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#060 姫君は夢を見る(後)

今回の脇役:『不寝番の侍女』

固有名詞が無いのには理由があります。

それは…今後再登場するか分からない脇役の名前を一々考えるのが大変だから、です!

…今川紬のお気に入りとか、そういう後追い設定が出て来たら名前が着くかも知れません。

 その夜、今川氏真と北条結の長女――(つむぎ)は夢を見た。

 いかにも子供が見るような、曖昧模糊で意味不明なものでは断じてない。大部分の音や色彩が欠落してはいるものの――恐らく――『誰か』が見聞きしたであろう記憶の断片。

 その中には両親も現れる。現在よりも幾分若々しい見た目で。見知らぬ屋敷の一室、上座に並んで座り、こちらに笑顔を向けている…。

 視界が横倒しになり、見えるのは障子の隙間から覗く庭木。体は鉛のように重く、動かない。真綿で首を絞められているかのように、息が苦しくなっていく。

 必死に絞り出した言葉は――


「『是が非でも、お二人のお役に立ちたい…。』」




「姫様?お目覚めにございますか?」


 真夜中、寝室で目を覚ました紬は、部屋の隅に控えていた侍女の声を聞きながらゆっくりと上半身を起こした。


「…大事無いわ。少し、夢を見ただけ…。」


 物心ついた頃からしばしば見る夢は、誰かの思い出をなぞるような不思議なものだった。

 だが、紬はそれに不快感を覚える事はなかった。記憶の持ち主が事あるごとに強く念じる、誰かの役に立ちたいという想い…それに強い共感(シンパシー)を抱いていたからだ。

 もっとも、日を追うごとに夢を見る間隔は長くなっており、その光景にも欠落が増えつつあるため、時間の経過と共に内容を思い出す事が難しくなっているのだが。


「…そういえば先日、私が今と同様に夜半に目を覚ました折も…不寝番は貴女だったわよね?昼の務めもあるでしょうに、疲れは無いの?」


 ぼんやりとした頭で昼間の出来事――この世で一番尊敬する両親から温かい言葉を幾つも賜った人生最高の思い出は、既に日記に入念に記録してある――を反芻していた紬は、その一部…『己の寝食を当然と思わず、これを支える下人、百姓に心を砕くべし(意訳)』を実践する機会が訪れている事に気付き、不寝番の侍女に問いかけた。


「いえ、わたくしは不寝番として昼の務めを免除されておりましたので…。」

「…上役(うわやく)贔屓(ひいき)してもらっているという事?」

「め、滅相も無い…ええと、その…何からお話しすれば良いやら…。」


 不寝番の侍女がしどろもどろになりながら話した所によれば、次のような背景があった。

 早川郷の今川屋敷において、全員が寝静まる時は一瞬とて無い。なぜなら侍女、下人、警固役に至るまで輪番(シフト)が組まれており、日の入りから翌日の日の出まで不寝番を務める人員が確保されているからだ。

 輪番の組み合わせは原則四つ、早朝から正午までの『朝番(あさばん)』、正午から夕刻までの『昼番(ひるばん)』、夕刻から翌朝までの『不寝番』、そして丸一日を休みとする『休日』から構成されている。

 これらを組み合わせる事で、今川家の要人に常に一定の人員が張り付き、身の安全や円滑な生活を保障する体制が整っているという訳だ。


「わたくしは一つ前『朝番』で…『不寝番』に入るまでは詰所で寝たり起きたりしておりましたので…『不寝番』も苦にはなりません。」

「そう…けれど、その事を母上はご存知なの?」

「ご存知も何も…輪番を定めていらっしゃるのは姫様の母君、御前様だと聞き及んでおりますが…。」


 目を丸くする紬に、不寝番の侍女は戸惑い気味に続ける。


「全身全霊で務めを果たす者には、相応に休む時間も必要だと…御前様が今川に嫁がれる前からの習わしだとか…。」

「そう、そうだったのね…やはり母上は素晴らしいお方だわ。」


 実母の深謀遠慮に身を震わせながら、紬は独り言ちる。


「『下人、百姓に心を砕く』…ただ憐れんだり、口先で(ねぎら)ったりするだけでは足りない…その暮らしぶりにまで気を配ってこそ…!日記に、日記に書き留めておかなければ…!」


 文机に向かおうと布団を跳ね上げ――ようとした紬の手を押し留めたのは、他でもない不寝番の侍女だった。


「お、恐れながら姫様…今宵からは早々に床に入ってお体を(いたわ)り、朝昼に力を尽くすと仰せだった筈。ここはご辛抱いただきたく…。」


 咄嗟に睨み返そうとして不寝番の侍女を見上げた紬は言葉を失った。

 美人とは言い難い凡庸な顔立ちが、空前絶後の美貌を誇る母のそれと重なって見えたからだ。


「…っそ、そうね。貴女の言う通り、だわ…。」

「目が冴えてしまわれたのであれば、子守唄など…。」

「いいえ、それよりも…貴女達の務めについて、もっと聞かせて頂戴。銭はいつもらっているの?休日は、詰所ではどう過ごしているの?」

「お、お待ちを…順にお答えしますので…。」


 布団を被りなおした紬は、眠気と興奮を交互に感じながら不寝番の侍女が語る内容に耳を澄ませる。

 今まで読んだ本に登場したいかなる女性よりも、自分の母は偉大なのだと改めて確信しながら。

未完のまま更新が止まっている前作『転生したら北条氏康の四女だった件』をご覧いただいた読者の皆様は既にお気付きかも知れませんが、紬の前世は北条氏規の前妻、関口紫吹です。

ただし!記憶も人格もリセットされ、強い執着心だけが受け継がれている状態…なので、現代的な『転生者』には該当しないと判断し、拙作に『転生者複数』のタグを付けるには至りませんでした。

主人公の娘は何故かお母さんが大大大好きな女の子、当面はそういう解釈で行こうと思います。

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