐竹家の動向を探るよう密命を受けたために、『早川源吾』として潜入任務の真っ最中だったのだ。

 結局『着到定書(ちゃくとうさだめがき)』も届かずじまいで、五郎殿――と言うより今川家は現在進行形で戦力外通告を食らっている。

 …まとめると、五郎殿の質問は遠回しな抗議だ。『儂をのけ者にして戦に出るとはええ度胸しとるやんけ』という。


「へへへ…厩橋の守りは存外固くてねェ…城攻めも形ばかりのモンでしたよ。御屋形様が陣中で上総介殿を気に掛ける様子も無かったし…当座はこんな調子じゃねえですかね。」


 ふむふむ…『アンタへのメッセージは何もありません』、『今川家は当面出禁じゃね?』か…流石政信殿、ヘラヘラしているようでバッサリ言ってくれる。


「左様か…式部丞殿の口添えがあれば、儂の参陣も叶うやもと思うたが…。」


 五郎殿が政信殿の自尊心をくすぐるように探りを入れると、政信殿は一際(ひときわ)ニチャアア…と笑った。


「それについては耳寄りな話がございやしてね…御屋形様は上総介殿お抱えの足軽大将、赤羽陽斎(あかばねようさい)殿に近頃関心がおありのようで…。」


 五郎殿のご機嫌伺いの次は引抜(ヘッドハンティング)か。

 それも、五郎殿の戦線復帰をちらつかせて…早川郷以外の所領がほぼ無い現状、高額とはいえ銭で働いてくれる腕利きを失うのは今川家にとって大きな損失になると思うのだが…五郎殿の性格を考慮すると、恐らく回答は一択。


「陽斎ならば、所用で出掛けておるが…夜には戻るであろう。急ぎでなければ、泊まって行かぬか?」


 少し和らいだ語感で、五郎殿は返答する。自分の大事な戦力を引き抜かれるかも知れないのに、じっくり話せる場をセッティングすると言っているのだ。


「へへ、有難え。式部丞含め八名、一晩ご厄介になりまさあ。」


 政信殿のニヤケ面を見ながら、口の中のご飯と一緒に葛藤を飲み下す。

 元々陽斎殿はフリーの足軽大将、我が家の銭払いが良いからこれまで付いて来てくれた――それだけの関係だ。

 だから、もしも明日…陽斎殿が今川との契約を打ち切り、北条に仕えると言い出しても、私達には引き留める理由が無い。…そうなったらこれまで同様、後腐れなく送り出すだけだ。

 私は物分かりのいい振りをして、自分にそう言い聞かせ続けるのだった。

戦国時代は比喩抜きで生存競争だったので、「○○の戦い」みたいな激戦が起こって家臣団の中間層がごっそり空席になる、といったケースが稀によくありました。

となると、どこの大名家も有能な人材をより多くストックしておきたくなる訳で、北条家も傘下の国衆から武将を「借りる」と言っておきながらいつまでも返さない、言わば「借りパク」をしていたようです。

こんなん(有能な足軽大将)なんぼあっても良いですからね。

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