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#031 戦国メンヘラ物語(中)

戦国突発戦闘短刀クラス個人部門、北条結vs北条多嘉…は諸事情により延期いたします。

「さて、どうしたものかしら…。」

「放せぇ!殺せぇ!色狂いめ、そこに直れ、殺してやる!」


 私は自室の上座に腰を下ろし、目の前でジタバタとあがきながらわめくお多嘉殿を見下ろしながら、眉間を揉んでいた。

 お多嘉殿の背中にのしかかって右腕をねじり上げ、短刀を取り上げて武装解除しているのは元風魔忍者の側付き侍女、(もも)ちゃんである。いつもさり気なく私の身辺警護をしてくれているので、自室(ここ)に来るまでに目配せを一つ送ったら足音一つ立てずについてきてくれた。で、お多嘉殿が短刀を抜いて殺害予告をした直後に背後から確保してくれた次第である。

 どうしてお多嘉殿が私を害そうとしているか分かったかと言えば、直前の氏規兄さんとのやり取りだ。

 『東条源九郎は息災か』…東条源九郎はかつて私を危機から救ってくれた侍の名前であると同時に、今は私の腰帯に収まっている短刀の名前でもある。要するに氏規兄さんの発言は、『短刀が必要になるような事態が間近に迫っているから気を付けろ』というメッセージだったのだ。

 出来れば奥さんがこんな凶行に出るのを未然に防いで欲しかったけど。


「このまま帰す訳にも行かないし…百、お多嘉殿を落ち着かせて本音を聞き出す事は出来る?都合の良い事を言っているのは分かっているけれど…。」

「仰せのままに。」


 百ちゃんはあっさり了承すると、片手でお多嘉殿を取り押さえたままもう一方の手で胸元から布を取り出し、それをお多嘉殿の口に当てた。


「んむぐぅ⁉むっ、むっ…けほっ、けほ…。」


 突然口をふさがれてびっくりしたお多嘉殿が、変なクスリでもキメたかのように大人しくなると、百ちゃんはその耳に口を寄せて小声で何かささやいた。


「…ご無礼、平にお許しを…早川殿に刃を向けるなど乱心の極み、いかなる罰もお受けします…。」


 と、お多嘉殿は虚ろな目で話し始めたが…これ、冷静になったって事でいいんだよね?

 百ちゃんが言わせてるんじゃないよね?


「御前様!御前様、いかがされましたか⁉」

「殺してやる、などと…一体何者が?」


 騒ぎを聞きつけて警固の侍や使用人達が集まって来たが、その時には百ちゃんがお多嘉殿を引きずり起こし、ひな人形のように座らせていた。


「驚かせて御免なさい、物語について話していたら熱がこもってしまって…大事無いわ、ねえお多嘉殿。」

「はい…早川殿の仰せの通りで…。」


 ぼんやりと肯定するお多嘉殿を怪訝な目で見ながらも、集まって来た面々が退出する。それを確認してから、私はお多嘉殿からの事情聴取を開始した。

 結果、分かったのは、お多嘉殿の精神状態が非常によろしくないという現実だった。




 元来使命感の強いお多嘉殿は、綱成殿の娘として、氏規兄さんの妻としての役目を果たそうと意気込んでいたのだが、実際の夫婦生活は思い通りには運ばなかった。

 何せ氏規兄さんは相模の三崎城と伊豆の韮山城を行き来する二重生活、昨日は里見水軍と海上で戦い、明日は氏政兄さんの加勢に駆けつけるというトンデモスケジュールで動いている。

 お多嘉殿は数えで22歳、戦国時代の常識では既に『年増』である。にもかかわらず氏規兄さんとの間には子供がいない…それ以前に、氏規兄さんの体調を思うと『妊活』も自由に出来ない。

 そんな焦りの中、駿河にいた頃の思い出を氏規兄さんに聞いたのが、状況の悪化に拍車をかけた。その思い出話に出て来る女性が、実の祖母にあたる寿桂様と、妹の私だけだったのだ。しかも私に言及する際、心なしか嬉しそうだったという。

 そこでお多嘉殿の認知に歪みが生じた。『妊活』が上手く行かないのは、氏規兄さんが自分に性的魅力を感じていないからではないか。駿河にいた頃、実妹(わたし)と肉体関係を持っていたのではないか――。

 念のために言っておくが完全に論理の飛躍である。

 年の近い兄妹として気安く交流してはいたが、禁断の関係とかこれっぽっちも無い。

 まあ、懐妊、出産への期待が現代日本とは比べ物にならないレベルの時代とあっては、お多嘉殿が追い詰められて不安定になるのも無理はないが。

 …という訳で、私と五郎殿の間に子供が二人いるという状況証拠や、後から何とでも言える夫婦の仲良しエピソードをぶちまけて疑惑の払拭を試みる。

 しかし、ここでどうにかお多嘉殿の意識を改造しておかないと、また被害妄想がぶり返して私にちょっかいをかけて来るかも知れない。

 時間も無いし…一か八かの荒療治で行くしかないか。

衆道は別として、結婚は男女間が当たり前、女は夫の子供を産んでナンボみたいな常識がまかり通っていた時代(もしかしたら現在に至るまで)において、『不妊』の二文字は死刑宣告並みに恐ろしかったかも知れません。

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