表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/62

#059 姫君は夢を見る(中)

その時、広間に衝撃走る――

「結婚するなら誰とがいい?」

一見裏も表も無いこの質問に、彼女はどう答えるのか――?

 結婚の展望…というか願望について(むすめ)に質問したのには、大別して二つの理由がある。

 第一に、紬が結婚についてどう思っているかを探るためだ。

 前にも述べた通り、紬は数え六歳にして『婚約破棄』された身である。

 国王丸殿――氏政兄さんの息子であり未来の北条家当主第一候補――の婚約者として、小田原城の本丸御殿で何不自由なく暮らしていたのに、情勢が変わったからと突然城下で暮らす事になった…紬が置かれている現状を説明するなら、そういう事になる。…シンデレラの逆パターンかな?

 ともかく、下手をすると紬が色々と、こう…こじらせているかも知れないのだ。もう一度小田原城に戻りたいとか、もっと身分の高い家に嫁ぎたいとか…もちろん全ての要望を叶えられる訳じゃないので、回答次第ではガマンするよう(さと)したり、代替案を提示したりといった対応が必要になるだろう。

 …ここまでは五郎殿とも打ち合わせ済みだ。本題はもう一つの理由…というか目的にある。早い話、これで紬が転生者かどうかあぶり出せるのではないかと私は踏んでいるのだ。

 今の所、紬が結婚に後ろ向きであるようには見えない。今川の利益になるような結婚をしたい、とも言っている。

 では、今川にとって最良の縁組とは何か。順当に考えれば、北条や武田、上杉といった東国の大大名…もしくはその庶流を挙げるだろう。背伸びをするなら足利将軍家や摂関家(じょうりゅうきぞく)、もしくは天皇の(きさき)になりたいと言い出してもおかしくない。

 だが、もし…織田信長や羽柴秀吉、徳川家康の妻、或いは一族に加わりたいと言い出したら要注意だ。

 信長は五郎殿の実父である義元殿を討った仇敵、家康は(一応和睦して水に流してはいるが)今川家の恩を仇で返した謀反人、秀吉に至ってはまだそこそこ名の売れて来たイチ武将に過ぎない。にもかかわらず輿入れを希望するとなれば、よっぽど先見の明に優れていない限り、未来で仕入れた『史実知識』を活用していると見ていいだろう。

 さて、紬の返答は…?


「輿入れ先にございますか。家格、武勇、徳の高さを考えれば…自ずと今川上総介殿に」


 予想外の返答に目を丸くする私の隣で、五郎殿が腰を浮かせる気配がした。

 『おっきくなったらパパのおよめさんになる~』って本当にあるんだ…。


「…と申し上げたい所にございますが…父上には母上というこの上ない伴侶がおありにございますし…やはりご両人の指図に従って輿入れの時を待つ事にいたします。」

「…本当にそれで良いの?小田原城本丸御殿から早川郷に戻されて、不満に思う事は無いの?」


 当てが外れた動揺を隠せないまま、念を押すように問いかける。

 すると紬は、屈託の無い笑顔を私に向けた。


「日の本一の夫婦(めおと)に見守られながら、寝食に不自由なく、思う存分文武の稽古に打ち込める…これ以上の仕合せが一体何処にございましょう。」


 この娘、親に都合が良すぎない?

 娘の笑顔を見つめながら、私は安心するどころか困惑するしかなかった。




「浮かぬ顔じゃな。」


 夫婦共用の寝室に戻ると、五郎殿が私に言った。


「あの歳で既に一廉(ひとかど)の女性のごとく振る舞うなど…末恐ろしゅうございます。」


 面談の結果は私の疑念を晴らすどころか、不信感を強めただけだった。

 結婚に関する要望について聞き出せはしたが、頭の回る転生者なら私の意図を見抜いて真意を隠す事も出来るだろう。

 何か…何かないか、紬の正体を確かめる方法が…。


「末恐ろしい、か…まこと、頼もしい事であるのう。」

「は?」


 夫の呑気な口ぶりに、思わず低い声が漏れる。だが五郎殿はまるで動じる事なく微笑んでいた。


「春松院殿(北条氏綱=北条氏康の父)の置文(遺言書)にいわく…大聖寺殿(氏康)は万事について幼少より秀でておられたとか。お主も幼き頃より、大人に劣らぬ振る舞いを見せていたのであろう?蛙の子は蛙、とはこの事よ。」


 今は亡き父上も、私や紬と同様に早熟だった――そう言われれば、反論のしようがない。

 押し黙る私の肩を優しく叩いて、五郎殿は言った。


「大聖寺殿の真に優れたる所以(ゆえん)は、自身より年下であろうと、身分が低かろうと、優れた人材であれば迷う事なく褒め称えた所にあると儂は思う。今日(こんにち)の我が家と北条があるのも、そのお陰であるとな。紬は聡いが…危うい所も多々ある。褒めるべき時に褒め、叱るべき時に叱る…我らも大聖寺殿を手本として、精進して参ろうではないか。」


 人の親になっても成長を続けよう。

 五郎殿のそんな提案は、私の胸に、不思議とすんなり収まったのだった。

執筆しながら思ったのですが、転生モノで主人公が妊娠出産までするケースは多くないと思います。

そうすると『自分の子供ももしかして転生者…?』という疑心暗鬼に囚われるのでは?というシミュレーションの結果、実の娘を純粋に愛せない可哀想な母親が爆誕しました。

いつか和解出来ると思いますので気長に見守っていただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ