#047 父と娘、今生の別れ(後)
今回、少し長くなってしまいました。
以後気を付けます。
「ほーん、遥か未来から魂だけが乗り移った、ってか…。」
『私』が北条結に転生するまでの一部始終を聞き終えると、父上は気の抜けた声を漏らした。私はと言えば、想定とはだいぶ違った反応に戸惑いながらも…次に何を言われても耐えられるように、身を縮こまらせていた。
なぜ自分が転生者である事を明かしたのかと言うと、端的に言って、私の心に積もりに積もった違和感を精算するためである。
前にも述べたと思うが、私は産まれた直後から『私』としての自我を引き継いでおり、その時点では第二の人生を得た事をラッキーとしか考えていなかった。
最初の違和感は恐らく…早雲寺での襲撃から生還し、小田原城で母上に抱きしめられた時に生まれたのだと思う。
その違和感は、『自称神様』から転生のプロセスについての説明を受けたり、寿桂様や氏規兄さんと『家族らしい』交流を重ねるにつれて膨れ上がっていき…紬や竜王丸が産まれた頃にはどう足搔いても無視出来ない大きさになっていた。
子供達を見ながら、私はふと思った。
(もし、この子達も転生者だとしたら、本来の体の所有者の魂はどうなってしまうのだろう?)
(もし、この子達が立って歩くより早く自己表現を始めたり、年端も行かない内から理路整然と話したりするようになったら、私はどう接したらいいんだろう?)
(もし、この子達が転生者じゃないとしても…私が親としてちゃんと育てられなかったら…この子達が自分の人生に嫌気が差して、『別の世界に転生出来たらいいのに』なんて思う子に育ってしまったら…私は何と言って説得すればいいんだろう?)
そんな悩みを抱えている最中の、父上の終末医療入り。ある意味『赦し』を得る最後の機会だと思った。
どう償えばいいのか、見当もつかないけれど…二人の夫婦の間に産まれた命を横取りしてしまった罪をどうにかして赦してもらいたい。そんなすがるような気持ちで、私は今日ここに来たのだ。
そして、父上の回答は――
「…で?それがどうしたってんだ。」
――だった。
…え?
「いえ、ですから…私は元来この身に宿っていた御魂に取って代わって…。」
「話が分からねえって言ってんじゃねえ、それのどこが問題なのかって聞いてんだ。」
父上は、呆然とする私の目の前で、上半身を自力で起こすと、例の鋭い眼光で私を射抜いた。
「お前は俺と、母ちゃんの娘だ。転生?そういう事もあらあな。輪廻転生は世の理…仏法を学んでりゃそれくらい分かる。」
「いえ、しかし…私の場合はそれとは事情が…。」
「…ったくお前は昔っから可愛げの無え…。」
父上は忌々しげに呟くと、片手を伸ばし…私を抱き寄せた。
反射的に息を吞む。
加齢臭と、お香の匂いが複雑に混ざり合って私の嗅覚を刺激したが、不快には感じなかった。
「一度だけ言うぞ…お前は俺の娘だ。」
「っ…それは、先ほども…。」
「うるせえ!何度だって言ってやらあ!お前は俺の娘だ!」
父上の言葉は乱暴で、矛盾だらけで…それなのに胸にすっと染み込んで。
私は緩む涙腺を必死に引き締めた。
「こ、根拠は…根拠は何処に?」
「んなもん決まってら、俺がそう決めたからよ。それ以外に理由が要るか?」
「私は、私は…父上と母上の娘と、そう名乗って良いのですか?」
「当たり前だ。第一、さっき手前が言ったんじゃねえか…自分は北条相模守の娘だってな。」
その言葉で、私の涙腺はついに決壊した。
泣きわめく私を、父上は黙って抱きしめてくれていた。
「しかし手前の事だ。何の重荷も無しじゃ、却って気が晴れねえだろう。」
ややあって泣きやんだ私に、再び横たわった父上が言った。
「一つ頼みがある。その短刀に…東条源九郎に、京を見せてやってくれねえか。」
「…上洛せよとの仰せにございますか?」
気を抜くとしゃくり上げそうになる喉をなだめながら聞き返すと、父上は頷いた。
「何も新九郎の率兵上洛をお膳立てしろってんじゃねえ…坂東や天下(近畿一帯)の情勢が落ち着いたら、丸腰同然で上洛出来る時が来るかも知れねえだろう?その時に上洛して、東条源九郎に京の景色を見せてくれや…俺の移し身と思ってよ。」
「…かしこまりました。何年かかるか分かりませんが…いつか、必ず。」
私が宣誓すると、父上は安堵のため息をついた。
「ったく…駿河国主の御前様が、いい歳してビービー泣きゃあがって。俺は疲れた。もう寝る。…お前は上総介殿に慰めてもらえ。」
「はい。仰せの通りに…あ。」
どうしよう、すごくいい感じで話が終わりそうだったのに、大事な用事を思い出してしまった。
「…申し訳ございません、北条の行く末について大事なお話が…。」
と前置きしてから、恐らく20年以内に北条家が滅亡する、という前世の記憶を基にした予想を伝えると、父上は眉間にシワを刻んで唸った。
「関白が率いる大軍に、小田原城が囲まれる…か。桶狭間の事と言い、手前の言う事はどれも外れた例が無え。今度もそうなるだろうな。」
フォローする言葉を探す私に、父上は「だが」と一息ついて続けた。
「お前も、上総介殿も、没落の宿命から逃げずに戦った。息子どもも同様だろうよ。…この話は俺が預かっとく。新九郎に話すかどうかも俺が決める。…それで構わねえか?」
「…はい。どうかよしなに…。」
「言われるまでも無え。…他に言い残した事は無えか?」
父上の問いに一瞬悩んでから、私は首を横に振った。
「そうか…じゃあ『またな』。」
その言葉に笑顔で一礼すると、私は父上の部屋を後にした。夕陽に目を細めて、玄関へと足を向ける。
恐らくもう、父上が生きている内に会う事は無いだろう。
けれど私は引き返す代わりに、腰帯の短刀をそっと撫でた。
さっき私を抱きしめてくれたひとの温もりを、かすかに感じながら。
私が拙作と前作『転生したら北条氏康の四女だった件』の執筆を始めたきっかけの一つは、「かねもと」先生原作の『私の息子が異世界転生したっぽい』(MFCおよび小学館)でした。
転生者の遺族という、これまで顧みられる事の少なかった視点に大きな衝撃を受けました。
言い訳がましいですが、他の転生モノが人生を軽く考えているとか、そういった主張をする積もりはございません。
私の本棚にもざまあ系、無双系といった転生モノが並んでいます。
ただ、名も無い一人の女性が戦国時代に転生したらどう思考するのかを想像した結果、今回の話が出来ました。
読者の皆様が本編を読んで共感してくれればいいな、と思いながら投稿しています。