#203 恩讐の彼方へ(前)
東条松平家家忠と、その家老である松平康親が主体となって会話が進みます。
恥ずかしながら情報を精査するまで、日記を通して後世に記録を残した『深溝』松平家忠と『東条』松平家忠を混同していました。
「徳川家中で最も分相応に振る舞っているのは誰か?」
「徳川家中で最も分不相応に振る舞っているのは誰か?」
浜松城下で以上二つの質問を聞いて回れば、恐らく同じ答えが返って来る。「それは今川家だ」と。
表向き、今川家の振る舞いは小身武将の範疇を超えてはいない。無闇矢鱈と豪奢に着飾ったり、雑兵足軽を連れ歩いたりといった軽挙に走ってはいないのだ。屋敷も、上級家臣を上回るような広大な敷地を誇ってはいない。
だがしかし、そうした『慎み深さ』を差し引いても、今川家の『権勢』を覆い隠す事など出来はしない。
屋敷は小さくとも、造りは絢爛。一朝事あれば、数百の手勢を調えて参陣する。
何より、事あるごとに宴を催しているにもかかわらず、資金繰りに行き詰まる様子が全く見えない。
こうした事実を鑑みれば、今川家が未だに家格に相応しい文化力、経済力、潜在的軍事力を備えている事に疑いの余地は無い。
(だから、そう…この宴も、今川にとってはどうという事は無い、筈じゃ。)
穏やかな風が吹く春の夜。今川家の広間に設けられた宴席で、松平左近将監康親は自分に言い聞かせながら酒杯をあおった。
隣には康親の直接の主君、東条松平家の当主である甚太郎家忠が座して、中庭で催されている猿楽を楽しそうに見物しながら、所狭しと並べられた料理をつついている。
家忠は数えで二十一歳。幼少期から病気がちのため、いささか頼りなく見える顔立ちをしているが、その実、当主の務めを果たそうと奮闘して来た事を、誰よりも知っているという自負が康親にはある。
何と言っても、伯父として、後見人として、今日まで支えてきたのだから。
(それにしても、流石は今川…いや、相模御料人と言うべきか。飲み食いには事欠かず、余興も堅苦しいものではない…。)
今回、家忠と康親が招かれたのは、今川家当主、宗誾氏真の与力として牧野城に赴任する事が内定したためだ。
これに最大限の謝意を示すため、康親は家忠と精一杯着飾って酒宴に臨んだものの、その胸中は少なくない不安で満ちていた。何よりもまず、今川家の家格の高さゆえにだ。
家忠も康親も、東国の田舎武士と蔑まれても仕方のない身の上ではあるが、相応の礼節を身に付けては来た。その上で警戒していたのは、今川に『マウントを取られる』展開だった。
高度な演目を鑑賞しながら、食べ方も味わい方もよく分からない食事を口に運び…不慣れな様子を見咎められ、嘲笑される。そんな展開を恐れていたのだ。
(されど…催し物は馴染み深いものばかり。肴も鮮度は良いが、『質より量』と言って良いであろう。こちらの作法に合わせてくれた、という事か。)
料理の盛り付けに使われている陶磁器が明らかに高級品である事実に目をつぶれば、大げさな待遇ではない…康親は自身にそう言い聞かせる。
(家忠も楽しんでおられるようであるし…まずは上々、か。)
いつも通りの頼りない顔に、満面の笑みを浮かべる主を横目に見ながら、康親はほっと息を吐いた。
自分より年少で病弱な主君に仕えているのには、それなりの理由や利害関係があるのだが…今はそれはいい。
あとは宴が終わるまで、氏真が余計な事を口走らなければ…。
「やあやあご両人、楽しんでおられるか?」
突然かけられた声に康親が顔を上げると、いつの間にか当の本人、氏真が正面で腰を据えていた。
「は…無論にございまする。流石は音に聞こえた今川の宴…目、耳、鼻、舌と、全身で堪能してございまする…我が主も、同心であろうかと。」
「う…うむ。左近将監の申す通りじゃ。全く、文句の付けようも無い。」
康親に促された家忠が当たり障りの無い返答をすると、氏真は相変わらず真意の読めない微笑みを浮かべた。
「左様か…いや、それは重畳。まだまだ宴は続くゆえ、存分に楽しまれよ。松平甚太郎殿、それに…松井左近将監殿。」
康親は表情筋のこわばりを抑えきれなかった。
氏真は名前を間違えたのではない。あえてその名を呼んだのだ。
康親のかつての名――松井忠次の名を。
次回こそ、今川家と松井忠次の因縁について詳述出来ると思います。




