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#063 鴉は舞い降りた(前)

拙作をご覧の皆様の中には、著者の趣味嗜好をおおよそ把握している方もいらっしゃると思います。

今回登場するキャラクターも某テレビゲームのオマージュ(リスペクト?)が多分に含まれています。

あまりメジャーとは言えないコンテンツなのですが「やった事ある!」という方がいらっしゃったら幸いです。

元亀三年(西暦1572年)三月 相模国 早川郷


 春の陽気が小田原一帯を包むようになって数日、私は縁側に座って中庭の様子を眺めていた。そこには凛々しく仁王立ちする五郎殿と…それを囲むように立つ八人の男達がいる。

 男達は丁髷(ちょんまげ)(かみしも)と、格好だけは一丁前の侍だが、その人相はおしなべて悪く、実は変装した山賊ですと自己紹介されても納得しそうになる程だ。

 胸に輝く渡鴉(ワタリガラス)紋所(エンブレム)も、不吉な印象に拍車をかけている。


「抜かなくていいんですかい?」


 男達の中でも抜群の胡散臭さを放つ中年男――この集団の頭目が、木刀を中段に構えながら、ニチャアア…という擬音が聞こえてきそうな笑顔で言った。

 ちなみに他の手下達も木刀を構えているが、囲まれている五郎殿は腕を組んだまま、直垂(ひたたれ)の腰帯に挟んだ木刀に触れようともしない。


「構わぬ。いつでも参られよ。」


 五郎殿が言い返した直後、その背後に位置取っていた手下が木刀を振りかぶって走り出す。

 余計な足音も、大仰な掛け声も無く五郎殿に迫った男は無駄のない動作で木刀を振り下ろす、が――五郎殿は右足を軸に90度回転し、目の前を通り過ぎる木刀を見送った。


「うむ、良い太刀筋じゃ。」


 五郎殿に避けられた手下は動揺するそぶりも見せずに後ずさり…今度は別の男が五郎殿の背を襲う。

 五郎殿が避ける。

 また別の手下が斬りかかる。

 避ける。

 また別の手下が…。

 そんな攻防を数十回ほど繰り返して、男達の波状攻撃が一段落すると、五郎殿は舞を舞うようにゆっくりと回転しながら、ようやく腰帯から木刀を抜いて構えた。


「流石は『(からす)の陣』、渾身の一撃が雨嵐のごとく襲って来る…ひと時でも息を抜けば一たまりも無いのう。」


 頭目に向かってそう言う五郎殿はウオーミングアップを済ませたような調子で息切れもしておらず、反対に男達は額に汗を浮かべ、肩を上下させている。


「…へへっ、へっへっへっ…これで終わりだなんて思ってもらっちゃあ困りますぜえ。」


 頭目が気色の悪い笑い声を上げると、今度はその両脇にいた手下二人が同時に、正面から五郎殿に斬りかかり…いや、五郎殿の右後方にいた手下も飛び出した、挟み撃ちだ。

 一体どうすれば…という私の思考よりも速く、五郎殿は動く。

 まず目にも止まらぬ速さで振り返って地を蹴り…後方から迫った男の腹に一閃を浴びせる。次いで頭目の方へ向き直り、手下二人の打ち込みを横にした木刀で受け止め、弾き返す。無防備になった手下二人に一太刀ずつ浴びせて、これで三人ダウンだ。


「まだまだぁ!」


 頭目の掛け声に合わせて、残り四人の手下が五郎殿目がけて突進する。五郎殿から見て右から一人、左後方から三人。

 五郎殿はまず戦闘不能状態にしたばかりの手下の胸倉を掴み、足を蹴り払って左の三人の前に転がした。


「いっでえ!」

「うお⁉邪魔だ退け!」


 そうして稼いだ一瞬の内に、右から接近した手下一人の頭にすれ違い様に一撃。それから挟み撃ちの優位を失った三人をほぼ打ち合い無しで斬り捨てる。

 …僅か数秒の内に、中庭に立っているのは五郎殿と集団の頭目だけになった。


「残るは貴殿だけじゃな…式部丞(しきぶのじょう)殿。」


 五郎殿が木刀の切っ先を向けると、頭目――大藤(だいとう)式部丞(しきぶのじょう)政信(まさのぶ)殿はまたもニチャアア…と笑って――


「参った。…相変わらずの腕前、恐れ入りやした。」


 ――あっさり降参して、木刀を捨てた。

 『討死』判定を食らって地べたに寝転がっていた手下達が『生き返り』、抗議の声を上げる。


「ざっけんな頭目(カシラ)ぁ!」

「そこは一騎討ちで俺らの仇を討ってくれるってのが道理でしょーが!」

「痛い目見る前に早々に降参しやがって、(こす)いぞ!」


 こ・す・い!こ・す・い!という手下の声を、政信殿は鼻で笑う。


「八人がかりで倒せねえ御仁を、俺一人で倒せる訳無えだろォが。俺が粘ろうと粘るまいと結果は(おんな)じよ。」

「ははは…相変わらずにございまするな。よき鍛錬になり申した、かたじけない。」


 五郎殿が木刀を腰帯に差して頭を軽く下げると、政信殿も真面目腐った顔つきで同じくらいに頭を下げた。


「いやァ、面目無い…不埒者(ふらちもの)を幾人と葬って来た『鴉の陣』も、上総介殿が相手では形無しか。いや参った参った…。」

「その話は追々…まずは一同、膳を召されよ。結!支度は整っておるか?」


 五郎殿の問い掛けに、笑顔で応える。


「はい。家の者が案内(あない)いたしますので、皆様どうぞあちらに…式部丞殿はこちらへ。」

「へっへっへ…上総介殿と膳を囲むのなんざ、掛川以来じゃねえですかい?へっへっへ…。」


 胡散臭い笑い声を漏らしながら縁側へと上がる政信殿。だが、彼を恐れる理由は私には無い。

 何せ(今の所)今世最大の山場…掛川城籠城戦を共に乗り越えた『戦友』なのだから。

念のため申し上げますと、大藤政信は実在の人物です。

小田原北条氏の足軽大将、くらいの情報しか残っていないため、好き放題キャラ付けした結果どうにも怪しい人物になってしまいました。

でも、こういうキャラが意外と魅力的に…見えるといいなあ(願望)。

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