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#039 いざ、鎌倉旅行(後)

家族旅行、一日目夜――。

「――そこで拙者は幻庵殿に河越城の警固を託して出陣!二千余りの兵を率いて敵勢に攻めかかった次第にござる!」

「は、はあ、それは、その…勇壮な…。」


 玉縄城での夕食の席で、私は困惑の最中にあった。私と両親を招いた綱成殿が、途中から始めた『河越夜戦』についての思い出話がヒートアップしていく現状に、である。

 ちなみに、席次は上座に父上と母上、下座に私と綱成殿が向かい合って座っている。

 改めて言うまでも無い事だが、今世における私の身分は武士(うじやす)の娘、武士(うじざね)の妻である。あえて言えば、人殺しと一つ屋根の下で寝起きを共にし、あまつさえ食事や夜の営みもご一緒して来た訳だ。

 しかしながら、こうしたいわゆる『武勇伝』に接する機会は驚くほど少なかった。思い返せば父上は見るからにインテリヤクザっぽい割に戦場の手柄話なんかをほとんど口にした事が無かったし、五郎殿も血生臭い話を嬉々としてするタイプではない。

 まあ、手柄話を肴にメシを食う、というスタイルがどの程度戦国時代の常識なのかは私も知らないが。


「――かくして東の囲みを切り崩した拙者が河越城に戻ったところ、城内には相模守(氏康)殿がすでに着到しておられた!再会を祝さんと走り寄ったところ…なんと相模守殿の額には深い刀傷が!」


 綱成殿が言い放った言葉に、私は反射的に父上の額を見た。そこには古い刀傷が刻まれている。

 いつ付いたのか、考えた事も無かったが…河越夜戦で付いた傷だったのか。


「途中、腕のいい武士に斬りかかられてな…あと少し身を引くのが遅かったら、(ドタマ)かち割られてた。」


 私の視線に気付いた父上が、酒盃に注がれた清酒をすすりながら言った。


「そ、それは…災難で…。」

「それ程深い傷だった訳じゃねえ、しばらくすりゃあ血も止まった。…母ちゃんの大仕事に比べりゃ、俺の手傷なんざ屁みてえなモンよ。」


 母上の大仕事?と顔に疑問符を浮かべる私に、母上当人はいつもの微笑みを浮かべながら答えた。


「相模守殿が出陣するまさにその時、陣痛が始まったの。…貴女を産むためのね。」


 思いも寄らない話の繋がりに、私は息を吞み、目を見開いた。

 私の転生はいわゆる憑依系、思い出し系とは違い、出産直後――第二の生を得た直後から自意識を持ってスタートするタイプだった。この肉体の本来の持ち主が出産直後に絶命してしまい、空になった『(にくたい)』に私の魂を入れる形になったと、私を転生させた『自称神様』からも聞いている。

 出産直後の慌ただしい雰囲気は、『わたし』が一度息を引き取り、その後息を吹き返した事に関しての事だと思っていたが…『河越夜戦』と同じタイミングでの出来事だったのか。


「貴女が産まれたと聞いて、相模守殿は急遽河越から戻って来てくださったの。河越まで夜通し駆けて、お疲れだったでしょうに…。」

「母ちゃんには無理をさせちまったからな。もう三十路(みそじ)も近かったってのに…。」

「あらあら、しおらしい事を仰せになって…産みの苦しみは、どの道殿方にはお分かりいただけませんもの。甘言を弄さなくても結構にございましてよ?」

「…口先だけじゃねえよ。」


 父上はそう言い返して酒盃を置くと、隣の母上ににじりよってその両肩をつかみ、自分の方を向かせ――そっと口付けた。


「――は?」


 予想外の光景を前にフリーズする私をヨソに、静まり返った室内にはしばらくリップ音が響き――てかこれ、絶対(舌が)入ってるよね――永遠とも思われる時間の後で、父上はようやく母上から身を離した。


「も、もう、こんな、こんな…年甲斐もなく、はしたない事を、よくも臆面も無く…。」


 皺だらけの顔を真っ赤にして恥じらう母上は、目を覆ったり唇を隠したり…ぶっちゃけとても可愛かった。


「ハアッハッハッハッハ!魂消(たまげ)たか!生憎(あいにく)と、老い先短いジジイは怖いモン無しよ!」

「も、もう…孫九郎(つなしげ)殿、少し夜風を浴びて来ても?」

「…は!ど、どどどど、どうぞどうぞ!誰に憚る事がございましょう!どうぞ本城御前様のご随意に…!」


 私と同様に固まっていた綱成殿に許可を取ると、母上は高笑いする父上から逃げるように部屋を出ていった。

 私はもう何をどうしたらいいのか分からず、とりあえず汁物をすすった…が、程よく塩味が効いていた筈のそれは、何だか妙に甘ったるい感じがした。

早川殿の誕生日と河越夜戦の順序は不明です。

ちょうど同じタイミングだった方がドラマチックだな、と思ってこうした次第です。

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