表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/145

#021 ミスマッチ?北条父子と今川氏真(中)

もしかして:今川氏真マジパネェ回

 招待状が届いた数日後、私と五郎殿は自宅のお留守番を貞春様にお願いして、小田原城に向かった。

 宴会に参加する面々は日没までに到着し、初日は軽く顔合わせと能楽を観覧しながらの会食で就寝。

 なお、私と五郎殿は城内の「早川曲輪(はやかわくるわ)」に建てられた屋敷に泊まる事になった。

 二日目の昼は弓の的当て競争、夜は連歌の会。そして三日目の昼は参加者が複数の組に分かれて愛馬に騎乗しての障害物競走。

 …その全てで、五郎殿は好成績を打ち立てる事に成功した。

 矢を放てば百発百中。連歌の会では当意即妙の回答を連発。障害物競走では二度に渡って一着を獲得した。

 その結果、初日の顔合わせでは、


「あの今川が落ちぶれたものよ、食うに困って物乞いに来おった。」


 なんて陰口があちこちで囁かれていたにもかかわらず。

 三日目の夜には、


麒麟児(きりんじ)の異名に違わぬ見事な武士じゃ!あれ程の将が駿河を追われるとは、余程巡り合わせが悪かったに相違無い。」


 といった好意的なコメントが支配的になっていた。

 ここ一番で最高のパフォーマンスを発揮し、(今回の参加者に限ってではあるが)悪評を払拭した五郎殿の勇姿を目にするたびに、私は緩みそうになる唇を必死に引き締めなければならなかった。

 …さて。いよいよ最後の種目、蹴鞠だが、これは全員参加の種目ではない。

 鞠はサッカーボールみたいに弾む素材ではないし、プレイヤーは専用の装束を身にまとって、右足だけで蹴り上げないといけないなど、制約の多いスポーツなのだ。

 そもそも五郎殿のように専門技能を身に付けた人が最低八名いないと、スタートの合図を出す事すら出来ない。

 そんな人材が北条家に何人いるのか、と不安に思っていたのだが…。




「ウソでしょ…。」


 日没から早数時間、本丸御殿の中庭に面した回廊にて。

 目の前で繰り広げられる予想外の光景に、私は思わず素の口調で呟いた。

 中庭で、五郎殿を含む八名の男性達が、篝火(かがりび)に囲まれて蹴鞠をしている。状況を端的に説明すればそういう事になるが、私が驚いているのはそこじゃない。

 ――蹴鞠をしているメンバーの中に、北条氏康(ちちうえ)と氏政兄さんがいる。


「どうかしたの、結?」


 斜め後ろからかけられた声に、飛びあがりそうな程驚きながらも、悲鳴を飲み込んで恐る恐る振り返る。

 そこにはいつもと同じ微笑みを浮かべる本城御前様(ははうえ)が座っていた。


「は、母上…いえ、その…左京大夫(氏政)殿と相模守(氏康)殿の蹴鞠の技量を、この目で見るのは初めてだったもので…。」


 べ、別に?蹴鞠が出来る事は最初から知ってたんですけどね?というニュアンスを込めて返答する。

 勿論ウソである。東国の武士は公家文化とは縁遠い田舎者、みたいな先入観があった事は否定できないが、二人が――厳密に言えば、一緒に蹴鞠をしている御一家衆や重臣達も――プロレベルで蹴鞠が出来る腕前だとは知らなかった。


「相模守殿も左京大夫殿も、十一歳の時に飛鳥井(あすかい)雅綱(まさつな)卿から蹴鞠伝授書を頂戴しているのよ。…それにしても、上総介(氏真)殿のお手前は一際ねぇ…。」

「…と仰いますと?」


 いい加減知ったかぶりを続けるのも苦しくなってきたので、身内の気安さに甘えてバカ正直に聞き返す。


「もう九百回は続いているけれど…上総介殿が相模守殿や左京大夫殿と息を合わせているように見えるわ。この顔ぶれで蹴鞠をするのは、今日が初めてだというのに…。」


 母上の所見を念頭に置いて、改めて八人の輪に目を凝らす。

 言われるまで気付かなかったが、確かに蹴鞠は一度として途切れる事なく続いている。

 そして、蹴り上げられた鞠の軌道が怪しくなると、父上、氏政兄さん、そして五郎殿が安全なペースに戻して記録を伸ばしている…ように見える。

 気が付くと、中庭に立つ侍や、回廊に胡坐をかいて見物していた人々が、蹴鞠がいつまで続くのかと固唾(かたず)を飲んで見守っていた。

 …と、突然強風が吹き、上空高く打ち上げられた鞠の軌道を狂わせる。

 悲鳴を押し殺しながら行く末を見守る私の目の前で、蹴鞠の参加者達はやや強引にバトンをつなぎ…最後に父上が両手で鞠を抱きかかえた。


見事也(みごとなり)!ちょうど一千回、前代未聞の快挙である!これ即ち神仏の思し召し、一同の大望成就すべし!」

「「「「「ウオオオオオオ‼」」」」」


 父上が高らかに宣言すると、見物していた侍達が一斉に拳を突き上げ、歓声を挙げる。

 その喧騒の中、私に向かって満面の笑みを浮かべる五郎殿に、私はしばらく見惚れていた。

蹴鞠のルールは調べれば調べるほど大変そうで、現代のプロアスリートでも再現は難しいのではないかと思います。

お公家様と言えば運動が苦手そうなイメージがありますが、蹴鞠に関係する筋肉は結構発達していたのかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ